第19話 ハーベイの街①
ガラガラガラ――
揺れに合わせて体がわずかに持ち上がり、そのままゆっくりと沈む。
木の軋む音とともに、マーベリック達を乗せた馬車が街の中へと入っていく。
「エディ!無事でよかった。」
声が重なり、外の気配が一気に近づく。荷台の縁にかかる影が増え、覗き込む人の顔が次々と視界に入り込んでくる。
「ああ。この人達のおかげだ。」
エディの声に合わせるように、視線がこちらへ集まる。その中の一人、身を乗り出した女性が、そっと息を詰めたまま口を開いた。
「ありがとう。エディを助けてくれて。」
わずかに揺れる声、潤んだ瞳がそのまま向けられる。
「わしにできることをしたまでじゃ。気にするな。」
ウェンティが細く笑うと、その場の空気が少しだけほどけた。そのまま視線が下がり、抱えられている自分の体へと向く。
「なにかしら怪我されたのですか?」
心配そうな声に、エディがすぐに応じる。
「ターニャ。このまま先生のところへ連れていく。馬車から離れてくれ。」
「あ、うん。」
一歩下がる気配と同時に、馬車が再びゆっくりと動き出す。人のざわめきが後ろへ流れ、揺れだけが残った。
「エディ。わしは大丈夫じゃぞ?」
身体を支え直しながらの声に、すぐ返る。
「いや、一度先生に見てもらったほうがいい。何かあったら大変だからな。」
わずかな間を置いて、補うように言葉が続く。
「あ、先生って言うのは医者だ。街のみんなの体調を見てくれてる。それに魔法にも詳しい。」
その説明を受けながら、ウェンティは大きく息を吐き出した。胸の奥に残っていた力が抜けるように。
「すまないな。」
馬車は傾斜へと差しかかり、車輪の音がわずかに変わる。ゆっくりと丘の上へと進んでいく。
遠巻きにその様子を見つめる視線があった。
「あの格好。テセルスの魔道士だな。」
目で追いながら、ダンゲルの声が低く落ちる。その先をたどるように、リアの視線も同じ方向へと流れていく。
(テセルス……。)
記憶の底に触れるように、わずかに引っかかる感覚が残る。
「ハンス先生のところへ行くようですね。」
「ああ。一人抱えられてたからな。見るに命に別条はないようだ。」
言葉を受け、リアは小さくうなずく。
「話は落ち着いてからにしよう。」
「はい。」
視線を外すと同時に、二人の足が揃って動き出す。背後に残る馬車の音を置き去りに、そのまま家へと戻っていった。
丘の上へと辿り着いた頃、揺れは止まり、静けさが戻る。
ベッドに腰を下ろしたまま、ウェンティはわずかに肩の力を抜いていた。目の前で様子を見ていたバダックが、手元を確かめながら口を開く。
「とくに異常は見当たらない。」
顔を上げ、視線を合わせる。
「何か気にある部分はあるかい?頭が痛いとか?」
「大丈夫じゃ。」
答えを聞きながら、ペン先が紙の上を走らせ、
サラサラとした音が部屋の中に小さく響く。
「うん……じゃあ手を見せて。」
差し出された手に応じて、ウェンティがゆっくりと腕を伸ばす。
その手のひらを、ハンスが包み込むように握った瞬間、淡い光がじんわりと広がった。
「気の魔法……。」
マーベリックの口から、思わず言葉がこぼれる。
「うん。体内の流れを見るには一番これがいい。」
短く返し、意識を一点に集めていく。
握られた手の奥へと意識が沈み込む中、ウェンティはその光をじっと見つめ続けていた。
やがて、ゆっくりと力が抜かれる。
「大丈夫そうだね。乱れはなく安定してる。」
視線が外れ、空気が少しだけ軽くなる。
「今日一日安静にしていれば明日には回復する。」
ベッドから降りると、足裏に床の感触が戻る。一歩踏み出し、視線を上げる。
「礼を言う。ハンス。」
その言葉に、ハンスは静かにうなずいた。
外へ出ると、待っていた気配がすぐ近くにあった。エディが顔を上げ、心配そうに問いかける。
「どうだった?」
その視線を受け、ウェンティの顔がゆるむ。
「何ともなかったみたいじゃな。」
「そうか。ならよかった。」
張っていた空気がほどけ、エディは馬の首を撫でる。そのまま振り返りながら続けた。
「二人は宿とか決まってないんだろ?」
「ああ。この街ははじめてだからな。」
マーベリックが答えると、エディは軽くうなずく。
「ならうちに泊まったらどうだ?部屋はあるし、お礼も兼ねてな。」
「いいのか?」
迷いなくうなずきが返る。
「じゃあ行くぞ。さ、乗ってくれ。」
声に合わせて動き出し、二人は荷台へと乗り込む。木の感触を足裏に受けながら腰を下ろすと、再び馬車がゆっくりと進み始めた。
揺れの中で視線を上げると、遠くに広がる海の先へと太陽が沈みかけている。
橙に染まった光が水平線に滲み、その色を運ぶように、柔らかな風が頬をなでていった――




