第52話:計画の内
投稿が遅くなってしまい申し訳ないです。
お楽しみいただけたら幸いです。
「……ローラさんが襲われました」
レオンにそう答えたのはレイファスだった。
「襲われた……?いったい誰に!?」
「主犯はカークランド侯爵家のライアン・カークランドと、デュモン伯爵家のテオドール・デュモンです。ローラさんを複数人で襲い、性的暴行を行いました」
「なッ……そんな……!」
驚いた様子のレオンに、レイファスは無理もないと彼の心情を察した。
「監視は……?監視の2人は何をしていたのですか!?」
「それについては、スカーレット嬢から説明を」
「は、はい」
レオンの問いに答えるように、ロザリアは今回の経緯を話した。それを聞いたレオンはなぜ監視が機能しなかったのかを理解する。
「神官の治癒魔法で外傷は殆ど治っています。ただ……」
「貞操に問題がある……という事ですか」
「ええ、そうです」
言葉でそう言わずとも、レオンもレイファスが言わんとする事が分かったらしい。余程ショックだったのかレオンは頭を抱える仕草をしながら椅子に座り込む。
「レイファス様、どうするのですか……?ローラの貞操に問題があるなら、ロディアス様の婚約者候補からは外されます!これでは、ローラを王宮に入れたいというロディアス様達の願いが果たされませんし、私の出世はどうなるのですか!?」
「黙りなさいレオン。そんな事は貴方に言われなくても分かっています」
「ッ……」
レイファスの睨みに口を噤んだレオンだが、その表情は相変わらず焦りしかなく、誰が見ても情けなかった。
(妹がこのような状態になっても、心配なのは己の利益か。相変わらず馬鹿で使い易い男だ)
そんなレオンを冷ややかな目で見るレイファスは、心の中で彼をそう罵る。
「とりあえず……今日のところはローラさんを連れて帰って下さい、レオン。彼女には暫くの間休息が必要になるでしょうから」
「わ、分かりました……」
レイファスの命令に頷いたレオンは、早速眠るローラの身を起こして背中と膝の下に腕を差し込んで横抱きにし始める。
「ローラさんが目覚めたら王宮へ連絡を入れるように。私とロディ兄様が駆け付けますので」
「え、ザイラス様は来られないのですか?」
レオンの言葉に、レイファスはそこの説明が不足していた事に気付き、仕方なく補足する。
「実は……ローラさんは今、自分が襲われたのはザイラスのせいだと勘違いしているようなんです」
「え…………は?勘違いって……」
「誰の策略かは不明で、詳細すらまだ判明していませんが……少なくともローラさんの中では、彼女を襲った主犯格のライアン・カークランドとテオドール・デュモンにそう指示を出したのがザイラスだという事になっているようです。ローラさんは襲われている最中にそれを聞いたような口振りで、助けに来たザイラスを拒絶したとザイラス本人から聞きました」
「なッ……拒絶って……ザイラス様は大丈夫なのですか!?」
「大丈夫に思えますか?私が現場に駆け付けた時には、ライアンとテオドールを含め、その場にいた生徒達を半殺しにしていましたよ。ローラさんに拒絶されたのが余程応えたようです。詳しく事情を聞くにも今は会話もままならない状態なので、今日の所は先に王宮に帰しました」
「な、なるほど……」
「なので、ローラさんが目覚めたら私とロディ兄様がシュバリエ家の屋敷に向かいます。良いですね?」
「は、はい!承知しました」
レオンが素直に頷いたその時だった。
「お待ち下さい!レイファス様!」
2人の会話に割って入る声が上がった。
「……急になんですか?スカーレット嬢」
それまで黙っていたロザリアを冷ややかに見つめるレイファスだが、ロザリアは怯む事なく口を開いた。
「ご無礼をお許し下さい、レイファス様。しかし今回の一件、現場に駆け付けた人間として言わせていただきます。シュバリエ嬢は今、複数の男性に襲われたショックから男性の方々を前にしたり、触られたりすると極度に怖がる様子を見せました……恐らくですが、男性がトラウマになっています」
「……確かに、貴方の言う通りです。あのような悲惨な状態にされたのなら尚更、彼女の心の傷は深いでしょう」
