第3話 魔都テセルス②
「はぁ…はぁ…。」
「ウェズリー、間に合った?」
乱れた呼吸のまま顔を上げ、視界の先を追いながらアストラが言う。
「ギリギリ。みんな待ってるよ。」
返された声に背を押されるように、そのまま魔導院の中へと踏み込む。
「休憩させてくれ…。」
吐き出すように言葉を零した瞬間、背中に軽く力がかかる。
「もう少しです。頑張りましょう!」
前へと押し出されるまま、三人は足を止めずに奥へと進んでいく。
椅子に腰を下ろした瞬間、ようやく身体の力が抜ける。周囲に広がる気配の多さに意識が引き戻され、視線を上げると、すでに大勢の魔道士達が席に着いているのが見える。
息を整えきる前に、ウェズリーが前方へと小さく合図を送る。
「揃ったようなので報告会議を始めます。」
その声が響いた瞬間、ざわめいていた空気がすっと引いていく。さっきまで耳に残っていた音が嘘のように消え、重たい静けさだけが場を満たす。
報告が進むたび、言葉の端々が胸の奥に引っかかる。黒影の数、討伐の結果、検知による予測――流れてくる情報に、息を飲む感覚だけが残る。
会議の最終報告が終わり、張り詰めていた空気がゆるみかけた、その瞬間――
「本日、最後に代表のルーフェンス殿から今後に関する重大な報告があるということですのでそのままお待ちください。」
その一言で、緩みかけた空気が再び引き締まる。
「ルーフェンス代表から?」
思わず零れた声に、周囲の気配がわずかに揺れる。
「めずらしいな。」
腕を組みながらマーベリックが低く呟く。
壇上へと上がる足音が、やけに響いて聞こえる。
「あまり時間をとらず簡潔に言う。」
静かに落とされた声に、視線が自然と集まる。
「報告にもあった通り、黒影の出現が日々増えている状況だ。これから先、黒影の圧は高くなるだろう。」
淡々と紡がれる言葉が、重く胸に沈んでいく。
「それに対抗するにはこちらも質をあげなければならない。有能な魔力を持つ者を優先的に育成する。」
その瞬間、押し殺していた気配が揺れる。ざわめきが広がり、落ち着いていた空気が乱れる。
「優先的に…?」
アストラの表情が曇る。
「……。」
マーベリックは、黙って聞く。
「魔力が乏しい者はテセルスから離脱させる方向だ。後手に回る訳にはいかない。」
言葉が落ちた瞬間、胸の奥が強く締め付けられる。
「追放じゃないですか…この言い方…。」
ウェズリーが嫌悪感を出すと同時に、周りがざわめく。
「現状は上位、中位、下位、見習い合わせて346名の魔道士がいる。」
「テセルスに残るのは上位、中位、見習いの中でも魔力に秀でた者のみとする。」
アストラの声が、震えながら漏れた。
「ちょっと待ってください、ルーフェンス代表!」
椅子が大きく軋む音がした。
アストラが立ち上がっていた。
会場中の視線が一斉に彼女に集まる。
「みんな……必死に黒影と戦ってるんです。それを、魔力が足りないからって……追い出すような言い方は……」
声が次第に大きくなっていく。
マーベリックは小さくため息をつき、低い声で言った。
「アストラ……やめろ。」
だがアストラの目はすでに潤んでいた。
ルーフェンスは静かに彼女を見つめ、淡々と返した。
「下位魔道士が対応しきれていないのは事実だ。呑み込まれて黒影になる報告もある。現実を見なければいけない。」
アストラの肩が小刻みに震えた。
マーベリックは立ち上がり、彼女の腕をそっと掴んだ。
「アストラ。座れ。」
「……ですが……」
「座るんだ。」
アストラの目から、うっすらと涙が浮かんだ。 彼女は唇を強く噛み、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。
「続ける。346名のうち残るのは242名。離脱者には明日正式な書面をもって報告する。」
「時代は常に変化していかねばならない。以上だ。」
ルーフェンスはそれ以上何も言わず、壇を降りた。
会議が終え――
外に出た瞬間、冷えた空気が頬を撫でる。日が落ちた空気の中で、胸の奥の熱だけが残り続ける。
「さ、帰るぞ。」
背を向けたままの声に、足が動かない。
「アストラ…。」
隣のウェズリーが心配そうにそばに寄り添う。
気配が近づくのを感じながら、視線は下がったまま動かない。
マーベリックが話し始める。
「ルーフェンスが言ってるのは正論だ。」
低く落とされた言葉が、静かに胸に刺さる。
「下位魔道士が対応しきれてない場面が増えている。」
「魔道士が魔道士に守ってもらわなければいけない状態は……。」
わずかに間が空く。
「これから先、好ましくない。」
「でも…あんな言い方しなくても……。」
言葉がこぼれた瞬間、隣で大きく息を吐く音がする。
マーベリックが大きく息を吐く。
「俺にも通達はくる。」
「……。」
「俺は帰るぞ。」
足音が離れていく。
「ウェズリー。」
マーベリックと目が合い、ウェズリーが両手でアストラの肩を掴む。
その温もりが伝わった瞬間、張り詰めていたものがほどける。
視界が揺れ、溜まっていたものが一気に溢れ出し、アストラの目から涙が溢れた――




