第5話 ウェンティ
現在――
――魔力が乏しい者はテセルスから離脱させる方向だ――
(あれは本当にルーフェンスの言葉だったのか……)
(それとも……何か別の意図が……)
マーベリックは寝転んだまま、空をぼんやりと見上げていた。
「ふぁあ……あ……」
大あくびをした瞬間、視界の端に何か動くものが見えた。
「ん?」
空から、小さな人影がどんどん高度を落として落ちてくる。
「なんだ……?」
すると、風に乗って声が聞こえてきた。
「ちょ、ちょっと! 下に水ぅ!!」
次の瞬間——
「わあぁぁぁ!」
ドッパァァァン!!
「おわっ!」
マーベリックが飛び起きた。
バシャバシャ!
「わっぷ! ごぶごぶ……!」
「い、息が……がぶがぶ……」
「溺れてんじゃねぇか!」
マーベリックは慌てて立ち上がり、ローブを脱ぎ捨てながら湖に向かって走った。
水面が静かになった瞬間、彼は迷わず飛び込んだ。
冷たい水の中で、ゆっくり沈んでいく小さな影を見つける。
水面まで引き上げ、バシャッと顔を出した。
「ぷはぁ! おい、大丈夫か!?」
少女の胸元をぐっと掴み、陸まで引きずり上げる。
二人は湖のほとりにへたり込み、荒い息を繰り返した。
「おい……大丈夫か?」
「はぁ……はぁ……大丈夫じゃ……。」
少女が体を起こし、銀色の長い髪から水を滴らせながら言った。
マーベリックは彼女を見て、思わず目を細めた。
(子供……?)
「なんで湖に落ちたんだ?」
「目測を誤った。」
(目測?)
少女は濡れた白い服を軽く払いながら、ふんと鼻を鳴らした。
「助かった。礼を言うぞ。」
「ん? ああ、よかった。」
マーベリックが改めて少女を見る。
(飛行魔法……? いや、使えたとしても相当な魔道士のはずだが……この歳なら見習いくらいか?)
少女が視線に気づき、わずかに体を縮めた。
「何をそんなに見ておる……。」
「ああ、悪い。魔道士かと思ってな。」
「わしか?」
少女は一瞬言葉を詰まらせ、すぐに胸を張った。
「……まぁ、似たようなものじゃ。」
マーベリックは思わず苦笑した。
(似たようなもの? なんだそりゃ……)
さらに少女が両手で体を縮め、肩を小さく震わせた。
「寒いのか?」
「少し……。」
「乾かしてやる。」
マーベリックは手を少女の前に差し出し、軽く集中した。
手のひらを中心に小さな風の渦が生まれ、少女の前髪がふわりと揺れる。
「風……暖かい……。」
「ああ。ちょうどいいだろ?」
「うむ……心地良い風じゃ……。」
少女が目を閉じ、ほっと息を吐く。
マーベリックは濡れた銀髪と、白を基調とした変わった服をちらりと見た。
(珍しい格好だな……どっかの貴族の娘か? それにこの銀髪……テセルス周辺じゃ見たことない)
「……い……。」
「おい!」
少女が突然睨みつけてきた。
「人の顔をじろじろ見るでない!」
「ああ、悪い。いや、この辺りじゃ珍しい銀髪だからな。北の出身か?」
「北?」
風に前髪を煽られながら、少女は不思議そうに首をかしげた。
「もっと遠くだ。」
(剣聖国内部か……?)
「だいぶ乾いた。礼を言う。」
「ん?もう大丈夫か?」
「お主も濡れたのであろう?」
「俺も乾いてる。内側から微風を出してたからな。」
「なかなか器用だな。お主は風使いなのか?」
少女が身を乗り出し、マーベリックの顔をじっと覗き込むように近づけた。
「風使い?まぁ…そうだな。風の魔道士だ。」
「下位…だけどな。」
少女は不思議そうに顔をかしげ、首を少し傾げながらマーベリックを見つめた。
「下位?お主がか?」
「ああ。」
何かを考えてる様子の少女。
少女は服を軽く払いながら立ち上がり、整え直した。
「お主、名は何と言う?」
「マーベリックだ。」
「マーベリック……。わしはウェンティ。人を探しにここに来た。」
「人?」
ウェンティが小さく頷く。
「訳ありでな。どうしても探さなければならん。」
「そうか……。」
マーベリックは濡れたローブの裾を軽く絞りながら、ふと思った。
(知り合いか……それとも家族か?)
ウェンティはまだ濡れた前髪を指で払いながら、じっとマーベリックを見つめていた。




