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第31話 ダンゲル

マーベリックの問いに、ダンゲルは胸の奥に残っていた空気を吐き出すように小さく息を落とした。


「なぜ…このハーベイに留まっているんだ?」


「10年前、俺はこの外の世界を知った……。」


言葉を置くたびに、意識がゆっくりと過去へ沈んでいく。


「テセルスの手が届いていない世界をな。」


マーベリックは何も言わず、その続きを待つ。


「黒影に怯える毎日……明日食われて死ぬかもしれん恐怖……。」


その光景が脳裏に浮かぶのか、ダンゲルの視線はわずかに落ちる。


「隠れながら生きる……この外の世界はそんな生活をしていた。」


言葉が途切れ、静寂が一瞬差し込む。


「シュラクの村は知っているな?」


マーベリックがうなづく。


「ああ。テセルスから最西端…山脈の麓の村だ。」


「そうだ。俺はそこへ救援として向かった。」


腕を組み、目を閉じると、指先にわずかな力がこもる。


「そこにいた黒影は大したことはなかった。討伐をし戻ろうとした時、山脈から目線を感じた。」


「目線?」


「ああ。そして俺は見た。山頂付近に獣型の黒影が俺を見て、山の反対側に姿を隠す姿を。」


「山の反対側……外の世界か?」


閉じていた目がゆっくりと開き、視線がわずかに鋭さを帯びる。


「そうだ。俺は違和感を感じた。」


わずかに息を吸い、


「襲ってはこない……ただ観察し、様子をうかがう。」


「そんな黒影は見たことがなかったからな。」


「女王……。」


マーベリックが重く言葉を落とすと、ダンゲルは静かにうなづいた。


「俺はその存在を確認するため、山脈を登った。」


足場の悪い岩肌を踏みしめていた感覚が蘇るように、わずかに肩が揺れる。


「山脈にはすでに黒影の姿はなかった。」


「そのまま反対側に向かったと?」


「ああ。そこではじめて外の世界を見た。」


視界の奥に広がった景色が、そのまま言葉になる。


「この荒野……そこに点在する村……。」


マーベリックは腰を浮かせるようにして座り直し、背筋をわずかに伸ばす。


「エディから聞いた。ハーベイの街ができる前、この荒野には6つの村があったと。」


ダンゲルがうなづく。


「ちょうどハーベイに各村が集結しようとしてる最中だった。」


(あの時……導かれていなかったら俺はこっちには来なかったかもしれん……。)


胸の奥に残る感覚だけが、言葉にならずに揺れる。


「そして外の世界を見て、こちら側を守ることにした……というわけか?」


一度、ゆっくりと息を吐き出し、


「そういうことだ。」


「こっちは魔道士は貴重だからな。」


まっすぐにマーベリックを見る。


「これは俺の独断だ。」


「テセルスには悪いと思っている。」


マーベリックが細く笑い、ゆるく首を横に振る。


「いや。あなたらしい判断だ。」


その言葉が落ちてから、ほんのわずかに間が生まれる。


「テセルスは大陸を守る……俺はこの街を守る。ただそれだけだ。」


静かに言い切ったその瞬間――


ガチャ――


扉が開く音が、空気を軽く揺らした。


「マーベリック!この屋敷はすごいぞ!お前も見せてもらうといい。」


弾む声とともに、ウェンティが満面の笑みで入ってくる。 その後ろをリアが静かに歩き、扉に手を添えてそっと閉めた。


ウェンティがそのままマーベリックへ顔を近づける。


「ダンゲルが書いた本もいっぱいあったぞ!」


思わず体を引くようにマーベリックがのけ反る。


「ウェンティ…近いぞ…あとで読ませてもらう。もう夜になるからな。」


ウェンティはその言葉に、窓の外へと視線を移す。


「そうじゃの……エディとターニャが心配するかもしれん。」


その様子を見て、ダンゲルの口元がゆるむ。


「いつでもかまわん。」


マーベリックが立ち上がる。


「ダンゲル。俺達はこれで失礼する。」


「ああ。しばらくはいるのか?ここに。」


うなづきながら、隣のウェンティを見る。


「ウェンティが気に入ってるみたいだからな。ここが。」


ウェンティが嬉しそうに笑い、何度も首を縦に振る。


「飽きるまでわしはここにおるぞ!」


「はっはっは!そうしてくれるとリアも喜ぶ。」


入口に立つリアへと視線が向けられる。


顔を上げたリアの声がわずかに揺れる。


「わ、私は……。」


その言葉を遮るように、ウェンティが距離を詰め、顔を近づける。


「リア。今度は街を案内してくれ。」


突然の距離に、リアの肩が小さく跳ねる。


「……はい…私でよろしければ……。」


視線を落としながらも、確かにうなづく。


「楽しみにしておるぞ!」


「ウェンティ、そろそろ行くぞ。」


入口でダンゲルとリアが並び、見送る。


屋敷を出て少し歩いたところで、ウェンティが振り返り、大きく両手を振る。


それに応えるように、ダンゲルの目が細くなり、静かに笑みが浮かぶ。


リアは腰のあたりで、わずかに手を動かした。


届くか届かないか、そのぎりぎりの大きさで。


「見てて飽きない二人だな。」


「……はい。」


隣に立つリアへと視線を向けると、また口元がゆるむ。


海からの風が頬をかすめ、ローブの裾がゆっくりと揺れる。


そのまま空を見上げる。


(あの導きがなかったら俺はここにはいない……。)


わずかに目を細め、


(テティス……お前は今どこにいる……。)




あなたと出会ったのは運命なのかもしれない――


ダンゲル――


自分の目で見たもの……自分の耳で聞いたこと――


これから先……必ずあなたの力になる――


海風が吹き抜ける中、リアはその横で、やわらかく表情を緩めていた。

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