第46話:覚悟
「本当に今日するのか?」
「ええ。今日するわ」
シュバリエ家の馬車の中で、カンナとレオンは静かにそんなやり取りをした。
「状況的にも、今日が丁度良いの」
カーディナ学園は、カンナの世界で言う日曜のみが休校日になっている。その為、土曜日まで授業がある。
今日はその土曜であり──計画の決行日。
「…………分かった。それならもう、俺は止めない」
「……」
「そもそも止める権利は俺にない。ただ……その、ローラの救世主である貴方に、そこまでしてもらう必要があるのか……」
レオンは前から思っていた。彼から見て、カンナはローラの為に己の意思で突き進んだ有言実行者であると。彼は彼女のその強い精神力と揺るぎない行動力を尊敬すると同時に、なぜそこまで出来るのか?という恐怖があった。
ローラの為と言われればそれでお終いだろう。だが、カンナのこの覚悟の決まりようはそうそうできるものではない。この国のどこを探しても、カンナ以上に己の使命を全うせんと行動できる者はいないだろう。
「心配いらないわよ。覚悟なら最初から決めてるから」
現に今も、彼女の目は揺るがない。これから起こる事など余興に過ぎないとでも言うように。
そうしている内に、馬車が停まった。
「それじゃあ、行ってくるわね」
カンナはそう言い残して、先に馬車から降りて行った。
ローラの監視であるルシアンは、ここ最近妙な胸騒ぎを感じていた。
それは恐らく、ローラがロディアスの婚約者候補を辞退すると言ったあの日からだろう。あの時から明確に状況が変化している。
ロディアス達に目もくれず「K.K.」という謎の人物を慕うようになったローラ。
そんなローラの変化に戸惑い、嫉妬に狂うロディアス達。
指示された教師と生徒達による失敗の数々。
それをカバーしたルシアン自身の失態に、ザイラスによる暴力事件。
全てがここ数日で起こったことだ。
これ以上の事はないと考えたいが、これ以上の事が起きるのではないか?という不安がルシアンの頭を埋め尽くす。
ザイラスによって負わされた傷はまだ癒えていない。ローラに顔を知られている自分は、このまま彼女に近付く事はできない。遠くで見守ることしかできないのだ。
(念の為、アレンに警戒を強めるよう伝えてあるが……まだ安心はできない)
学園での授業が終わりを迎え、生徒達が帰宅する時刻になった。今日のローラには変わった所はない。いつも通り嫌がらせをされ、いつも通り罵倒されていた。ただ、ロディアス達は今彼女に罰を与えているようなものなので、いつも通り慰める事はなかった。
すると、目の前にいたローラが動き出した。ルシアンは、ローラはいつも通り図書室に勉強をしに行くのだろうと思っていた。
だが、彼女が向かう方向は図書室のある方向とは逆だった。
(どこに行くんだ……?)
ルシアンは、ローラに近い場所にいるアレンに目配せしつつ彼女を追った。
ローラは校舎の奥へと進んで行く。そのせいか、周囲にいた生徒達もあまりいなくなっていく。
どこまで行くんだ?と首を傾げるルシアン。
その時だった。
「やっと見つけたわよ。ヴィンセント卿」
「ッ!?……す、スカーレット嬢!?」
ルシアンの背後からそう声を掛けてきたのは、どこか真剣な面持ちをしたロザリアだった。
「どうしたのですか?私は今ローラ様を……」
「ザイラス様からの指示よ。私とヴィンセント卿、そしてクロフォード卿も一緒に自分の所へ来いと」
「なっ、我々はそんな指示を聞いていないのですが……?」
「なら、これを見なさい」
そう言ってロザリアが差し出したのは、一枚の手紙。
そこに書かれていた内容はこうだ。
【ルシアン・ヴィンセント、アレン・クロフォードを俺のところに連れて来い。連れて来なかったら殺す。 Z.K.】
「ッ!……これは」
「貴方にも分かるでしょう。こんな書き方を指示するのはザイラス様しかいないわ」
「……今すぐアレンを呼んできます」
ルシアンは、急いで先に行ったアレンを呼びに行く。
それを見送ったロザリアは、手元にある手紙を一瞥する。
(いったい何を考えているの?ローラ・シュバリエ)
ロザリアがそう思うのも無理はない。
昨日ローラに渡された手紙、それこそがこの手紙だったのだ。
彼女はローラに言われた通り、今日の放課後になってからこの手紙を見た。
そして、素直に驚いた。
なぜなら、ロザリアはよく知っている。
ロディアス達が駒にどうやって指示を出しているのかを。
まず、王子達の目的はローラの孤立と自分達への依存。その最中でなによりも彼等が警戒するのは、駒が何かやらかした時に全ての元凶が自分達であることがバレること。そうなれば、ローラは彼等から逃げる選択を取るかもしれない。
その可能性を消すために、彼等が指示を出す時は必ず偽装するようにしているのだ。口頭での命令が多いのは後からでも嘘をつけるから。そして生徒を通じて手紙で指示を出す時は、必ず別の生徒を使って手紙を書かせていた。万が一その手紙をローラに見られても、主犯は書いた生徒だと思い込ませる為に。
そして、今ロザリアの手にある手紙は王子達ではない筆跡で書かれた文章が羅列している。
その内容も、ザイラスが駒によく書かせる内容と酷似していた。
だからこそ、ロザリアは疑問に思う。ローラはどうしてこんなにも条件に当て嵌まる手紙を渡してきたのかと。
