第66話 リアとウェンティ②
居間に静かな時計の音だけが響く。
コチ……コチ……コチ……
(あの黒影の大軍……もし一斉に襲ってきたら……。)
膝の上でそっと手を重ね、リアはゆっくり目を閉じた。
(ハーベイの街は……。)
「リアー!」
不意に台所からウェンティの声が飛び込み、リアははっと目を開ける。
「あ、はい。」
「今紅茶持っていくぞ!」
カチャカチャ――
食器の触れ合う音が続き、リアはそちらへ顔を向けた。
「手伝いますか?」
「大丈夫じゃ!座って――」
ガチャッ!
「熱っつ!」
「だ、大丈夫ですか!?」
思わず腰を浮かせる。
「大丈夫じゃ……。」
少し間が空き、再び台所から小さな独り言が聞こえてきた。
「よしよし……。」
「これを……。」
何かを確かめるような気配が続いたかと思うと、
「……お?……おお!」
嬉しそうな声が漏れる。
「リアー!今持っていくぞー!」
その声に、張り詰めていた頬がふっと緩んだ。
「はい。」
やがてウェンティが両手に紅茶の入ったカップを持ち、よたよたと慎重な足取りで居間へ入ってくる。
「あ、私も手伝っ……」
「話しかけるな……集中せんと溢してしまう……。」
真剣な横顔に、リアは伸ばしかけた手を引っ込めた。
「あ、はい……。」
そっとカップへ目を向けると、紅茶は縁ぎりぎりまで注がれている。
「…………。」
わずかに震える両手を見守りながら、思わず受け取りたくなる。
それでもじっと待っていると、
……コト……。
ようやく目の前へ無事に置かれた。
「ふぅ……さぁ、飲んでみろ!」
「あ、はい……いただきます……。」
カップへ手を添えた瞬間、隣からふいに気配が近づく。
「あ、あの……。」
「なんじゃ?」
「……なんでもないです……。」
ウェンティは小さくうなずいた。
「じゃあ……いただきます。」
なみなみと注がれた紅茶が揺れないよう慎重に持ち上げ、静かに口をつける。
「どうじゃ!うまいか?」
声と一緒に、すぐ脇へウェンティの顔が寄る。
ごく――
温かな紅茶が喉を通る。
「あ……。」
「どうした!?も、もしかして苦いのか?」
心配そうに覗き込むウェンティを見て、リアは小さく首を振った。
「おいしいです。」
その一言に、ウェンティの肩からふっと力が抜ける。
「ふぅ……よかった……。」
リアの口元が自然とほころんだ。
「ちょうどいい濃さで、甘さも控えめで飲みやすいです。」
「それはよかった!」
嬉しそうにソファへ深く腰を下ろしたウェンティが照れくさそうに笑う。
「実はの、一人で煎れたの初めてなんじゃ。煎れたことはあるんじゃがターニャが脇で見ててくれたからの。」
リアは手の中の紅茶へ視線を落とし、小さくうなずいた。
「そうだったんですね……。」
その笑顔を見つめていたウェンティが、不意に口を開く。
「リアはそうやって笑うんじゃな。初めて見た。」
(笑ってた……自然と……。)
自分でも気づかなかった笑みに戸惑っていると、ウェンティの表情が静かに引き締まる。
「リアに話しておきたいことがある。」
「はい。」
少しだけ間を置き、ウェンティはまっすぐリアを見た。
「ターニャがの。お主のことを心配しておった。」
リアはゆっくり顔を上げる。
「ターニャが?」
ウェンティが静かにうなずいた。




