第4話 魔都テセルス③
翌日――
封を切る指先に、わずかな乾きが残る。
「……。」
通達に目を走らせる。
息が細く抜け、腰がそのままベッドへ落ちる。
(明日中にテセルスを出ろ…か…。)
紙を畳み、立ち上がる。 足が自然と塔へ向く。
(この塔に何度登ったことか…まぁ数えてはないけどな。)
階段を上るほど、風の音が近づく。 扉を押し開けると、裾をさらう風が一気に入り込む。
ローブが引かれ、体ごと持っていかれそうになる。
(今日は風が強いな……風が後押しでもしてるのか?)
マーベリックがふっと笑い、視界の端で光がゆっくり傾いていく。
「マーベリックさん。やっぱりここでしたか。」
声に振り返る。
足音の余韻と一緒に、アストラとウェズリーの姿が止まる。
「明日…ここを出る。テセルスを頼むな。」
沈みかけの光が三人の間に差し込み、足元だけを淡く照らす。
「どうしてこんなことに……。」
アストラの視線が揺れる。
「別に二度と会えないわけじゃない。」
マーベリックがふっと笑う。
「アストラ。お前は優秀な魔道士だ。俺が保障する。」
アストラが顔を横に振る。
「ウェズリー。君も同じだ。アストラを頼むな。」
ウェズリーがうなづく。
「しみったれたことは苦手だ。いい言葉も思いうかばない。」
視界の明るさがゆっくり落ちていく。 風の温度がわずかに変わる。
「元気でな。明日は…一人で行かせてくれ。」
距離を詰める。 肩を引き寄せ、そのまま耳元へ。
「お前達は俺の誇りだ。」
「さぁ、行け。」
息を呑む音が近くで重なる。
ウェズリーが深く頭を下げる。 アストラの腕を取るその手に力が入る。
足音が階段へ消えていく――
一人塔の上、
風だけが残る。
(俺は幸せ者だよ。お前達二人がいてくれたからな。)
次の日の早朝――
足を止め、部屋を一度見渡す。
「さて……。」
視線が壁をなぞり、わずかに呼吸が深くなる。
(この部屋にも世話になったな…。)
荷を背負い、その重みを肩で受けながら体が自然と前へ傾き、そのまま扉へ向かう。
扉を押し開けると差し込んだ光に一瞬目を細め、そのまま足を踏み出す。
石畳に足音が吸われる中、門がゆっくりと視界に入ってくる。
「マーベリックさん。」
「ご苦労だな。」
軽く手を上げ、そのまま足を止めずに視線だけを向ける。
「話は聞きました。」
視線を受け止め、短くうなづく。
「テセルスを頼むな。」
「はい…お気をつけて。」
門をくぐり、そのまま振り返らずに進んでいく。
同じ早朝の塔の上――
足を止めたまま、風だけが先に頬を撫でていく。
「ねぇ…ウェズリー。」
視線を落としたまま、言葉だけがこぼれる。
「ん?」
隣でわずかに顔を向ける気配。
「また…会えるよね?」
ローブの端を指先で握りながら、そのまま視線を下へ残す。
「うん…それまで私達で頑張らないと。」
息をひとつ挟み、静かに言葉を返す。
「そう…だね。」
視線がゆっくりと遠くへ伸びていく――
同時刻。魔導院、ルーフェンスの私室――
「ルーフェンス代表。よろしかったのでしょうか?」
机に落としていた視線がゆっくり上がる。
「何をだ?」
低く返された声に、魔道士の背筋がわずかに伸び、そのまま視線だけが床へ落ちていく。
「……このような……追い出す形で……。」
喉の奥で言葉が詰まり、呼吸を挟みながら続ける。
「他の魔道士に影響が出てしまいます……。」
ルーフェンスが深く息を吐き、そのまま椅子から立ち上がる。
「必要なことなんだ。これから先……もっと黒影は活発になる。」
足音が静かな部屋に響く。
コツ…コツ…コツ――
一定の歩幅のまま距離が縮まっていく。
「我々の目的は黒影から領域の住民を守ること。それはわかるな?」
「はい……。」
返事と同時に肩が小さく揺れる。
ルーフェンスがその隣で足を止め、後ろに手を組んだまま前を向く。
「魔道士が魔道士に守ってもらう……。」
ゆっくり目を閉じ、そのまま首を横に振る。
「あってはならないことなんだよ。」
「……はい……。」
噛み締めた唇がわずかに震える。
「わかってくれ。」
肩へ置かれた手の重みを受けながら、魔道士が小さくうなずく。
「…はい……。失礼します。」
扉が閉まり、足音だけが遠ざかっていく。
静けさの戻った部屋で、ルーフェンスがゆっくり席へ戻る。
椅子へ腰を落とし、組んだ指先へ視線を落とす。
(必要なことなんだ……。)
呼吸が細く抜け、そのまま天井を見上げる。
(一番はじめにマーベリックは気付く……。)
わずかに瞼が伏せられる。
(それでいい……。)
そのまま静かに目を閉じた。




