第47話 浴場へ①
ガチャン――
家の扉が開くと、ひやりとした空気が頬を撫でた。
「夜の海沿いはけっこう冷えるの……。」
ウェンティがマントの前をぎゅっと掴む。
「そうだな。この時期はまだ北風が吹くからな。」
ランタンを持ったエディが先頭に立ち、その後ろを皆が続いた。
「ターニャ!わしの後ろにぴったりくっついてくれ。」
「え?こんな感じ?」
振り返ったターニャのマントの中へ、ウェンティがすっぽりと入り込む。
「ほぉ……わしはこのまま行くぞ!」
「ねぇウェンティ……私歩きづらい……。」
二人は揃ってよたよたと歩いた。
「ウェンティ……ターニャが困ってるぞ。」
マーベリックが静かに言う。
「ん?困っておるのか?わしは邪魔か?」
ウェンティが振り返り、上目でターニャを見上げた。
「じゃ、じゃまじゃないよ……あったかいからこのままで大丈夫。」
「そうか。」
ウェンティが前を向く。
その様子にマーベリックが細く笑うと、ターニャもつられるように苦笑いを浮かべた。
海沿いの道を進むうちに、頬を撫でていた風が少しずつ弱くなっていく。
「ここ、階段あるから気をつけろ。」
エディがランタンを下へ向けた。
薄明かりの中に四段ほどの階段が浮かび上がる。
順番に下り、路地へ入ると風はほとんど届かなくなった。
「風が止んだから寒くないの。」
ウェンティがマントから抜け出す。
「うん。この道は家の壁に挟まれてるからね。」
並ぶ街灯の先をエディが指差した。
「あのでかいランタンがあるところが浴場だ。」
視線の先では二本の煙突から白い湯気が立ちのぼっている。
「こんなところにあったとはな。」
マーベリックが目を細めた。
浴場の入口まで来ると、足元からほんのりとした暖かさが伝わってくる。
「おお……なんかこの周辺だけあたたかいぞ。」
ウェンティが立ち止まる。
「浴場の下で火をおこしてるからな。余熱だ。さ、入ろう。」
エディが振り返る。
「ターニャ。」
「ん?」
「時間は1時間程度でいいか?」
「あ、うん。わかった。」
ウェンティが二人の顔を交互に見た。
「マーベリック。行こう。」
「ああ。」
二人が左の入口へ向かう。
その後ろを当然のようについて行こうとしたところで、
「あ、ウェンティ!」
ターニャが呼び止めた。
「私達はあっち。」
右側を指差す。
「何が違うんじゃ?」
ウェンティが首を傾げる。
「男の人は向こうで、女の人はあっちなの。私達も行こ。」
「そうなのか……。」
手を引かれるまま、ウェンティは女湯へ入った。
男湯――
脱衣籠に服を入れながら、マーベリックは周囲を見回した。
「やっぱり人は少ないな。」
革巻きを外しながらエディが笑う。
「何か理由があるのか?」
「だいたいみんな飯食う前に風呂入るからな。」
ニヤリと口元を上げる。
「なるほど。」
マーベリックも小さく笑った。
服を畳み終えたエディがふと顔を向ける。
「テセルスにも浴場はあったんだろ?」
「ああ。ただ自由には入れない。順番は決められていた。」
エディの手が止まる。
「理由があるのか?入りたいときに入れないのは何かと不便だな……。」
その言葉にマーベリックは息を漏らした。
「まぁな。テセルスは規則と規律を重んじる場所だ。」
(規則と規律か……。)
エディは少し考えるように顎をさする。
やがて着替えを終えると入口へ向き直った。
「さぁ行くぞ。」
ガラガラ――
引き戸が開き、湯気が流れ込んでくる。
同時刻、女湯――
「ウェンティ、服脱いだらこの籠に入れてね。」
差し出された籠を受け取りながら、ウェンティは周囲をきょろきょろと見回した。
「この時間は人が少ないからゆっくり入れるんだ。」
ターニャが服を脱ぎながら言う。
「それはいいな。わしら専用じゃな!」
そう言いながら服を脱ごうとした瞬間、
「ん……。」
頭が引っかかった。
「んん……。」
もぞもぞと格闘したあと、
「ぷわっ!」
勢いよく頭が抜ける。
思わずのけ反った先で、ターニャと目が合った。
布を一枚巻き、後ろ髪を上でまとめている。
「ん?」
ウェンティがじっと見つめる。
「どうしたの?」
「なぁ、ターニャ。」
ウェンティの視線は動かない。
「ん?」
「重くはないのか……?それ。」
ターニャは一瞬きょとんとしたあと、ウェンティの視線を辿った。
髪を上げていた手が慌てて胸元へ向かう。
「ちょっ……ウェンティ!」
ウェンティが不思議そうに首を傾げた。
「なぜ隠す?わしより全然でかいのターニャは。」
ターニャが思わず前屈みになる。
「た、だからそういうことは……ほら、周りに聞こえちゃうし……。」
「わしらしかおらんぞ?」
「隣に聞こえちゃうでしょう……。」
声を潜めながらターニャが言った。
「マーベリックさんもいるんだから……」
頬が少し熱くなる。
「マーベリックがいるからどうしたんじゃ?」
パン!
ターニャが手を叩いた。
「この話はおしまい!髪、上げてあげるからこっち来て。」
「おお。」
ウェンティが駆け寄ると肩を掴まれ、くるりと向きを変えられた。
糸を口にくわえたターニャが、慣れた手つきで銀色の髪をまとめていく。
髪を引き上げられるたびに、ウェンティの顔がわずかに揺れた。
(ウェンティの髪……きれいだな……。)
指の間をさらさらと流れていく。
(銀髪……はじめて見たな……。)
軽く結び終え、形を整える。
「ウェンティの髪、きれいだね。」
「そうなのか?わしにはわからん。」
前を向いたまま答える。
「うん。」
糸を整えながら小さく頷いた。
「はい、出来たよ。あと、頭に布巻いて終わり。」
ウェンティが振り返る。
「すまぬな。」
ターニャが笑顔で頷いた。
頭に布を巻き終えると、
「さ、行こ!」
その声に、ウェンティの顔がぱっと明るくなる。
「突撃じゃ!」
二人は並んで浴場へ向かった。




