第70話 マーベリックの考察③
現在、エディの家――
「お前の願い。わしがしっかりと賜った。」
リアが顔を上げると、ウェンティはその視線を受け止めたまま微笑んでいた。
「ウェンティ……?あなたは……」
ガチャン――
「今戻った。遅くなってすまない。」
聞こえてきた声に、リアは頬へ手を伸ばして涙を拭った。
居間へ入ってきたエディの後ろからターニャが顔をのぞかせ、リアを見つけるなり駆け寄ってくる。
「リア……大丈夫?」
「……はい。大丈夫です。」
ターニャは何かを言いかけたまま唇を閉じ、うなづいた。
「街の様子はどうなんじゃ?」
ウェンティが顔を向けると、エディは小さく息を吐いた。
「家に帰りたい者は帰った。小さい子供がいるうちはそのまま屋敷に残っている。」
「そうか……マーベリック……遅いの……。」
「そうだな……。」
ウェンティは天井へ視線を逃がした。
(重苦しいの……こうなるのも仕方ないとはいえ……。)
そのまま横目でリアを見ると、うつむいた顔は垂れた髪に隠れていた。
「あ……私、リアの寝る部屋用意してくるね。」
ターニャが二階へ向かおうとしたところで、リアが顔を上げた。
「大丈夫です。私は屋敷に戻ります。」
「で、でも……。」
「子供達が残っているなら……私は戻ります。」
コチ――コチ――コチ――
誰も口を開かないまま、時計の針が音を刻んでいく。
ガチャン――
入り口のドアが開いた。
「今戻った。」
マーベリックの声が届くと、ウェンティが居間から身を乗り出す。
「遅いぞ!マーベリック!」
マーベリックはその声を受けながら顔を出した。
「防人達に守りを頼んでたからな。」
「荒野の状況はどうなんだ?」
エディが顔を向けると、マーベリックは足を止めた。
「黒影の姿はない。いつもと同じだ。」
「ただ……。」
言葉を切り、わずかに視線を落とす。
「いつもと同じだが……静かすぎる。」
「静かすぎる……か。」
エディが下を向くと、ウェンティは椅子から立ち上がった。
「マーベリック!お主はもう少し気の利いたことを言えんのかっ!」
「みんな不安がって――」
その声へ重ねるように、マーベリックが口を開く。
「気の利いたことを言ったところで状況は変わらない。」
一度息を止め、居間にいる全員へ視線を巡らせた。
「俺達は……やるしかないんだ。」
リアの肩がわずかに動き、伏せていた顔が少しだけ上がる。
「……。」
ウェンティは何も返さず、マーベリックを見つめた。
「今日を入れてあと3日……。」
その声が落ちると、誰も身じろぎしないまま次の言葉を待った。
「おそらく、3日後にあの大軍はまた姿を現す。」
「3日後……。」
エディがその言葉を繰り返す横で、ターニャは両腕を自分の体へ回した。
「どうして……そう言いきれる?マーベリック。」
ウェンティがマーベリックから目を離さずに問う。
マーベリックは大きく息を吐き、わずかに肩を落としてから話し始めた。
「女王の狙いはただの殺戮だけじゃない。」
「不安……恐怖……人々に植え付けてからこの街を落とす。」
「なんだよ……それ……。」
エディの顔がこわばり、握った手が膝の上で止まる。
「今の状況みたいにな。」
「女王はそれほど知識があるというのか……?」
ウェンティが問うと、マーベリックは静かにうなづいた。
「ダンゲルの受けた毒もそうだ。」
その名に、リアの体がぴくんと反応する。
「ハンスから聞いた。数種類の黒影の毒が混ざっていると。」
「即効性のある毒……遅効性の毒……黒影の毒には種類がある。」
誰も動かないまま、マーベリックの声だけが居間を流れていく。
「仮に女王がその数種類の毒を持つ黒影を作ったとしたら……。」
マーベリックは一度言葉を切り、それぞれの顔を見た。
「なぜ即効性の毒を組み込まなかった?」
「噛まれた瞬間……死に追い込むような毒を。」
リアはうつむいたまま、膝の上で指先をわずかに縮めた。
「そして遅効性の毒の性質は女王が一番よく知っている。」
「3日間……ダンゲルは動けない。」
「その間、住人は恐怖と不安に晒され続ける……。」
「ひどい……。」
ターニャが両手で口元を覆い、そのまま息を止める。
コチ――コチ――コチ――
誰も声を出さない中、時計の音だけが間を埋めていく。
「ここからは俺の仮説だ。」
マーベリックは小さく息を吐き、再び顔を上げた。
「女王は見ている。他の黒影の目を使って。」
「目を……使う?どういうことじゃ?」
ウェンティの眉が寄り、マーベリックを見つめる目が細くなる。
「水の魔道士の霧と同じだ。」
「魔力が高ければ高いほど霧は術者の目となる。」
マーベリックの視線がゆっくりとリアへ移る。
「リア。そうだろう?」
リアは伏せていた目をわずかに上げた。
「……はい。霧の中に無数の自分の視点を作ることができます。」
「それと同じだ。意識を黒影に繋ぎ、自分の目で見ているように。もしかしたら意識そのものも女王が操っているのかもしれない。」
その言葉が落ちても、誰もすぐには動けなかった。
「そんなやつに……勝てるのか?ダンゲルさんも動けなくて……。」
エディは視線を床へ落とし、膝の上でこぶしを握り締める。
「3日しかないんだぞ……。」
マーベリックは何も返さず、その拳からゆっくりと目を離した。
やがて、その視線がリアへ向かう。
「リア。君は蒼雷を撃てるのか?」
リアの体がまたぴくんと反応した。




