第28話 ダンゲルの屋敷②
ドン――ドン――ドン――
床の奥から響いてくる低く重い振動が足裏に伝わり、そのまま脛へと上がってくる。二人は顔を上げるより先に、その音の主を感じ取った。
廊下を踏みしめる足音が近づく。
ガチャン――
扉が開く。
客間へ踏み入ってきたのは、黒のローブをまとい、整えられた髭をたくわえた背の高い男だった。視線が自然とその輪郭をなぞり、静かな圧が空気に滲む。
「マーベリック。ずいぶん久しいな。」
その声を受け、マーベリックはゆっくりと立ち上がる。
「ダンゲル。あなたとこんなところで会うとは思ってなかった。」
互いの口元がわずかに緩む。
「てっきり俺を探しに来たのかと思ったがな……ちがうのか?」
ダンゲルが手で座れと示し、自らも向かいの椅子へ腰を下ろす。
「訳ありでな。たまたまこの街に寄った。」
「そうか。」
ダンゲルの口元が細く歪む。
「リア。」
隣に立つリアへ視線が向く。
「茶を用意してくれ。」
「はい。」
軽く会釈し、リアは静かに客間を出ていく。
「お前が面倒を見てたアストラとウェズリーは元気か?」
「ああ。彼女達はもう上位魔道士だ。あなたがいなくなってから10年経つ。」
ダンゲルは顎に手をやり、指先で髭をなぞる。
「そうだな。10年か……。」
「時が経つのは早い。」
マーベリックが小さくうなずく。
ダンゲルの視線が、ふとウェンティへ向く。
「テセルスの魔道士か?」
「わしか?わしは違う。」
間に入るようにマーベリックが言う。
「名前はウェンティ。人を探している。訳ありで今一緒に行動している。」
「そうか。」
背もたれに体を預けるように座り直すダンゲル。
(あの波動はこの娘か――)
その一瞬、視線だけがわずかに深く沈む。
「ダンゲルよ。リクスという名の人物を知らないか?」
「リクス……。」
思考を巡らせるように視線を落とし、
「ハーベイでは聞いたことはないな。」
「そうか……。」
ウェンティの視線がわずかに下がる。
ガチャ――
扉が開き、柔らかな気配とともにリアが戻ってくる。
「お持ちしました。」
カップが一つずつ静かに置かれていく。立ちのぼる湯気がゆらぎ、わずかに香りが広がる。
ウェンティが身を乗り出すように覗き込み、
「紅茶だな。リア。お主が煎れたのか?」
リアが背筋を正す。
「はい。」
ウェンティはカップを持ち上げ、
「いい香りじゃ。」
ふぅと息を吹きかけると、湯気が前へ流れる。
ひと飲み――
「おぉ!うまいぞリア!」
満面な笑みのウェンティ。
リアが静かに会釈を返す。
「ターニャの煎れた紅茶もうまいがリアの煎れた紅茶もうまい。」
またひと口、口に含む。
リアが落ち着いた声で言う。
「紅茶は誰が煎れてもおいしくなります。」
ウェンティが顔をかしげる。
「わしが煎れたら苦くて飲めなかったぞ?」
「え?」
わずかに顔を上げ、ウェンティを見るリア。
「だから誰でもおいしくなるはなしじゃ!」
なぜか胸を張り、腕を組み鼻を鳴らす。
「……。」
リアの視線が落ちる。
「はっはっは!リアの負けだな。」
ダンゲルの笑い声が静かに広がる。
リアは困ったように視線を伏せたまま、かすかに頬を緩める。
「リア。」
「はい。」
「お嬢さんは何やら屋敷にある物が気になる様子。」
「お嬢さん?わしのことか?」
自分を指差すウェンティ。
「ああ。」
ダンゲルがうなずく。
「彫刻とか魔導具が他の部屋にもあるからな。リア。案内してやってくれ。」
「おぉ…見たい!マーベリック、わしは行くぞ!」
勢いよく立ち上がる。
「見せてもらうといい。」
紅茶を口に運びながらマーベリックが言う。
「では、こちらへ。」
リアがドアを開け、手で進む先を示す。その動きに合わせてウェンティが軽やかに歩き出し、二人の足音が廊下へと消えていく。
扉が静かに閉じる。
少しの間。
カップの中の揺れが落ち着くのを見ながら、ダンゲルが口を開く。
「マーベリック。テセルスで何があった?」




