第79話 二人のリボン
「はぁ……はぁ……はぁ……」
ターニャは両膝に手をついたまま肩を上下させ、乱れた息を整えようと何度も息を吸った。
「どうしたのですか?」
「はぁ――……」
長く息を吐いてようやく体を起こすと、目の前のリアへ視線を向ける。
「どうしてもリアに言いたくて……。」
「言いたい?」
リアがわずかに首をかしげる。
ザアァァ――……
ザアァァ――……
言葉が途切れるたび、すぐそばの海から波の音が二人の間を通り抜けていく。
「私は……10年前みたいな……みんな幸せだった時に戻りたいの……。」
「お父さんお母さんも戻らないこともわかってる……リアの家族のことももちろんわかってる……。」
リアは口を挟まず、ただターニャから目を離さなかった。
ターニャは一度目を閉じたが、まぶたの端からこぼれた涙が頬を伝っていく。
「でも……ごめんね……何言ってんだろう……。」
手の甲で涙を拭うターニャへ、リアはゆっくりと首を横に振った。
「今ならわかるよ。ターニャはずっと変わってない。」
ザアァァ――……
リアは防波堤へ歩み寄り、両手をついて海へ顔を向ける。吹き抜けた海風が髪を持ち上げ、そのまま肩の後ろへ流していった。
「昔からしっかり者で、面倒見がよくて……私のところによく遊びに来てくれた。」
海の向こうでは暗かった地平線が少しずつ白み始めている。
「今も私のことを心配してくれてる。」
ターニャが小さくうなづく。
「ターニャは私のそばにずっといてくれた……。」
リアは海を見たまま、わずかに息を吐いた。
「私のことを気にかけてくれている。私が周りが見えてなかったんだ……。」
ザアァァ――……
ザアァァ――……
波が引いていく音を聞きながら、ターニャはリアの横顔を見つめた。
「ねぇリア……砂浜に二人でリボン描こうよ。」
「リボン?」
リアが振り返る。
「ハーベイの街に遊びに来たときよく描いたじゃん?」
「あ……あの半分ずつ大きなリボンを描いた……。」
「そう!」
ターニャが一歩近づき、顔を覗き込むように身を寄せた。
「さ、やろう。」
「うん……。」
差し出された手をリアが取ると、ターニャはそのまま手を引いて砂浜へ降りていった。
歩くたび柔らかな砂へ二人の足跡が並び、その途中でターニャが足を止める。砂の上に落ちていた枝を拾い上げると、二つに折って片方をリアへ渡した。
ザアァァ――……
ザアァァ――……
波打ち際へ近づくにつれ、波の音が少しずつ大きくなる。
「じゃあリアが右側、私が左。」
「うん。」
「目を閉じて……。」
二人は向かい合って目を閉じると、そのまま片手を握り合った。
「じゃあ、ハーベイの門の上に大きなリボンを付けます。私達二人に任されました。」
「どんなリボンにしようかな……。」
リアの口元がゆるむ。
「私はしっぽが長いのがいい。」
「うん!いいね、採用です。」
ザアァァ――……
ザアァァ――……
閉じたまぶたの向こうが少しずつ明るくなっていく。
「じゃあ私は結び目大きく……蝶々の部分を二枚に。想像できる?」
「うん。ターニャの腰のリボンみたいな感じでしょ?」
「そう!子供の頃のお気に入りの服。」
「私にいつも見せてくれてたから。」
リアの頬がまたわずかに緩む。
「じゃあ、目を開けて……。」
二人が同時に目を開くと、地平線から昇り始めた朝日が視界いっぱいに差し込み、砂浜まで淡く照らしていた。
「ハーベイの門に付ける実物大リボン……」
握っていた手を離し、それぞれ枝先を砂へ下ろす。
「3――2――1――はじめ――!」
ターニャの声に合わせて二人が歩き出すと、枝先が砂をなぞりながら左右へ一本ずつ線を伸ばしていった。
互いの歩幅を見ながら速度を合わせ、ゆっくりと弧を描いていく。
朝日を背に受けた二人の影が砂の上へ長く伸び、角へ差しかかると同時に足を止めた。
顔を上げて目を合わせ、そのまま小さくうなづき合うと、二人は息を合わせて枝を下へ引いた。
伸びていく線を追いながら再び視線が重なり、どちらからともなく口元が緩む。
「よし!完成――!」
枝を離したターニャが腰に手を当て、胸を張る。
「上から見てみよ。」
「うん。あ、ターニャ。」
階段へ向かうターニャのあとを追いながら、リアが口元へ手を添えた。
「腰に手を当てて言うとウェンティみたい。」
そのまま肩を小さく揺らして笑うリアに、ターニャも振り返る。
「ふふふっ、うつっちゃったかもね。」
二人で階段を上がり、防波堤の上から砂浜へ視線を落とした。
「わぁ!左右ぴったり!」
ターニャの顔が一気にほころぶ。
「うん……。」
リアも隣で静かに笑った。
二人が左右から引いた線は砂浜の上で一つにつながり、大きなリボンの形を作っていた。
昇ったばかりの朝日がその輪郭をなぞるように差し込み、細かな砂粒が淡く光を返している。
しばらく見下ろしていた二人は、そのまま並んで階段へ腰を下ろした。
ザアァァ――……
ザアァァ――……
寄せては返す波の音を聞きながら、砂浜に残るリボンを見つめる。
「リア。」
「ん?」
「リアは……一人じゃないから……。」
リアが顔を動かし、隣のターニャを見る。
「みんなも……街の人達も……。」
その言葉を受けるように、リアが小さくうなづく。
「私も……いるから……。」
ザアァァ――……
リアはしばらくターニャを見つめ、それからゆっくりと体を向けた。
「ターニャ。ありがとう。」
朝の風が二人の間を抜け、リアの髪を頬へかすかに触れさせる。
「だから……私がこの街を……また……みんなの笑顔を見たいから……。」
ザアァァ――……
リアは砂浜に描かれた大きなリボンへ目を戻し、静かに息を吸った。
「私は……ハーベイの魔道士だから……。」
隣でターニャが小さくうなづいた。




