第38話 破裂菓子①
次の日――
「ターニャ?どこに行くのじゃ?」
身支度を整えているターニャを見つけ、ウェンティがひょこりと顔を覗かせた。
「市場まで買い出し。ウェンティも行く?」
振り返ったターニャが微笑むと、ウェンティの顔がぱっと明るくなる。
「行きたい!」
勢いよく近づいてきたウェンティに、ターニャは指を折りながら何か数え、そのまま少し顔を寄せた。
「8日目……ウェンティ、ちょうど今日は面白いもの見れるよ。」
「面白いもの?何が見れるんじゃ?」
「ふふふっ。行ってからのお楽しみ。」
ターニャが人差し指を立てる。
「じゃあすぐに行くぞ!マーベリック!本なぞ読んでおらんでお主も行くんじゃ」
部屋の奥で本を読んでいたマーベリックが顔を上げた。
「ん?どこに行くんだ?」
ウェンティはむすっと頬を膨らませると、ターニャの耳元へ顔を寄せる。
(あやつは集中すると耳に声が届かなくなるんじゃ。)
「そうなんだ。」
ターニャが思わず苦笑いを浮かべる。
「市場じゃ!さぁいくぞ!」
ウェンティの声が部屋に響いた。
海沿いの街道へ出ると、ウェンティは両手を大きく振りながら先頭を歩き、その後ろをターニャとマーベリックが並んで進んでいく。
「ターニャ。悪いな、俺まで。」
マーベリックが歩調を合わせながら言うと、ターニャは首を横に振った。
「いえ。マーベリックさんこそ本読んでいたのにウェンティが無理やり……。」
マーベリックが小さく笑う。
「いつものことだ。」
その横顔につられるようにターニャも微笑んだ。
前を歩くウェンティは相変わらず落ち着きなく辺りを見回し、何か見つけては足を止め、また歩き出す。
「ウェンティは不思議な子。一緒にいると心が和らぐんです。」
ターニャがそう呟いた瞬間――
「遅いぞ!もっと早く歩くんじゃ!」
振り返ったウェンティが大きく手を振る。
二人は顔を見合わせ、そのままウェンティの元へ歩調を速めた。
しばらく進むと、人の声が少しずつ大きくなっていく。
海沿いの市場へ足を踏み入れた途端、あちこちから呼び込みの声が飛び交い、人の流れが目の前いっぱいに広がった。
「人がいっぱいじゃ!マーベリック見て見ろ!」
ウェンティが振り返りながら声を上げる。
「ああ。すごい賑わいだな。今日はそういう日なのか?ターニャ。」
「はい。今日はちょうど遠洋に出ていた船の帰還日。その日に合わせていろいろな催し物があるんです。」
そう言いながら港の方へ目を向けると、吹き抜けた海風に髪が揺れ、ターニャはそっと手で押さえた。
「遠洋……。」
ターニャがうなづく。
「8日間海に出ています。おかえりなさいの意味も含めて。」
マーベリックもその視線を追った。
「あの船か?」
「はい。あれです。」
港では大きな船の周りを人々が忙しなく行き交い、魚が次々と運び出されていた。
その間にもウェンティは落ち着きなく市場の中を見回しながら先へ進んでいく。
「おーい!早く行くぞー!」
いつの間にか少し離れた場所から手を振っていた。
「今行くよー!」
ターニャが声を返し、三人は市場の中を歩き回る。
水揚げされた大きな魚の横を通り過ぎ、干物や海藻が並ぶ店を覗き込み、その先では野菜や果物を売る出店が軒を連ねていた。
くんくん――
ふいにウェンティが足を止める。
「いい匂いじゃのう。」
鼻を動かしながら辺りを見回す。
魚を焼く香ばしい匂いに混じり、どこからか甘い香りも流れてきていた。
その時――
ポン!……ポン!ポン!
パァン!
「なんの音じゃ?」
ウェンティが顔を上げる。
音は人混みの向こうから聞こえてくる。
(あそこからじゃ……。)
人の間を縫うように進むと、一つの出店が目に入った。
大きな鍋に蓋がされ、その中から音が響いている。
ウェンティが恐る恐る近づいた瞬間――
パァン!
「わわっ!」
思わず後ずさる。
ポン!……ポン!ポン!
鍋の中からはまだ音が続いていた。
「ターニャ!これはなんじゃ!」
呼ばれたターニャが隣まで歩いてくる。
「これは破裂菓子だよ。」
「破裂……。」
その言葉にウェンティがさらに一歩下がった。
鍋を覗き込んでいたマーベリックが口を開く。
「熱を加えると実が弾ける。そういう実があると聞いたことがあるな。」
「ふふふ。大丈夫。鍋の中だけだから。食べてみる?おいしいよ。」
その言葉を聞いた途端、ウェンティの目が輝く。
「食べたい!」




