第73話 リアの過去①
同時刻、マーベリックとリア――
ザアァァァ――……
ザアァァァ――……
月明かりの下、二人は海沿いの歩道をゆっくりと歩いていた。寄せては返す波音だけが静まり返った街に響く中、マーベリックは前を向いたまま口を開く。
「静かだな……。こんなに街全体が静かなのは初めてだ。」
リアは何も答えず、そのまま歩調を崩さない。海から吹き込む風にマーベリックの手にしたランプがかすかに揺れ、その灯りが二人の足元を行き来する。
「リア。一つ聞きたいことがある。」
「はい。」
小さな返事を聞きながら、マーベリックは歩みを緩める。
「さっき君は蒼雷が安定しないと言ったが……」
そのまま足を止めて振り返ると、数歩遅れてリアも立ち止まった。
「なぜ安定しないと思う?」
リアはわずかに視線を落とし、静かに息を吐く。
「……心の乱れ……魔力は……」
一度言葉を切り、顔を上げた。
「魂の力です。」
マーベリックはその言葉を聞いて小さくうなづく。
「これは誰かに教わり……修正することじゃない。」
ザアァァァ――……
二人の間を海風が抜けていき、マーベリックが視線を夜の海へ戻すと、リアもその先へ目を向けた。
「……自分でも……よくわかっています……。」
波間に揺れる月明かりを見つめたまま、リアがゆっくりと続ける。
「ハラルの村……私が生まれた村の名前です。」
マーベリックは何も言わず、その横顔へ目を向ける。
「お父さん……お母さん……姉さん……私には三人の家族がいました。」
ザアァァァ――……
吹きつけた海風が二人のローブを揺らし、裾が足元へ戻る頃、リアはわずかに息を吸った。
「……10年前……私達家族は村が黒影に襲われ……馬車でハーベイに向かっていました。」
――10年前――
ガラガラガラ!
激しく揺れる馬車の上で父親が手綱を握り、鞭を振り上げる。
「はっ!」
乾いた音とともに馬がさらに脚を速め、身体を大きく揺さぶられたリアは御者台へしがみつきながら後ろを振り返った。
「お父さん!後ろから黒影が来てる!」
「わかってる!しっかり捕まっていろ!」
すぐに母親の腕がリアの身体を抱き寄せ、その肩越しから左へ目を向けた母親が声を上げる。
「あなた!左からも!」
馬車と並ぶように三体の黒影が迫り、地面を蹴るたびに少しずつ距離を縮めてくる。父親は前方へ目を戻し、手綱を強く握った。
「……くそ……もう少しでハーベイに着くっていうのに……。」
ガラガラガラ!
車輪が跳ねるたびに荷台が激しく軋み、その揺れに耐えながら父親は背後へ目をやる。
(このままでは追いつかれる……)
すぐに前へ向き直ると、隣にいるマーレへ声を飛ばした。
「マーレ!俺と代われ!」
「リアも来い!」
父親はマーレへ手綱を渡しながらリアも御者台へ引き寄せ、二人が前に収まるとそのまま腕を回した。
「お父さんはどうするの?」
「……荷物を捨てる。」
揺れる馬車の上で二人を胸元へ抱き寄せ、父親はその頭を包み込むように腕へ力を込める。
「大丈夫だ……だから心配するな。」
(マーレ……リア……お前達は俺達が守る……。)
ゆっくり腕をほどくと二人を前へ向かせ、マーレの手を手綱へ戻した。
「マーレ。しっかり手綱を握れ!」
「お父さん……」
マーレの目から涙がこぼれ、そのまま荷台へ視線を向けると、母親が涙を流しながらこちらへ微笑んでいた。
マーレは唇を噛み、すぐに前へ向き直る。
「リア!しっかり捕まっててよ!ちゃんと前向いて!」
「うん!」
リアが御者台へしがみつく横を抜け、父親はそのまま荷台へ移ると、母親と一緒に積まれていた荷物を次々と外へ落としていく。
荷物が減るたびに馬車の揺れがわずかに軽くなっていく中、父親は母親の頬へ手を伸ばし、流れていた涙を指で拭った。
母親はその手に触れるように顔を寄せ、小さくうなづく。
ガラガラガラ!
次の瞬間、馬車がぐっと前へ伸びるように速度を上げ、身体を後ろへ引かれたリアが思わず振り返ろうとする。
「リア!ちゃんと前見てて!」
その声に動きを止めて隣へ目を向けると、マーレは歯を食いしばったまま、目から涙を溢れさせていた。




