第49話 乾かし係
男湯、脱衣所――
「ふぅ……。」
体を拭きながら着替えを済ませたエディが肩を回した。
「塩風呂は入ったことなかったがなかなか刺激があったな。」
その言葉にマーベリックの口元がわずかに緩む。
「それはいいのか?悪いのか?」
「……いいほうだ。」
つられてエディも笑い、着替え終わった二人はそのまま脱衣所を後にした。
引き戸へ手を掛けたところで、マーベリックがふと思い出したように懐を探る。
「エディ。」
「ん?」
振り返ったエディへ手を差し出す。
「これを。」
反射的に受けた手のひらに、硬い感触が落ちた。
「これは?」
顔の前へ持ち上げる。
灯りを受けた金貨が鈍く光った。
「テセルスの金貨だ。」
「売ればいい値はつく。」
エディは金貨から視線を上げ、マーベリックを見る。
「お礼だ。俺達のな。」
その言葉を聞き、大きく息を吐いた。
「このためにマーベリック達を泊めてるわけじゃない。」
「ああ。わかってる。」
短いやり取りのあと、二人の目が合う。
やがてエディは金貨を握り直した。
「じゃあ、預かっておくよ。」
「俺達が会った記念に。」
その言葉にマーベリックも小さくうなずく。
「そうしてやってくれ。」
女湯、脱衣所――
わしゃわしゃ……
「あ"ぁ"~~」
わしゃわしゃ……
「う"ぅ"~~」
頭を拭かれるたびに体が揺れ、ウェンティの声も一緒に震える。
「ちょっとウェンティ……変な声出さないでよぅ……。」
ターニャが苦笑いを浮かべる。
「仕方なかろう……頭が揺れれば声も出るわ。」
被せられた布の隙間から覗き込むようにターニャを見る。
(出ないと思うけどなぁ……)
やがて手が止まった。
「はい、終わり。」
「ん?髪は乾かさなくていいのか?」
ウェンティが首を傾げる。
目の前ではターニャが膝立ちのままタオルを畳んでいた。
「うん。あとは入口で少し乾くの待ってから帰る感じかな。」
その言葉を聞いたウェンティが考え込む。
そして何かを思いついたように顔を上げた。
「ターニャ!マーベリックのところへ行くぞ!」
「え?急にどうしたの?」
返事も待たずに入口へ駆け出す。
途中で振り返り、
「早くするのじゃ!」
ガラガラ!
勢いよく引き戸が開いた。
浴場入口――
「お、出てきた。」
待ちくたびれた様子のエディの横を、ウェンティがまっすぐ駆け抜ける。
「マーベリック!」
腕を組んでいたマーベリックが視線を向けた。
「どうした?」
「わしらの髪を乾かしてくれ!」
勢いよく言い切り、そのまま見上げる。
「わしら?」
ウェンティが大きくうなずいた。
「わしとターニャは髪が長いからの、なかなか乾かないんじゃ……。」
その説明にマーベリックの顔が緩む。
「そういうことか。わかった。いいぞ。」
「ターニャ!マーベリックが髪を乾かしてくれるぞ!」
ちょうど出てきたターニャへ大きく手を振る。
「え?マーベリックさんが?」
ウェンティは入口脇の長椅子へ腰掛けると、隣をぽんぽんと叩いた。
「早くここに座れ!」
(マーベリックさんが乾かす?どういうこと?)
意味がわからないまま隣へ座る。
「じゃあ二人ともじっとしててくれ。」
マーベリックが腕まくりをした。
(マーベリックさん何をするんだろ……。)
隣を見ると、ウェンティはもう楽しそうに体を揺らしている。
すると後ろから小さな声が聞こえた。
「風よ……小さく……揺らぎをつくれ……」
ふわっ――
頬を撫でる風と一緒に髪が前へ流れた。
(え……?風?)
