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第35話 気づき

同時刻、二階――


ターニャに手を引かれながら階段を上ったウェンティは、途中でその手を見下ろした。


「ターニャ。もう手を引かなくてよい。わしは目が覚めた。」


「あ、ごめんね。」


ターニャが慌てて手を離し、そのまま寝室のドアを開ける。


ガチャ――


二人で部屋に入ると、ウェンティはベッドへ腰を下ろした。


ふわりと沈む感触の向こうで、ターニャが窓際へ歩いていく。


カーテンを閉めようと伸ばした手を見ながら、ウェンティはぽつりと口を開いた。


「なぁ、ターニャ。」


「ん?」


「わしはそこまで子供ではない。」


ターニャの手が止まる。


閉じかけたカーテンがわずかに揺れた。


「ごめんなさい……気をつける……。」


テーブルの上では小さなランプが揺れ、その灯りがベッドの端まで淡く伸びている。


「すまんな。言いすぎた。」


ウェンティは自分の隣をぽんと叩いた。


「ターニャ。ここに座れ。」


ターニャは小さくうなづき、ゆっくり隣へ腰を下ろす。


ベッドがわずかに沈み、ウェンティは大きく息を吐いた。


「わしは前にお主に言った。はっきり言わんと伝わらんぞ?と。」


ターニャがうなづく。


「……うん。」


ウェンティはターニャの手の上に自分の手を重ね、そのまま天井を見上げた。


「ターニャは優しいいい子じゃ。紅茶もうまい。料理もうまい。」


その言葉にターニャの唇が震える。


膝の上で握った指先に力が入り、肩が小さく揺れた。


「わしはターニャのことが大好きじゃ。」


ぽたり――


頬を伝った涙が膝の上へ落ちる。


「私……ずっと待ってたんだ……。」


ウェンティが顔を向ける。


「10年前…私達の村は黒影に襲われたの……」


絞り出すような声だった。


「私と……エディは先にハーベイの街に逃がされた。」


涙が次々と溢れ、止まらない。


「お父さんとお母さんは……後から行くからって……。」


言葉の途中で息が詰まる。


「でも……いくら待っても来ない……。」


「わかってる……わかってるけど……。」


声にならない息が漏れる。


ウェンティは何も言わず、そっと肩へ手を回して引き寄せた。


「っ………。」


肩が震えている。


押し殺そうとしても止まらない。


しばらくそのまま時が流れた。


「なぁ、ターニャ。今日は一緒に寝るか?」


「え?」


ターニャが顔を上げる。


ウェンティは小さく笑った。


「今日は特別じゃ。」


「………。」


ターニャの強張っていた表情が少しだけほどける。


そのまま小さくうなづいた。


トン――


トン――


トン――


しばらくして、一人で階段を下りたウェンティは居間へ向かった。


その姿に気づいたエディが顔を上げる。


「目覚めちまったのか?ターニャは?」


「わしのベッドで寝てしまった。わしは水を少しもらおうと思っての。」


エディは苦笑しながら小さく息を吐いた。


「マーベリックとエディが来てから、あいつ何かと張りきってるからな。」


ウェンティはそのまま台所へ向かい、水を口に含む。


冷たい水が喉を通っていく。


(張りきってる……そうではない……。)


コップを置き、振り返る。


「今日はターニャと一緒に寝るぞ。」


「ん?ああ。すまないな。」


ウェンティは首を横に振った。


(ターニャは……寂しいだけじゃ……。)


それ以上は何も言わず、再び階段へ向かう。


ガチャ――


部屋へ戻ると、ウェンティは静かにドアを閉めた。


すぅ――


すぅ――


ベッドではターニャが横向きのまま寝息を立てている。


閉じた瞼は少し赤く、頬には涙の跡が残っていた。


ウェンティはそっと腰を下ろし、その頬へ指先を伸ばす。


触れた温もりに、口元がわずかに緩んだ。


そのまま隣へ潜り込み、天井を見上げる。


(10年前……。)


静かな部屋の中、寝息だけが流れている。


(すべてが一致しておる……。)


隣で小さく寝返りを打つ気配がした。


ウェンティはそっとその手を握る。


細く柔らかな指が掌に収まる。


(温かい……ターニャの手……。)


静かに目を閉じる。


(どこにおる……リクス……。)


テーブルの上のランプが小さく揺れ、その灯りが重なった二人の手を淡く照らしていた――

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