第23話 10年前……
エディは馬車へ乗り込み、街の中心へ馬車を走らせる。 手綱が鳴り、車輪が石畳を軋ませながら街の中心へ向かっていく。その揺れに身を任せた瞬間、ふいに胸の奥から古い景色が浮かび上がった。
――10年前、タリクの村。
「急げ!エディ、ターニャ!黒影がすぐそこまで来てる!」
怒鳴るような声に押されるまま、二人は馬車へ乗り込む。
「父さんと母さんはどうするのさ!」
「お前達は先にハーベイへ行くんだ!」
「私達も後から追うから……ね。」
母親の手がそっとターニャの頬に触れる。泣きじゃくるばかりで言葉にならないその顔を見つめ、言い聞かせるように微笑んだ。
「早く出ろ!」
父親の声が飛び、御者がすぐに馬へ鞭を入れる。
「父さん!」
「エディ!……ターニャを頼む。」
揺れ出した馬車の向こう、父親と母親が微笑んでいた。
その日の夜、ハーベイの外壁上――
「ターニャ。そろそろ戻ろう。」
ターニャは顔を横に振る。頬には涙の跡が乾ききらないまま残っていた。
「じゃあ。俺もここにいる。」
並んで立ち、二人で暗い荒野を見つめ続ける。風の音しかない夜の中で、やがて小さなすすり泣きが漏れた。
エディは何も言わず、そっとターニャを引き寄せる。
(父さんと約束した……。)
(俺が……守らないと……。)
車輪の揺れがふっと今に引き戻す。
馬車が止まり、エディは惣菜屋の前へ降り立った。
「おや、エディ。珍しいね。いつもはターニャが買い物に来るのに。」
笑顔の店主が顔を上げる。
「たまには顔出さないとな。忘れられちまうからな。」
エディが細く笑うと、店主は腹の底から笑った。
「はっはっは。私は忘れっぽいからねぇ。」
そう言いながら差し出された袋を受け取ると、思ったより少し重い。
「今日は久しぶりにエディの顔見たからおまけしといたよ。」
「助かるよ。」
店主がにやりと笑う。
「お互い様だよ。」
短いやり取りのあと、エディは袋を持ち直して店を離れた。
黄昏が過ぎ――
ふと、外壁へ目をやる。
(10年前…朝まで待った。次の日も…また次の日も……)
足が止まりかける。
(父さんと母さんは……。)
胸の奥に滲みかけたものを振り払うように視線を外し、そのまま家へ戻った。
同時刻、エディの家二階――
「ターニャ。これがわしの寝床か?」
ベッドの上に腰を下ろしたウェンティが、きょろきょろと辺りを見回しながら聞く。
「そうだよ。少し小さいけどウェンティなら大丈夫だよね?」
微笑みながら答えるターニャに、ウェンティは胸を張るようにうなずいた。
「うむ。寝心地よさそうじゃな。」
そう言った次の瞬間、なぜか得意げな顔のまま身体を上下に揺らし、ベッドの弾みを確かめるようにぽんぽんと跳ねる。
「ふふふ。よかった。」
ターニャの笑い声がこぼれる。
「ウェンティもテセルスの魔道士なの?」
その声に、ぴたりと動きを止める。
「わしはテセルスとは関係ない。」
「え…そうなんだ。」
枕へ布を巻きながらターニャが目を上げると、ウェンティは小さくうなずいた。
「少し遠いところから人を探しにな。偶然マーベリックと会った。」
「さっき言ってたもんね。」
布を整えた枕を持ち上げ、差し出す。
「はい。これ。枕。」
「おぉ。すまない。」
受け取ったウェンティは、そのまま頭の下へ入れてごろんと寝転がった。
「すぐ寝れそうじゃ……。」
目を閉じるその横顔を、ターニャはしばらく黙って見つめる。
「……ねぇ…ウェンティ…。」
「なんじゃ?」
「……。」
呼ばれて目を向けたまま待つウェンティに、ターニャは少しだけ笑った。
「…ごめん。何でもない。」
「おかしなやつじゃな。はっきり言わんと伝わらんぞ?」
「うん。そうだね……でもやっぱり何でもない。」
照れたように笑うその顔には、さっきまでの影がもうほとんど残っていなかった。




