第60話 外壁の上で②
ガアァァ!!
「!?」
砂煙を突き破り、黒影がダンゲルとリアへ襲いかかる!
「リア!」
マーベリックの声にリアが反射的に振り返る。
目の前いっぱいに迫る黒影。
大きく開いた顎、むき出しの牙、その奥でうごめく喉――すべてがリアの瞳に映り込む。
ドン!
マーベリックが体ごとぶつかり、リアを弾き飛ばした。
勢いのまま内側の外壁へ体を打ちつけるリア。
黒影は反対側へ着地すると同時に身を低く構える。
マーベリックも足を踏み締め、すぐさま片手を前へ突き出した。
「風よ!」
シュゥゥ――
掌へ風が渦を巻き始める。
「刃よ、切り裂け!」
バヒュゥゥ!!
放たれた風の刃が黒影を駆け抜けた。
ギャウッ!!
裂かれた黒影は黒い霧となり、そのまま風にさらわれて消えていく。
「ダンゲル様!!」
リアの叫びにマーベリックも振り向く。
ダンゲルの腕へ食らいついた黒影が、なおも牙を食い込ませていた。
「ダンゲル!」
苦痛に顔を歪めながらも、ダンゲルは反対の手をゆっくり持ち上げる。
青白い光が掌へ集まった。
「ふん!」
掌が黒影へ触れた瞬間――
バシュシュシュ!!
グギャ!!
全身を駆け抜けた電流に黒影は痙攣し、黒い霧となって風の中へ消えていった。
「ダンゲル様ぁ!!」
リアが駆け寄ろうとする。
「リア!待て!」
マーベリックが咄嗟にローブの裾を掴んだ。
「ど、どうして止めるんですかっ!ダンゲル様が!」
「ウェンティ!リアを抑えろ!」
それでも前へ出ようとするリアを見て、ウェンティの動きが一瞬止まる。
「早くしろ!」
その声に我へ返ると、ウェンティは慌ててリアの背後へ回り込み、そのまま抱き止めた。
「リア!言うことを聞け!」
背中へしがみつくように力を込める。
「ダンゲル様!!」
リアの瞳から涙がこぼれ落ちた。
マーベリックはすぐダンゲルのもとへ膝をつき、噛まれた腕へ目を落とす。
苦しそうな呼吸とともに、額を伝った冷や汗が頬を流れていく。
(黒影の毒……)
ビビビビ!
迷わずマントの裾を引き裂き、上腕を力いっぱい縛り上げた。
「ぐっ……。」
小さく漏れたうめき声。
「わかってるな?」
「ああ……黒影の……ぐぅ……毒だ。」
マーベリックは短くうなずく。
傷口では黒い瘴気がゆっくりと絡みつくように漂っていた。
(くそ……)
周囲へ視線を巡らせる。
座り込んだリアは涙をこぼし続け、その隣でウェンティが必死に何かを語り掛けている。
さらに街へ目を向けると、外壁の下ではエディが住人たちを誘導していた。
マーベリックは身を乗り出し、大きく声を張る。
「おーい!エディ!」
エディが弾かれたように顔を上げた。
「ダンゲルが黒影にやられた!ハンスの所へ連れていきたい!馬車を!」
エディはすぐ外壁の下まで駆け寄る。
「なんだと!?」
「応急処置はした!馬車を早く!」
「わ、わかった!待ってろ!」
マーベリックはダンゲルの隣へ戻る。
「下へ降りるぞ。」
ダンゲルの腕を肩へ回し、その体を支えながらゆっくり立ち上がらせた。
「ぐぅ……。」
苦痛にダンゲルの顔が大きく歪む。
「ウェンティ、黒影を監視しててくれ。すぐ戻る。」
ウェンティは力強くうなずくと、再び荒野へ視線を向けた。
マーベリックは肩を貸したままダンゲルを支え、一歩ずつ階段を下りていく。
外壁を降りたところへ、ちょうど馬車が滑り込んできた。
「ダンゲルさん!」
心配そうなエディへマーベリックが声を飛ばす。
「毒にやられている。一刻も早くハンスに!」
ダンゲルを荷台へ乗せる。
「わかった!マーベリックは?」
「俺は上に戻る。頼んだぞ!」
「わかった!」
エディが勢いよく鞭を振るう。
馬車が走り去るのを見届ける間もなく、マーベリックは踵を返し、再び外壁へ向かって駆け出した。
外壁へ戻ると、そのまま荒野へ目を向ける。
「おかしな動きはなかった。ずっと動いていない。」
ウェンティは視線を外さないまま言った。
「ああ……。」
(……なぜ動かない……。)
リアがゆっくり歩み寄る。
「ダンゲル様は……大丈夫なのでしょうか……。」
呼吸はまだ乱れ、声も小さく震えていた。
マーベリックは荒野を見据えたまま答える。
「黒の瘴気にやられている。処置はした。あとはハンスの気の魔法を受ければ……。」
その時だった。
オオォォォ――――ン……
風がわずかに震える。
(遠吠え……)
オオォォォ――――ン……
「大軍が動いておる……。」
ウェンティが息をのむ。
「退いている……?」
女王がゆっくり向きを変える。
それに合わせるように、大軍の黒影も一斉に後方へ動き始めた。
(なぜだ……なぜ退く……。)
マーベリックの眉間に深いしわが刻まれる。
舞い残った砂煙だけが、静まり返った荒野をゆっくりと流れていた――




