第30話 リアの想い
同時刻、ウェンティとリア――
長い廊下を歩きながら、ウェンティは視線を左右に揺らし、腕を大きく振って進んでいく。
前を歩くリアは振り返ることなく淡々と歩幅を刻んでいた。
「長い廊下じゃの。それに部屋がたくさんじゃ。」
視線の先を追うように言葉がこぼれる。
「この屋敷は黒影襲来時の避難場所にも使われています。」
前を向いたままの声が返る。
「なるほど。これだけ広ければ人はいっぱい入れるの。」
「はい。」
声が重なり、廊下の奥へと流れていく。
リアが一つのドアの前で足を止め、手をかける。
「こちらの部屋からどうぞ。」
扉が開く音とともに、わずかに空気が変わる。
「うむ……おぉ!彫刻がいっぱいじゃ!」
中へ踏み込んだ瞬間、視界いっぱいに広がる造形にウェンティの足が自然と緩む。
大小様々な彫刻の間を縫うように歩き、後ろで手を組みながら一つ一つに目を落としていく。
入口に残ったリアはそのままの姿勢で立ち、静かにその様子を見守っていた。
馬の彫刻、鳥の彫刻――視線が移るたび、光が表面をなぞり、形が浮かび上がる。やがて足が止まり、ひとつの像の前で動かなくなる。
女性を形どった彫刻――
「なぁ……リア。」
「はい。」
「これは……リアか?」
問いに、入口でうつむき加減だった顔がはっと上がる。
「私ではありません。」
落ち着いた声が返るが、その奥でわずかな揺れが残る。
魔道士の服をまとい、杖を天へ掲げる大人の女性の像。ウェンティはしばらく見上げたまま、首をかしげる。
「わしはリアに似てると思うがの……。」
視線を外さぬまま呟き、やがて踵を返す。彫刻の間をぐるりと回り、最後にもう一度だけ全体を見渡してから足を止める。
「いいものを見させてもらった。」
振り向いた笑顔に、リアは小さくうなづく。
再び廊下へ出ると、窓から差し込む夕暮れの光が床を長く引き延ばし、二人の足元を柔らかく染めていた。その中を歩きながら、ウェンティがふと問いを投げる。
「リアは今いくつなんだ?」
振り返らない背中に向けて。
「21です。」
変わらぬ歩調で答えが返る。
「たいしたもんじゃの。その年で街を守っている。」
光の中に声が溶けていく。
少しの間を置いて、
「年は関係ありません。」
足取りは変わらないまま、言葉だけが静かに落ちる。
ウェンティは細く笑い、
「そうじゃの。」
と短く返した。
階段を上がり、すぐ脇の部屋の前でリアが足を止める。
「次はこちら、書物庫です。」
扉を開けると、ひんやりとした空気とともに視界が縦へと広がる。天井近くまで積み上げられた本棚が隙間なく並び、厚い本がぎっしりと詰め込まれている。
「ほぅ…これだけの本の数すごいのぅ……。」
見上げながら言葉がこぼれる。
「これらの本はすべてダンゲル様が書いた物です。」
その一言に、ウェンティの視線が止まり、振り返る。
「ダンゲルが?」
「はい。ハーベイにいらしてからの10年間で書いた本です。」
ゆっくりと一冊手に取り、指先でページをめくる。
(黒影との戦闘記録――)
(年月……時間……黒影の型……)
(すべて記録しておる……。)
紙の擦れる音が静かに響く中、表情がわずかに引き締まる。やがて本を閉じ、元の場所へ戻す。
「これだけ資料があれば一日中読んでいられるな。」
微笑みながら振り向くと、入口に立つリアが静かにうなづいた。
部屋を出てさらに奥へ進むと、足元の絨毯へと視線が落ちる。織り込まれた見慣れぬ模様が、ところどころで目を引いた。
「リア。」
「はい。」
歩きながら、ウェンティが視線を下に向ける。
「この屋敷に入ってからずっと気になっていたのじゃが、この絨毯の模様はなんじゃ?」
足を止めたリアが、ひとつの模様の前に立つ。
「ハーベイの街ができる前。6つの村がありました。この六芒星のような形……それぞれの村を表しています。」
模様を見つめながら、ウェンティがゆっくりと思考を巡らせる。
「するとこの六芒星の真ん中が荒野……外周は海ということか……。」
リアがうなづく。
「そうです。」
しばらく模様を見つめたあと、リアの声がわずかに沈む。
「忘れてはいけないんです……。」
「村があったこと……。」
うつむいたままの言葉に、ウェンティが顔を向ける。
(リア……)
その空気がわずかに残る中、リアがふっと我に返るように顔を上げる。
「最後にこちらの部屋を。」
「うむ。」
両開きの扉の前に立つと、わずかに空気の質が変わるのを感じる。
「ここだけ雰囲気が違うの……。」
鍵を差し込み、ゆっくりと回す音が響く。
「はい。こちらの部屋には魔鉱石の結晶があります。」
「だから厳重に管理しているというわけじゃな?」
「はい。どうぞお入りください。」
扉が開くと同時に、冷たい空気が肌をなぞる。
窓のない空間に足を踏み入れると、わずかな光の中で四隅に置かれた原石が静かに存在を主張し、その中央でひときわ小さな石が淡く輝いていた。
「真ん中のが魔鉱石の結晶か?」
「はい。」
ウェンティがゆっくりと歩み寄ると、その背後にリアも足を進める。これまでの距離とは違い、間を詰めるように。
顔を近づけると、角度によって石の奥に色が揺れ、虹のように光がにじむ。
リアが口を開く。
「この結晶は私達の源です。」
「なるほど……すべてを供給しているということか?」
振り返る視線に、
「はい。魔力だけではありません。結晶には様々な力がある……。」
と静かに応じる。
再び石へと目を向ける。
「人間の……源なんじゃな。魔鉱石は。」
その言葉に、リアがうなづく。
しばらくの沈黙の中、ウェンティは結晶を見つめ続ける。
「何か…話したがってるの……この結晶。」
「話したがっている…ですか?」
「……。」
一瞬の間のあと、
「たぶんわしの気のせいじゃ!わすれてくれ。」
軽く笑って流す。
(すべての源……あながち間違いじゃないの。)
静かに視線を外し、踵を返す。
部屋を出ると、廊下の窓から差し込む夕日がやわらかく広がり、歩くたびに二人の影が長く伸びていく。
重なりそうで重ならないその影を踏みながら、何も言わずに歩き続ける中、さっきまでの空気だけが静かに胸の奥へ残っていた。




