第17話 女王
ハーベイの外壁上――
リアは閉じていた瞼をゆっくりと開き、細めた視界の先に黒影を捉えたまま、呼吸を整えながら自分の目でも確かめる。
「蒼雷…回避されました。」
「回避?」
「はい。直前で。」
一瞬、視線が交わった感覚が脳裏に焼き付いたまま離れない。
(私と目が合った……。)
胸の奥で小さく脈打つ違和感を押し込めるように、もう一度その動きをなぞる。
(蒼雷の軌道を読んで回避した……。)
遠くで、馬車が進路を西へと変えたのが見えた。
(西?街に引き入れないために…。)
二人はそのまま視線を外さず、走り続ける馬車を追う。
「エディのやつ……。」
ダンゲルは奥歯を噛みしめるように、拳を強く握り込んだ。
「リア!もう一度だ。」
「はい。」
短く返しながら、リアはゆっくりと目を閉じ、呼吸を落とし込む。
(次は…外さない。)
意識を一点へと集める。
「……馬車と黒影の間に蒼雷……。」
「出力50……速度62……。」
指先に集まる感覚と同時に、空気が微かに震え、次の瞬間――
ビシッ!ビシシッ!
ダンゲルの両手から電流が弾け、空間を裂くように迸る。
リアはその流れに合わせ、わずかなズレも許さぬように呼吸を揃えた。
「発射。」
バシュゥゥゥ――!
霧を切り裂いた蒼雷が一直線に黒影へと伸びていく中、リアは前に出した手をゆっくりとひねりながら、軌道をなぞる。
(軌道補正……。)
指先のわずかな角度で流れを変えながら、視界の奥で確実に捉える。
(3……)
(2……)
(1……)
その瞬間、大型の黒影がわずかに身体をずらし、蒼雷はすれ違うように空を裂いた。
リアの瞼が跳ね上がる。
(また……。)
息が詰まりかける。
「読まれてる……。」
黒影はその場で足を止め、ゆっくりとダンゲルとリアへと視線を向けた。
グルルルル……
低く唸る喉の奥から、空気を震わせるような声が漏れる。
オォォォォォォ――ン……
長く伸びる遠吠えが霧を押し広げ、そのまま身体を翻すと、再び馬車へと向かって駆け出した。
「くそ!エディが危ない!」
ダンゲルが身を乗り出すように叫ぶ中、リアの思考はその場に縫い付けられたまま動かない。
(なんで…避けられるの……)
確かに当てたはずの感覚だけが、指先に残り続ける。
(軌道補正は正確なはずなのに……)
わずかに震え始めた手が、その確信を裏切るように揺れた。
――同時刻、馬車上――
前を見据えたまま、エディの奥歯がきしむ。
「また蒼雷が外れた……」
視界の端で、黒影――女王がゆっくりとこちらを捉える。
グルルルル……
オォォォォォォ――ン……
空気を裂く遠吠えが背筋を撫で、エディは唇を噛みしめる。
「遠吠え…まるで挑発してるみたいだな。」
(次は本気で狩りにくる。)
マーベリックの低い声が、風に溶けるように落ちた。
振り返った女王の視線が、まっすぐ馬車を射抜く。
次の瞬間、地を蹴る音が重く変わり、そのまま一直線に距離を詰めてくる。
「……。」
ウェンティが静かに状況を見つめる
前を向いたまま、エディが喉の奥から絞り出す。
「マーベリック…ウェンティ…悪かったな……。」
わずかに揺れた声が、風に紛れる。
背後から迫る気配は、さきほどまでのそれとは明らかに違っていた。
重く、速く、迷いがない。
「蒼雷が見切られてる以上俺達はもう……。」
言い終える前に、隣で空気がわずかに動いた。
「……。」
ウェンティが立ち上がる。
「わしがやる。エディ。このまままっすぐ馬を走らせるんじゃ。」
言葉と同時に、風が流れ込み、銀色の髪をなびかせながら、その背を押すように吹き抜けていった。




