第24話 ウェンティと海
ガチャン!
木の扉が勢いよく開かれた音が、寝ぼけた頭に突き刺さる。まだ温もりの残る寝具の中で体が揺さぶられ、マーベリックは重たいまぶたをこじ開けた。
「マーベリック!」
「おい!起きろ!」
肩を掴まれ、そのまま上半身を引き起こされる。視界が揺れたまま、目の前に迫るウェンティの顔がぼやけて見えた。
「お、おい…どうした?」
「行くぞ!」
腕を引かれ、そのまま寝台から半ば無理やり立たされる。足元がまだ覚束ないまま踏ん張りながら、マーベリックは眉をひそめた。
「どこにだ?」
「海じゃ!見にいくぞ!」
「海?」
顔を近づけられ、間近で弾む声を浴びる。勢いに押されるまま一歩下がると、ウェンティはさらに身を乗り出した。
「そうじゃ!近くで見たい!」
「早く支度をするんじゃ。」
背中をぐいぐいと押され、体が前へと傾く。まだ頭の中に残る眠気を振り払うように、マーベリックは小さく息を吐いた。
「わかったわかった……。」
身支度を整えながら階段を降りると、朝の空気が家の中に入り込み、ひんやりと肌を撫でていく。足音を立てて一階へ降りたところで、視線が合った。
「マーベリックさんおはようございます。」
「ああ、おはよう。」
声に応じながら、室内を見渡す。いつもいるはずの姿が見当たらず、自然と口をついた。
「エディは?」
「出かけました。今日は漁の手伝いです。」
その言葉を聞いた瞬間、横からぐいっと割り込む気配。
「だからわしらも行くのじゃ!海と漁を見たいからの。」
勢いよく前に出たウェンティの声に、空気が一気に軽くなる。マーベリックは小さく息を吐きながら頷いた。
「じゃあ行ってくる。」
ターニャが静かにうなずき、落ち着いた声で道を示す。
「海は家を出て左に曲がって歩けば見えてきます。」
「ああ。わかった。」
振り返ると、もう待ちきれない様子の視線が突き刺さる。
「ターニャ、行ってくる。」
満面な笑みのウェンティ
「いってらっしゃい。」
その笑みに対して微笑みで返すターニャ。
外に出た瞬間、空気が変わる。頬を撫でる風はやわらかく、鼻先をかすめる匂いに、思わず足がゆるむ。
ウェンティが大手を振って歩き、朝日を正面から受けながら顔を上げる。
「海風がきもちいいの。」
「そうだな。」
同じ風を胸いっぱいに吸い込みながら、マーベリックの口元が緩む。足を進めるたび、肌に触れる空気の重さが違う。
(テセルスでは味わえなかった風だな……)
胸の奥に溜まっていた何かが、ゆっくりほどけていく。
(久しく忘れていた感じだ。香りのある風は……。)
「――ック!」
意識の奥に沈みかけた瞬間、声が割り込んできた。
「おい!マーベリック!」
肩を揺らされ、はっと現実に引き戻される。目の前で頬を膨らませている顔が、くっきりと映った。
「お前はまた……考え込むと耳に届かないの何とかならんのか!?」
「ああ…すまない。」
軽く頭を掻きながら応じると、ウェンティはぷいと顔を逸らし、すぐに前へと視線を向ける。
「あそこから海に降りれそうじゃ。行くぞ!」
足取りがそのまま早まり、迷いなく進んでいく背中を追いかける。
浜へ降りると、足裏に伝わる感触が一気に変わる。沈み込む砂に足を取られ、歩幅が自然と狭くなる。
「歩きにくいの…この砂……。」
「海砂だからな。」
踏みしめるたびに崩れる足場に眉を寄せていたウェンティが、ふと立ち止まり、足元を見る。
次の瞬間、躊躇なくブーツを脱ぎ捨てた。
「マーベリック!脱いだほうが歩きやすいぞ!」
そのまま裸足で砂を踏みしめると、軽く跳ねるように前へと駆け出す。足音が変わり、軽やかに砂を蹴る音が耳に届く。
マーベリックはその場に足を止め、腕を組んで様子を見た。
「走ると転ぶぞ!」
振り返った顔に、まったく気にした様子はない。
「大丈夫じゃ!」
そのまま勢いは落ちず、まっすぐ海へ向かっていく。
ザアァァ――……
耳に届く波の音が次第に大きくなり、足元の砂がひんやりと湿り気を帯びていく。視界いっぱいに広がる水面が光を跳ね返し、まぶしさに目を細めた。
ウェンティが波のすぐ手前で立ち止まり、寄せては返す水の動きをじっと見つめる。
「おぉ……なんか…いいなこれ……」
小さく含み笑いを漏らしながら、視線は波に釘付けのまま。
そのまま一歩、また一歩と前へ出る。足首に触れる水の冷たさにわずかに肩を揺らしながら、さらに進んでいく。
ザアァァ――……
寄せた波が足元を覆い、引いていく。その流れに合わせて砂が動き、足裏がずるりとずれる。
「わわっ!」
体が傾き、慌てて両手を広げて踏ん張る。
「……っと!」
なんとか持ちこたえ、体勢を立て直すと、またくすりと笑った。
(大丈夫か?進んで。)
背後から見守る視線を感じながらも、ウェンティは気にせず前へ出る。
ザアァァ――……
再び寄せてくる波を前に、今度は膝を軽く曲げ、構えるように体を低くする。足元に意識を集中させたまま、引き波に備える。
そして引き波――
「お……おぉ……」
足元の砂が一気にさらわれ、踏み場が消える。
「わわわ!」
バシャン!!
尻もちをついた瞬間、冷たい水と砂が一気に跳ね上がる。
(波が大きいと砂もいっぱいすくわれるみたいじゃな……)
そのまま座り込んだ状態で足元を見下ろし、感心したように呟く。
「ウェンティ!早く立て!」
振り返ると、慌てた顔がこちらへ向かってくる。
「大丈夫じゃ!」
不思議そうに首をかしげながら、座ったまま応じる。
(何をあやつ、あんなに慌てとるんだ?)
前を向いた瞬間、視界いっぱいに迫る水の壁。
「!!」
体を起こす間もなく――
「わぶ!」
波がそのまま体を包み込み、頭から押し倒される。
「言わんこっちゃない!」
駆け寄る足音と同時に、水が引いていく。濡れた体をそのまま掴まれ、砂の上へと引き上げられる。
「うえ…水ではないぞこれ……」
引きずられながら舌を出し、顔をしかめる。
砂浜には、ずるりと伸びた跡が一本、くっきりと残っていた――