「はい……ですので、いくらレイファス様とロディアス様が駆け付けても、男性である以上はシュバリエ嬢はまともな会話すらできないかと思われます」
「そうですね。今回の一件が有耶無耶になる前に黒幕を突き止めようと思ったのですが……事を急ぐあまり、ローラさんへの配慮が欠けていました。彼女から詳細を聞くのはまた後日にでも……」
ロザリアの言葉で一度頭を冷やしたレイファスは、自分が思っている以上に冷静ではなかったことに気付いた。
彼は、自分達以外の誰かの手によってローラが傷付けられた事に動揺していたのだ。今まで管理できていた駒達の失敗に加えての今回の暴行事件。何者かの手引きによって引き起こされたのは明白かつ、意図的にザイラスとローラの信頼関係を崩壊させる目的があった事はレイファスでも分かった。
その黒幕を暴く為の事情聴取のつもりだったが、レイファスは一刻も早く情報を集めようとするあまり、あのローラの惨状を目にしていながら彼女への配慮が欠落していた事に気付いた。
もし気付かず駆け付けていたら、今度は自分もローラの恐怖の対象になっていたかもしれない……ロザリアの指摘でやっと彼は冷静な頭を取り戻したのだ。
すると、そんなレイファスの様子を見てロザリアが口を開いた。
「そこで一つ、提案があります」
「提案?」
「レイファス様、この場は同じ女性である私がシュバリエ嬢の様子を見て参ります」
「なんですって?なぜ貴方が?」
「……シュバリエ嬢は、婚約者候補の辞退を宣言してから同じ公爵家の令嬢であるからか何かと私に相談しに来ていたのはご存知ですよね?」
「ええ。スカーレット嬢がローラさんの候補辞退への気持ちを少しずつ削いでいることは知っています。ですが、どうして貴方がわざわざ?」
「シュバリエ家の状態を知っている身として、シュバリエ夫人や使用人を相手にしても彼女は今回の一件を詳細には話せないと思われます。かと言ってシュバリエ嬢は交友関係すら築いて来なかった身、信頼できる友人もいません」
「確かに……そうですね」
レイファス達がローラの周囲を牽制し制限していることもあり、彼女は親しい友人も頼れる存在もレイファス達以外いないようにされている。それは、王子達の駒であれば誰もが知っていることだ。
「私は今回、事件の現場に駆けつけて彼女に寄り添いました……だからと言うわけでもありませんが、少なくとも警戒はされずに話をする事ができるかと」
そう言い切ったロザリアだが、その胸の内はドクドクと緊張による嫌な鼓動が止まらなかった。
ロザリアは知っている。今回の件は被害者であるローラ本人によって起こされていることを。
だが、それをこの場で正直に話したところで信憑性に欠けるし、何よりレイファス達がこの世で最も優先にしているのはローラだ。ローラが「そんな事などしていない」と一言言うだけで、彼等は何の疑いもなく愛するローラを信じる。
ローラはそれを分かっているのだ。ロザリアがこの場で何を言おうとも、優先されるのは自分の言葉である事を。
──「知りたいんでしょう?今回の一件を含めて、貴方が持つ違和感と疑問の全てを。その答えを、シュバリエ家で全てお答えします。なので、来ていただけますよね?スカーレット嬢」
あの時のローラの顔は、ロザリアがそう動かざるを得ないという確信に満ちていた。
ここ数日で、ロザリアの中にあったローラ・シュバリエへの評価は大きく変化している。それと同時に、その得体の知れない違和感に恐怖すら覚えているのだ。
だから今、彼女はローラ本人から答えを得る為だけに道化となった。
「なるほど……分かりました。では、ローラさんが目覚めた時すぐに駆けつけることができるように準備をしておいて下さい」
レイファスに頭を下げ、ロザリアは「承知しました」と答えた。ホッと胸を撫で下ろした事を悟られぬように。
「レオン、そういうことですのでローラさんが目覚めたらすぐにスカーレット嬢へ連絡を」
「は、はい!」
「今日のところはここで解散としましょう。今回の件はくれぐれも内密に」
レイファスの言葉に頷いたレオンとロザリア。そうして各々が保健室から出ようとしたその時だった。