そして、会う度にロザリアの恐怖心を煽っては別人になっていくローラに、自分は本当にこのまま従っても良いのかと不安が襲って来る。
ロディアスの婚約者がローラに決まっている事をバラしてから、ロザリアの目に映るローラはまるで別人のようだった。ロザリアの魔法を利用し、情報を探ってくるその手腕は、以前の彼女からは想像がつかない。だからこそ、彼女は今のローラに恐怖しているのだ。
ぐるぐると気持ち悪くなる様な思考の中、ルシアンがアレンを連れて戻って来た。
ロザリアは、残る疑問やこれから起こる事への不安に頭を掻き乱されながらも、2人を連れてザイラスの元へと向かった。
「ザイラス様、ヴィンセント卿とクロフォード卿を連れて参りました」
談話室のソファにもたれ掛かっていたザイラスを見つけたロザリアは、先頭に立って彼に首を垂れた。後ろから着いて来た2人も同じ様に頭を下げる。
「………………はぁ?なんの話だ」
「……え?」
「ザイラス様が呼んだのでは……」
それに対して、ザイラスは怪訝な顔をした。それを聞いたルシアンとアレンの口からは困惑の声があがる。
ロザリアも、なんとか困惑したような表情を作った。
(ここまでは予想通り……よね)
その中で、ロザリアだけが今の状況をなんとか予測できていた。ただ、この状況を作ってローラが何をしたいのかはまだ分からないままだ。
「どういう意味だ?」
「ザイラス様がスカーレット嬢に手紙を書いたのでは……」
「手紙だと?今日はなんの指示も出してねぇよ。兄貴達から暫く自重しろって言われたからな……で?その手紙は?」
そう言ってザイラスはロザリアを睨んだ。その目に少し怯えつつも、彼女はローラから貰った手紙をザイラスに見せる。
「これです……」
「どこでこれを貰った?」
「今日の授業で移動教室から戻った時には……私の席にありました。いつもの様に、何かしらの指示かと思ったのですが……」
「なるほど。自重命令されてなかったら、確かにお前にでも頼んでた内容かもな」
「という事は……その手紙は偽物ということですか?」
「そうに決まってんだろ。つか、なんでわざわざお前ら監視の呼び出しなんか──」
そこまで言って、ザイラスの声がピタッと止まった。ロザリアは、急に様子の変わったザイラスに緊張した面持ちを見せる。
「……おい、ローラは今どこだ?」
ガタッと急に立ち上がったザイラスがそう聞いたのは、ロザリアではなくルシアンとアレンだった。
「ローラ様なら今日は珍しく空き教室にて勉強を……あっ」
アレンはそう答えると同時にハッと気付く。ルシアンも、その隣で顔色が変わった。
ロザリアの持って来た手紙は偽物だった。
つまり、これは誰かによって仕組まれたとロザリア以外のその場にいる全員が気付いたのだ。
どうしてこの場にローラの監視である彼等が集められているのか?と。
「チッ!ローラのとこに行くぞ!急げッ!」
「は、はい!」
慌ただしく部屋を出た4人は、急いでローラのいる場所へ向かった。ロザリアは、先を行くザイラスの背を追いながら、漠然としていた不安がだんだんと形になっていくのを感じ取った。
彼女の本能が、なぜか、ここから先にあるものを見てはいけないと警告している。
しかし、偽物の手紙を貰った張本人であるロザリアが今離脱するのも可笑しな話。ここは、この手紙のせいで巻き込まれたという体でいるが一番だと、彼女は自分にそう言い聞かせた。
すると、アレンが最後にローラを目撃した空き教室が見えて来た。校舎の奥の奥にあるそこは、ロザリアがローラに教えた場所の一つだった。
そんな人気のない場所から、下品な笑い声が聞こえてくる。
嫌な予感が、ロザリアだけでなくルシアンの目の前で形を成していく。
アレンは、閉め切られた教室の扉を開けようとするが、何か細工をしたのか扉はビクとも動かなかった。
「ザイラス様、急いでここの鍵を取ってき──」
「どけ」
──ドゴッ!!!!!
アレンがそう提案するよりも先に、ザイラスは扉を力の限り蹴り付けた。大きく扉が歪む音がしたが、ザイラスは構うことなくもう一度扉を蹴る。
すると、扉は教室の中へと倒れ、中に入れるようになった。ザイラスを筆頭にロザリア達は教室内へ駆け込んだ。
そして、全員が息を呑んだ。
「やばっ……!?」
「ざ、ザイラス様……!?なんで……ッ」
「ちょ、オイ、お前ら手ェ止めろ!」
中にいたのは複数人の男子生徒だった。
彼等はいきなり現れたザイラスの顔を見て慌て始め、急いでその手を止めた。
そんな彼等は、貴族令息とは思えない程に制服を乱していた。シャツからは肌を覗かせ、ズボンのベルトを弛めたせいで下着が見え、床には脱いだであろう彼等の衣服が散らばっていていた。
そして、そんな彼等の中心には人がいた。
その人は床に横たわっていた。制服のほとんどを破かれるように脱がされ、下着も脱がされていた。晒された素肌には殴られた痕や抵抗した際にできたであろう傷が痛々しく残っている。
その中でも一際目立つのは、顔つけられた大きな痣。
左頬を腫らして、彼女は虚空を見つめていた。
「……は?」
ザイラス達の目の前で凄惨な姿になっていたのは───
「……………………ロー、ラ?」
──虚ろな目をしたローラだった。




