第20話 ハーベイの街②
ぐるりと回り込むように進んだ先、街の端にぽつりと建つ二階建ての家が目に入る。
「ここが俺の家だ。」
止まった馬車の前でエディが言うと、マーベリックはそのまま視線を上げ、壁の古さや歪んだ木枠を一つずつ追った。
「立派な家じゃないか。」
「古いけどな。」
短く返す声に、どこか力が抜けているのを感じながらも、
「さ、行くぞ。」
と続ける背を追い、三人はそのまま玄関へと歩を進める。 扉が開き、わずかに残った外の光が中へ差し込む。
「今帰った。」
声が奥へ流れると同時に、板張りの床を叩く軽い足音が近づいてきて、そのまま勢いよく姿が現れた。
「お帰りなさい。」
柔らかな声が届いた直後、その視線がマーベリックとウェンティに触れ、動きが一瞬だけ止まる。
「?…エディを助けてくれた方々ですよね?」
戸惑いを含んだまま言葉を選ぶ様子に、エディが間を置かず言葉を差し込む。
「そうだ。マーベリックとウェンティ。こっちは俺の妹のターニャだ。」
軽く頭を下げるターニャの動きに合わせるように、マーベリックもわずかに顎を引いた。
「街の入口で会ったな。」
「あ、はい。そうです。」
短いやり取りが続きかけたところで、エディが一歩前に出る。
「さ、こっちだ。入ってくれ。」
そのまま背中で流れを切るように歩き出し、二人はその後を追って家の中へ足を踏み入れた。
奥へ進むにつれ、揺らぐ火の気配が視界の端に入り、暖炉の中で小さく燃える炎が、部屋全体を淡く染めていた。
天井から下がるランプの灯りがその光を受け、壁や机に柔らかく滲んでいる。
三人はテーブルへと導かれ、椅子に腰を下ろす。
「今、紅茶持ってきます。」
言葉を残してターニャが台所へと消えると、その背を見送ったままエディが口を開いた。
「改めて礼を言わせてくれ。」
一度視線を落とし、息を整えるようにしてから顔を上げる。
「二人のおかげで助かった。ありがとう。」
マーベリックは軽く首を振り、言葉を返す。
「俺は何もしていない。倒したのはウェンティだからな。」
「当然のことをしたまでじゃ。礼には及ばん。」
少しだけ胸を張るウェンティの様子に、エディの口元がわずかに緩む。
「たしか旅をしてる…と言ってたよな?目的はあるのか?」
視線を戻しながら問われ、マーベリックは肩を預けたまま答える。
「目的は決めてない。ウェンティが人を探してるぐらいか?」
横に視線を送ると、ウェンティが静かにうなづく。
「人?……名前は?」
「リクスと言う名じゃ。」
その名を口にした瞬間、表情が引き締まり、空気がわずかに変わる。
「リクス……。この街にはいないな。」
「そうか……。」
(そう簡単には見つからんな……。)
わずかな間のあと、エディが息を吐くように続ける。
「急ぎじゃなかったらしばらく街に滞在したらどうだ?」
「そうだな。俺はテセルス領地しか知らなかったからな。」
「ウェンティはどうする?」
向けられた視線を受け、ウェンティは肩の力を抜く。
「わしもまだ急ぎじゃない。それにいろいろ見て回りたいしの。」
さきほどの硬さがほどけ、表情が緩む。
(まだ、覚醒しておらんのか……それとも……。)
奥で何かを思案する気配を残したまま、その視線がふと揺れたところで、
「紅茶、お持ちしました。」
ターニャが湯気を運ぶように戻ってくる。 三人の前に一つずつカップを置く手つきは丁寧で、わずかに立ち上る香りが空気をやわらかくする。
「ありがとう。」
マーベリックの声に、ターニャは小さくうなずいた。
ウェンティが興味を引かれるようにカップへ顔を寄せ、鼻先に届く香りを吸い込む。
「ああ…いい香りじゃ。」
思わず浮かんだ笑みに、ターニャの表情もつられて緩む。
そのまま手を伸ばし、カップを持ち上げた瞬間、
「あ、少し冷まさないと…」
声が差し込まれるが、動きは止まらない。
ごくっ――
「あっっつ!」
舌を出して顔をしかめるウェンティに、
「ほら…やっぱり……」
ターニャが困ったように微笑む。
その様子を見ていたマーベリックは、カップを持ち上げると軽く息を吹きかけ、揺れる湯気を散らしてからゆっくりと口をつけた。
その動きを追うように、ウェンティも同じように息をかける。
ふぅ――……
ごく。
「甘い…わしはこれ好きじゃ。」
湯気の向こうで、ぱっと顔がほどける。 目尻が下がり、さっきまでのしかめ面が嘘みたいに消えていく。
「ふふふっ。よかった。」
柔らかな笑いが、部屋の灯りと一緒に静かに広がっていく――