「こんなところにいたんだね。ローラ」
「ッ!」
そこに現れたのはロディアスだった。
「ロディ兄様!」
「ろ、ロディアス様……ッ」
急に現れたロディアスに、ロザリアは思わず息が詰まった。レイファスは何とか切り抜けたが、ロディアスに同じ手が通用すると思えなかったからだろう。下手な事を言わないように、ロザリアは唇を噛んだ。
「レイファスからの知らせで事情は知ってるよ。可哀想に……こんな事になるだなんて」
しかし、当のロディアスはローラ以外が見えていないのか、レオンに抱えられた彼女の頬にソッと触れる。割れものに触れるかのような繊細な手つきだが、邪魔をすればすぐに牙を剥いて来そうなその雰囲気に、レオンは息を殺した。
「ローラ、私がもっと駒達を管理出来ていれば……」
そう声をかけるロディアスに対し、眠ったままのローラからの反応はない。
「レイファス、主犯の者達はどこにやったんだい?」
「……王宮の地下牢に。ただ、怪我が酷いので尋問ができるまで回復させる必要があるかと思います」
「回復ねぇ……」
レイファスの話を聞きながら、ロディアスはローラの頬から髪を一房掬い上げるその目を据わらせる。
「回復を待つ時間が勿体無いよ」
「で、ですが……」
そう言い切ったロディアスは慈しむようにローラの髪に口付けすると、彼はやっとレイファスに目を向ける。
「回復せずとも、ただ拷問すれば良い話じゃないか」
「ごっ……!?ロディ兄様!急に何を言い出すのですか!?」
平然と笑顔で言い退けたロディアスに、レイファスが顔色を変え、それを聞いていたレオンとロザリアにも緊張が走る。
「急もなにも、レイファスこそ何を言っているんだい?私達の愛しいローラを傷付けた罪はそれだけ重いんだ。だから彼女を傷付けた分だけ、彼等は苦しまないといけない。最終的にどうなるのかを理解させないと」
「そうだとしても……ッ、あの状態で拷問するのは……」
「大丈夫。王宮には優秀な人間しかいない。失敗なんてあり得ない。レイファスも知ってるだろう?」
「……ッ」
そこまで言われてしまえば、レイファスも黙るしかなかった。彼だってロディアスの言う優秀な人間達を知っている身だからだろう。
「加害者達はこのまま拷問にかけて情報を吐かせる。そしてローラが目覚めたらすぐに私達が傍に行く。それで良いよね?」
「……拷問の件は分かりました。ですが、ローラさんの元にはスカーレット嬢を向かわせます」
「どうして?スカーレット嬢よりも私達の方がローラも喜ぶと思うのに」
チラリとロザリアを見やるロディアスの目に温度はなく、その視線に射抜かれたロザリアはつい逃げるように俯いてしまう。
しかし、それを庇うようにレイファスが前に出た。
「ロディ兄様!ローラさんが加害者達にどんな事をされたのか分かっているのですか!?気持ちは分かりますが、今回は彼女の為にも自重すべきです!」
「でも……」
「ザイラスだけでなく、我々まで彼女から拒絶されたらどうするのですか!?私達がローラさんと築き上げた信頼関係が崩壊する事になりますよ!?」
どこか危ういロディアスに対して、レイファスはハッキリとそう言い放つ。
その初めて見る光景に、ロザリアはこのままどうなってしまうのだろう……とハラハラしながらその様子を見守る。
すると、そんな2人を見兼ねたのかレオンが口を開いた。
「お二人とも落ち着いてください!ローラの体調もありますし……今日のところはこの辺で解散した方が……」
「……そうですね。レオンの言う通りです。ロディ兄様、今日はここで一旦解散しましょう」
「…………」
「詳しい話は王宮でもできます。ローラさんへの対応は一旦スカーレット嬢にお任せしましょう。私達は彼女の精神が安定するまでは大人しく待って……ロディ兄様?」
レイファスがそう諭す途中で、ロディアスはロザリアに歩み寄った。急に近付いて来た彼に、ロザリアの顔が強張った。
「スカーレット嬢、レイファスの手紙にもあったけど今回は君に来た手紙が発端らしいね」
「は、はい……」
「その手紙は今どこに?」
「それが、レイファス様と探したのですが見当たらなくて──」
──パンッ!!!!
