第45話 共有
「俺からも一つ共有したいことがある。」
マーベリックはわずかに顔を上げた。
「共有したいこと?」
「ああ。この辺りの黒影のことだ。」
ダンゲルは腕を組み、そのまま続ける。
「お前達が襲われたあの時、何か違和感を感じなかったか?」
問いかけられ、マーベリックは視線を落とした。
「……あの大型に知性を感じた。それと……。」
そこで言葉を切り、再びダンゲルを見る。
「最後の遠吠え……どこからかはわからない。ただ、これは始まりに過ぎない。」
「そう感じた。」
ダンゲルは腕を組んだまま背もたれに体を預け、静かに目を閉じた。
「これは俺の予想だ。」
「俺もそう思う。しかもあの大型は女王ではない。」
マーベリックの眉がわずかに動く。
「そこを詳しく話してほしい。」
ダンゲルは椅子から立ち上がると、部屋の隅へ歩き、置かれていたランプに火を灯した。
揺らめく灯りを手に取り、そのままテーブルへ戻る。
「女王というのはこの荒野の支配者だ。群れの長……。」
ランプをテーブルの中央へ置きながら続けた。
「前にお前にも話しただろう?外の世界にくる前に俺を監視していた黒影がいたと。」
「ああ。聞いた。」
「それが女王だ。やつは黒影の群れを作り、ここを治めている。」
ランプの灯りが二人の間で小さく揺れる。
「あの最後の遠吠えは女王だ。やつは警告してきた。」
「あの大型の黒影は女王ではないと?」
「ああ。基本的に女王は見ているだけだ。」
ダンゲルは再び椅子に腰を下ろした。
「手下を前に出し、状況を見極め、冷静に判断する……。あのような襲い方はしない。」
わずかに息を吐く。
「さしずめ、あの大型は自分の分身と言ったとこだろう。」
マーベリックの指先が顎髭へ伸びる。
「分身……なんのために……。」
「自分が次……動くためだ。」
「動くため……。」
静かになった部屋の中で、ランプの火だけが小さく揺れている。
「10年前からすべてが変わった。」
ダンゲルはゆっくりと天井を見上げた。
灯りの揺らぎが視界の端で淡く滲む。
「そうだな……。」
マーベリックは部屋を見渡し、やがて立ち上がった。
「すまなかった。本だけを借りようときたんだが話し込んでしまった。」
ダンゲルが細く笑う。
「俺は話ができてよかった。」
マーベリックは本を抱えたままドアへ向かった。
「ダンゲル。」
「どうした。」
振り返らずに言う。
「俺はもうしばらくこの街にいるつもりだ。」
わずかに間を置いた。
「何かあったとき。俺も動く。」
ドアノブに手をかける。
「ああ。その時は頼む。」
扉を開き、部屋を後にした。
階段を降り、一階の廊下を歩いていると奥の扉が開く音がした。
振り返ると、そこにはリアが立っていた。
「お帰りですか?」
「ああ。遅くまですまなかった。」
「いえ。」
リアは案内しようと一歩前へ出るが、マーベリックが軽く手を上げる。
「ここでいい。」
「はい。」
抱えていた本を少し持ち上げた。
「読んだらまた返しに来る。」
リアは静かに会釈した。
屋敷を出ると夜風が頬を撫でた。
街へ続く道を歩きながら、本を抱え直す。
(魔鉱石にも意志がある……。)
足を進めるたび、ダンゲルの言葉が頭をよぎる。
(俺の認識は甘かった。)
(外の世界に出てはじめてわかったこと……。)
やがて遠くに街の灯りが見え始めた。
その光を眺めながら思う。
(黒影もそうだ……知性がある黒影……。)
(女王の存在……。)
(今この世界で起きていること……。)
歩みは止まらない。
(今、俺にできることはなんだ?)
考えながら前を向く。
暗闇の向こうから吹いてきた海風がローブを揺らした。




