第61話 黒影の毒
マーベリック達は外壁を降りると、階段近くで見張りを続けていた防人へ歩み寄った。
「黒影は退いたようだ。悪いが見張り役を頼む。」
防人は背筋を伸ばし、
「はい。わかりました。」
マーベリックは街へ目を向けた。
固く閉ざされた雨戸が並び、さっきまで聞こえていた人々の気配はどこにもない。
小さく息を吐き、
「俺はダンゲルのところに行く。」
その声に被せるように、
「わしらも行くぞ!リアもじゃ!」
ウェンティがリアの腕をぐいっと引いた。
「…………。」
リアはうつむいたまま足を動かす。
「黒の毒は……」
喉が詰まり、小さく息を呑む。
「体中に回ると黒影化してしまう……。」
「そしたら……ダンゲル様は……。」
誰へ向けるでもないその声は、歩くたびに小さく揺れた。
マーベリックは黙ってリアの肩へ手を置く。
「さぁ、行くぞ。」
三人はそのまま治療院へ向かった。
歩きながら周囲を見回したウェンティが口を開く。
「大きな塀がある家には人がいるんじゃな……。」
「塀があるかないかより、家の作りだろう。石で作られているか、木で作られているかの違いだ。」
ウェンティは石造りの家々へ目を向け、
「なるほど……。」
「屋敷には住人全員入らないからな。街に点在している頑丈な家も避難場所にしているんだろう。」
海沿いの道へ出ると、潮の香りが風に乗って流れてきた。
ザアァ――……
ザパァァ――ン……
岩礁へ砕けた波しぶきを横目に歩き続けると、街外れの治療院が見えてくる。
その前ではエディが荷台に背を預け、腕を組んだまま待っていた。
マーベリックへ気付くと顔を上げる。
「マーベリック……。黒影はどうした?」
「撤退した。」
エディの眉間にしわが寄る。
「どういうことだ?」
「今はなぜ退いたはわからない。」
視線を落としたエディが静かに聞いた。
「ダンゲルはどうだ?」
小さく息を吐き、
「先生が医務室に運んだ。俺には入ってくるなと……。」
「黒の瘴気は周りに感染するからな……。」
少し間を置き、エディが唇を動かす。
「なぁ、マーベリック……ダンゲルさんにもしものことがあったら……。」
その言葉に、リアの肩がビクッと震えた。
ザアァァ――……
ザパァァ――ン――
波音だけが静かに響く。
「俺が見てくる。」
マーベリックは一人、治療院の扉へ向かった。
コンコン――
「どちら様かな?」
中から声が返る。
「テセルスのマーベリックだ。入ってもいいか?」
「ああ。入ってくれ。」
ガチャ――
扉を開けると、薬草の匂いがふわりと鼻をかすめる。
ハンスはガラス瓶を手にしたまま、調合の手を止めずに薬を混ぜていた。
バタン――
扉を閉めると、マーベリックはすぐ口を開く。
「ダンゲルの様子は?」
調合を続けながらハンスが話す。
「今は安定している。君の処置が早かった。」
マーベリックは静かにうなづく。
「ただ今は油断はしちゃいけない。毒を抜くには数日かかる……。」
その手が止まり、ハンスはゆっくりマーベリックへ目を向けた。
「そこから回復するには……2週間……。」
「とにかく今は絶対安静だ。」
そう言うと再び視線を手元へ戻し、調合を続ける。
「マーベリック。君に1つ質問がある。」
「この毒は、一体の黒影の仕業なのか?」
ザアァァ――……
ザアァァ――……
遠くから聞こえる波音だけが、静かに部屋の中へ流れ込んでいた――