思わず目を見開く。
「おぉ……心地良い風じゃ……。」
ウェンティは気持ちよさそうに目を閉じた。
「どうじゃ……ターニャ……あったかくて心地良いじゃろ?」
「……うん。あったかい。」
前髪が揺れるたびに頬へ触れ、優しい温もりが残る。
(なんだろ……すごく優しくてあったかい……。)
風は急がず、二人の長い髪をゆっくり揺らしながら乾かしていった。
「そろそろいいか?」
しばらくしてウェンティが目を開ける。
髪を触り、
「乾いた!ターニャは乾いたか?」
ターニャも自分の髪へ触れた。
「あ、うん。」
二人は同時に振り返る。
「マーベリック、大丈夫じゃ!すまぬの。」
「マーベリックさんありがとうございました。」
二人の顔を見て、マーベリックがふっと笑った。
「俺は乾かし係だからな。」
「乾かし係?」
ターニャが不思議そうに首を傾げる。
その時だった。
「終わったか?ほら、これ飲めよ。」
エディが瓶を抱えて戻ってきた。
「なんじゃ?それは?」
ウェンティが身を乗り出すように瓶を覗き込む。
「甘い飲み物だ。風呂上がりのこれがうまいんだ。」
エディがニヤリと笑いながら、一人ずつ手渡していく。
瓶の冷たさが手のひらに伝わった。
かぽっ――
エディが蓋を開ける。
ごく……ごく……ごく……
喉を鳴らしながら飲み干し、腰へ手を当てた。
「はぁ――、うまい。」
その姿を見たウェンティの目が輝く。
かぽっ――
慌てて真似をするように蓋を開けると、そっと口を付けた。
ごく……。
一口飲んだ瞬間、顔がぱっと明るくなる。
「んまいぞ!これ!」
そのままごくごくと喉を鳴らし、
「ぷっはぁ――!」
満足そうに息を吐いた。
隣でマーベリックも一口飲む。
口の中に広がる甘さに目を細めながら、瓶を目線の高さまで持ち上げた。
「これはなかなか……。」
中身を眺める。
「果物使ってるのか?」
ターニャへ視線を向けた。
「はい。傷とか形が悪いものを集めて、その果物達を飲み物にしています。」
ターニャも瓶を口元へ運ぶ。
「なるほど。」
マーベリックはもう一口飲み、ゆっくり喉へ流し込んだ。
しばらくの間、誰も言葉を発さない。
時折瓶の触れ合う小さな音だけが響く。
やがて飲み終えたエディが瓶を集め始めた。
「さて帰るか。」
受け取った瓶を抱え、棚へ戻していく。
「ごちそうさん。」
番台へ軽く手を上げると、そのまま出口へ向かった。
「ターニャ!」
その後ろでウェンティが手招きをする。
「わしの後ろに引っ付くのじゃ!」
「え?また?」
「ターニャのマントの中はあったかいからの。ターニャもわしに引っ付いたほうがあったかいじゃろ?」
言いながら、するりとマントの中へ潜り込む。
「ま、まぁ……。」
ターニャが苦笑いを浮かべる頃には、もうウェンティはすっかり収まっていた。
「転ぶなよ?さぁいこう。」
マーベリックが扉を押し開ける。
外へ出た瞬間、風呂上がりの体を夜風が撫でた。
火照った頬には少し冷たく、それが妙に心地良い。
四人は並んで夜の街を歩き出す。
ウェンティはマントの隙間から顔だけを出し、きょろきょろと辺りを見回していた。
そのままふと空を見上げる。
「わぁ、今日は星がすごいなぁ。ウェンティ見て。」
ターニャの声につられ、顔を上げた。
夜空いっぱいに星が散らばっている。
マントの中から見上げる空はいつもより少しだけ狭かったが、その分、星の輝きは強く見えた。
「ほんとじゃの。今日は満天じゃな。」
ウェンティが小さく笑う。
その声を聞きながらターニャも空を見上げた。
歩くたびにマントの裾が揺れる。
冷たい夜風が頬を撫でても、隣から伝わる温もりは消えなかった。
四人の足音だけが静かな夜道に続いていた。




