第72話 それぞれの想い②
ガチャン――
入り口のドアが閉まる音を背に、ウェンティが居間へ戻ると、ターニャはまだその場に立ったままうつむいていた。
ウェンティはその姿を見ながら小さく息を吐き、
「ターニャ。少しわしの部屋に行こう。」
返事を待たずにターニャの手を掴んで引くと、階段へ向かう途中でエディと目を合わせ、小さくうなづいた。
そのまま階段を上がり、手前の部屋へ入る。
ガチャ――
ウェンティは棚の上にあった小さなランプへ火を灯すと、ベッドの前にあるテーブルへ運び、その明かりを脇に置いたままベッドへぽんっと腰掛けた。
「ここに座れ。」
そう言って自分の横を叩くと、ターニャは手を前で組んだまま、うつむいてそちらへ歩いてくる。
ランプの前を通り過ぎるとき、スカートの裾がふわりと流れ、その風を受けた小さな火がかすかに揺れた。
そのままウェンティの脇へ腰を下ろすと、二人の間に言葉はなく、揺れていた火だけが次第に小さくなりながら、その横顔を淡く照らしていた。
少しの間のあと、
「また……言えなかった……。」
伏せたまま落ちてきた声に、ウェンティは顔を向けきらず、横目でターニャを見る。
「いいんじゃよ。お主は頑張って言おう言おうとしておる。」
軽く顔を振ったあと、そのまま隣にいるターニャへ視線を戻す。
「リアから昔のターニャとリアの話を聞いた。」
それまで膝元へ落ちていたターニャの顔が上がり、ウェンティへ向いた。
「10年前……祭りの前の日のことを話してくれた。」
ウェンティはその視線を受けながら少し顔を上げ、記憶を辿るように目元を緩める。
「そこにいたお前達は、すごく楽しそうで……」
「笑いながらクッキーを食べて……」
言葉が続くたび、ターニャの瞳に溜まっていたものが頬を伝って落ちていく。
「お前はリアが祭りのとき、舞う姿を楽しみにしておった。」
ターニャは何も言わず、涙を残したまま小さくうなづいた。
ウェンティはその横顔を見ながら続ける。
「リアがの……変わってしまったのは私……ターニャは変わっていないと言っていた。」
ターニャはすぐには顔を上げず、小さく横へ振った。
「あの時から……お主達の刻が止まっているのだろうな。」
「……。」
カチ――カチ――カチ――
言葉が途切れた隙間へ、どこからともなく一定の間隔で時計の音が入り込み、その音を聞きながらウェンティはターニャの手へ自分の手を重ねた。
「あの頃と同じように、あの時の気持ちのまま……リアに伝えればいいんじゃ。」
「あの時と……。」
ターニャが重ねられた手へ視線を落としたまま呟くと、ウェンティはその横でうなづく。
「純粋なお前の気持ち……うまい言葉などいらん。」
しばらく重なった手を見ていたターニャも、やがて小さくうなづいた。
「そう……だね。」
その声を聞くと、ウェンティはターニャの身体を自分のほうへ引き寄せ、そのまま頭へ手を伸ばしてゆっくり撫でる。
「ターニャは優しい子じゃ。わしもちゃんと知っている。」
抵抗することなく身を預けたターニャの頭が、そのままウェンティの肩へ触れた。
ウェンティは撫でる手を止めず、
「お主は前にわしに言った。わしがリアに何を伝えたい?と聞いたときじゃ。覚えておるか?」
肩に頭を置いたまま、ターニャが小さくうなづく。
「うん……リアは一人じゃないよ。みんないる。私も……いるから。」
その言葉を最後まで聞き、ウェンティもうなづいた。
「そうじゃな。お主はそう言った。だからわしも言う。」
撫でていた手が髪の上をゆっくり滑り、ウェンティは肩に寄り添うターニャへ声を落とす。
「ターニャ……お主も一人じゃない。エディも……街のみんなも……そしてわしもここにおる。」
ターニャはウェンティの肩に触れたまま何度も小さくうなづき、そのたびに頬を伝った涙が膝元へ落ちていった。
しばらくそうしていたあと、ターニャは手で涙を拭いながらウェンティの肩からゆっくり身体を起こす。
「ウェンティありがとう。リアが星の使いとして舞う姿を見てみたい……。」
ウェンティは隣でその顔を見ながら微笑み、ゆっくりとうなづく。
「そうじゃの。わしも見たい。だから
これからじゃ。」
「これから?」
ターニャが顔をかしげると、ウェンティは身体を向け、その目をまっすぐ見返した。
「リアも……マーベリックも……そしてわしもおる。」
その視線を逸らさないまま、
「わし達が道を切り開く。」
ターニャはウェンティを見つめ、唇を噛み締めると深くうなづいた。
カチ――カチ――カチ――
再び聞こえてきた時計の音を聞きながら、ウェンティは目の前にいるターニャから視線を外さなかった。
(必ず――)
(お前達の未来の姿を見たいから――)