ロザリアが緊張しながらそう答える最中、ロディアスの右手が彼女の頬を強く叩いた。
「なっ!?ロディ兄様!?」
「スカーレット嬢!」
いきなりのことにレイファスとレオンが驚く中、ロザリアは一瞬何が起きたのか分からなかった。だが、じわじわと感じる痛みにやっと自分が叩かれた事を理解した彼女は赤くなった頬に手をやりながら、恐る恐るロディアスに目を向けた。
「ろ、ロディ、アス……さま?」
彼の目は、ロザリアを冷ややかに見つめていた。
「痛いかい?スカーレット嬢。でも、ローラはこれ以上に痛い思いをしたんだからこれくらい我慢しなきゃね」
「な、なにを……」
何を言っているの?とロザリアの頭は混乱する。急に叩かれたのもあって、彼女は今、自分の目の前に立っている彼が本当に自分の慕っているロディアス・カーディアスなのかと疑問に思っていた。
ロザリアの知るロディアスは、いつも冷静に物事を見ていて、その紳士的な言動と他者を寄せ付けない頭脳を持った絶対的強者な存在だった。
なのに今、彼はなんの脈絡もなくロザリアに手を上げた。ロザリアの中にあったロディアスを慕う心に小さな亀裂が入る。
しかし、当のロディアスはそんな彼女の様子に微塵も興味がない顔付きのまま言葉を続ける。
「私は今回の件が全て君のせいなのではないかと思うのだけど……違ったかな」
「え……?」
「な、何を言っているのですか!?」
ロディアスの言葉に驚愕するロザリアに、すかさずレイファスが横から入り込んだ。
「ロディ兄様!スカーレット嬢がこんな事をするわけがないでしょう!?」
「でも、彼女の言う手紙は見つかってないし、彼女の話が本当かどうかも分からないじゃないか。嘘を吐いているかもしれないよ?」
「……ッ」
嘘を吐いているという言葉に、ロザリアはビクッと小さく震えてしまった。嘘を吐いているという点では合っているからだ。
そんな彼女を見つめるロディアスの目は鋭いまま、明らかな敵意と失望の眼差しを彼女に向けていた。
しかし、それをまたレイファスが庇う。
「だとしても、令嬢に手を上げていい理由にはなりません!スカーレット嬢の話が事実かどうか気になるのなら、当事者であるザイラスと、監視の2人からも話を聞くべきです!」
「…………」
「その場にいなかった我々では、今は正しい判断ができません。だから、今は落ち着いて状況を判断すべきです」
そう言い切るレイファスに対してもロディアスは睨みを効かせるが、怯むことなく睨み返す彼にハァ……と一つため息を溢した。
「…………分かったよ。今日のところはこれで終わりにしよう。急に叩いてしまって悪かったね、スカーレット嬢」
「い、いえ……」
ロザリアに軽い謝罪をしたロディアスは、そのまま保健室を後にする。
「ロディ兄様!……スカーレット嬢、こんな事になって申し訳ありませんが、ローラさんの見舞いの件はよろしくお願いします」
どこか危うい兄を心配してか、レイファスはロザリアにそう頭を下げると兄の後を追うように出て行ってしまった。
「スカーレット嬢、大丈夫か?」
「……ええ。平気です」
「……ロディアス様達も、今回の異常事態に混乱されているのだろう。あまり気にするな」
「…………はい」
ロザリアは叩かれた頬に触れる。先程より痛みは引いたが、ジクジクと痛む心は健在だった。
「スカーレット嬢、明日のシュバリエ家の訪問は落ち着いてからでも……」
「いえ、大丈夫です。気を遣って頂いてありがとうございます、シュバリエ卿。明日は予定通りにお伺い致します」
「あ、ああ……分かった」
そんなロザリアを見兼ねたレオンからの提案を一蹴し、彼女はそう答えた。そして、レオンに抱えられたままのローラを一瞥するとそのまま保健室を出て行った。
残されたレオンも、そのままその場から離れると、外で待たせていたシュバリエ家の馬車に乗り込んだ。
「…………まさか、これも貴方の計画の内なのか?」
依然眠ったままのローラ──カンナを見つめながら、レオンは馬車に揺られつつそう零すのだった。




