第12話 馬車の上にて
馬車がきしみながら動き出すと、足元から伝わる揺れに身体を預けるようにして、マーベリックは樽に背を当てた。
その横でウェンティも同じように腰を落ち着けると、少し顔を上げてマーベリックを見た。
「よかったの、マーベリック。」
「わしのおかげじゃぞ!」
得意げに胸を張る仕草に、視線だけを向ける。
「そうだな。助かった。ウェンティのおかげだ。」
言葉を受け取ると、ウェンティは満足そうに目を閉じ、小さく鼻を鳴らした。
「エディ。街には人はけっこういるのか?」
前方で手綱を握る背中へ声を投げると、揺れの中でエディがわずかに肩を動かす。
「ああ。200人以上はいるな。」
「この辺りにも黒影は出るのか?」
「……出る。しかもここ数年は濃い黒影が多くなった。」
揺れる視界の先、荒れた地面と空の境目を追いながら、言葉を重ねる。
「山脈の向こう、テセルス側も同じか?」
ガタガタと車輪が地面を叩き、身体が揺さぶられる。
「向こうも同じだ。」
「すまないな。こっちまで手が回ってない状況で。」
前を見据えたままの声が返る。
「大陸は広いからな。助けがなければ自分たちで何とかするしかない。」
乾いた風が横を抜け、言葉の後にわずかな間が落ちる。
「生きるためだ。こうやって馬車を走られてるのもそうだ。」
その言葉の余韻を断ち切るように、ウェンティが背にしていた樽を軽く叩いた。
トントン――
「樽の中身は何が入っておるのじゃ?」
「ああ、水だ。ここら周辺は荒野が続いている。水は貴重なんだ。」
返ってきた答えに、ウェンティはゆっくりと首をかしげる。
視線の先に広がる青を指差す。
水なら周りに大量にあるではないか。
エディがそれを横目に見て、小さく笑うように息を吐いた。
「海の水は飲めないぞ?塩水だからな。」
「しおみず?」
その言葉を拾うように、マーベリックが間に入る。
「塩辛い水なんだ。海は。だから飲めない。」
「……なるほど。」
理解しきれないまま、ウェンティは眉を寄せる。
「はっはっは。海を知らないなんてな。街についたら海辺に行ってみるといい。」
風が強くなり、衣服がわずかに揺れる。
「なにごとも体験だ。」
その一言に、ウェンティはわずかに頬を膨らませると、荷台の上に座り直した。
揺れに合わせて身体を預けながら、視線を前へ向ける――
風を切り、街へ向かう馬車。
その流れの中で、ふと背後に違和感が引っかかる。
「ん?」
振り返り、揺れる視界の奥を目で追う。
ぼやけた景色の中に、わずかな動きが混ざっている。
もう一度、目をこらす。
「なぁ…マーベリック。」
「どうした?」
「後ろから追いかけてきてるのは何じゃ?」
指差された先へ視線を滑らせると、揺れる空気の向こうに影がにじむ。
「あれは……。」
身体を乗り出し、揺れに逆らうように視界を絞る。
形がはっきりした瞬間、背筋に冷たいものが走り
勢いよく振り返る。
「エディ!飛ばせ!後ろから黒影が来てる!」
「なに!?くそ!もう少しで街なのに!飛ばすぞ!」
手綱が強く引かれ、鞭の音が空気を裂くと馬の脚が地面を叩き、速度が一気に上がる。
ガタガタと荷台が跳ね、身体が浮き上がる感覚のまま、風が鋭く頬を打つ。
背後に迫る気配が、確実に距離を詰めてきていた。
逃げる振動と、追いかける影が、同じ鼓動の中で重なり始める――




