第44話:監視
「それにしても、どうしてわざわざ窓から飛び降りたんだ?あの時、お母様は扉を開けるつもりだったのに」
急いで支度した後、カンナとレオンは馬車に揺られていた。幸い遅刻は免れたが、2人の顔にはドッと疲れが出ていた。
そんな中で、レオンは疑問に思っていた事を口にした。部屋から出る為とはいえ、些か大胆過ぎなのではないか?という意味を込めて。
するとカンナは、その疑問に素直に答えた。
「お母様にはちゃんと自覚してもらおうと思ったのよ」
「自覚?」
「ローラさんを殺したっていう自覚よ」
「ああ……確かに」
それを聞いたレオンは、エリーラの言動を思い出す。確かにあの言葉の数々は、ローラを思って出た言葉とは思えなかったし、レオンの言葉を聞いても絶対に現実を認めようとしていなかった。
「それに、もしあのまま扉を開けられても、私がお母様の意に反する事をすればまた同じ事を繰り返すに決まってるわ。だったら、自分のやっていることがどれだけ愚かで無意味なのかを実感させてやろうと思ったの。あと、自分の発言にキチンと責任を持てって意味で飛び降りたのよ」
「なるほど。確かにそれはお母様には劇薬だったな」
カンナの行動の意味を理解したレオンは、納得したように頷く。
「ただ、使用人達には、本物のローラが死んだって事は伝えてないのよね……流石にお母様のあの発言でバレたかしら」
「いや、その可能性は低い。使用人達は早朝からお母様に一室での待機命令を出されていたし、あの暴れようで駆けつけた時にはルイに『ローラに近付くな!』と叫んでいる時だったからな。最近はよく気が触れていたのもあってか、ローラが死んだという言葉は『自分の思い通りになるローラが死んだ』という意味の認識になっているらしい」
「なるほど……妄言だと思われてるわけね。使用人達から見たら、ローラは死んでないのに『悪魔が死ねば良いのよ!』なんて発言は意味不明って思われるわけね」
「ああ、何かしらの病かもとレジーナ達も頭を抱えていたよ。その内、療養目的で病院に送られるかもしれない」
「確かに。その可能性はあり得るわね」
今日のエリーラを見ているだけでも、その可能性は十分にある。それに、今後カンナが行動する上でエリーラはまたいつか邪魔をしてくるかもしれない。
「早めに選ばせましょうか。ずっと部屋で大人しくしてるか、療養で病院に行くかの二択で」
「そうだな……その方がマシかもな」
レオンは自分の母親の事を思ってか、カンナの言葉にそう返した。彼は、これ以上壊れていく母を見たくないのだろう。
「まぁ……どうせまだ錯乱してるでしょうから帰った時も警戒しないとね」
「お母様ならあれから気を失って倒れたと聞いているが……確かに警戒は必要かもしれないな。俺も見ておく」
「よろしくね」
そんなやり取りをした後、馬車の窓から学園が見えてきた。
「今日は何をするつもりなんだ?」
「情報収集ってところかしら……スカーレット嬢に会う予定だけど、今日はその前に監視の動向を探るわ。次の計画に必要になるから」
「監視に会うって、ルシアンとアレンにか!?」
「へぇ〜、もう1人の監視はアレンっていうのね」
「あっ……そうか、昨日の時点でルシアンに会って……」
「いつかボロを出してくれないかと思ったけど、ロディアス達の前では今みたいに迂闊に口を滑らせない方がいいわよ。お兄様」
「うっ……」
痛いところを突かれたという顔をするレオンを笑いながら、カンナは言葉を続ける。
「あと、今日は手紙を挟む必要ないわ。昨日の件でロディアス達は図書室に監視を置くでしょうから、暫くは手紙のやり取りはなしよ」
「わ、分かった」
カンナの切り替えの早さに驚きつつも、レオンはそう返事をするしかない。
すると御者が馬車を止め、扉を開ける。
「先に降りて、私は後からゆっくり降りるから」
「ああ。ロディアス様達にはくれぐれも気をつけろよ」
「分かってるわよ。早く行って」
カンナにそう言い残して、レオンは先に降りて行ってしまう。カンナは、ゆっくりと一つ深呼吸しキュッと手を胸の前にやる。
そして、少し怯えた表情を作って馬車から降りる。
馬車から降りると、いつもの如く周囲の視線が突き刺さる。だが、ここ数日ローラにとって大きな怪我が多かったのと、婚約者候補辞退の出来事もあって、その視線は最初の時とは変わった意味合いを持っていた。
今日はローラに何も起こらないようにと願うような視線。
あんな事があっても普通に学園に来るなんて可笑しいと変人を見るような視線。
ローラに何が起こっても、自分は無関係でいようとする視線。
(だんだん周りも分かってきた感じかな。ローラさんは傷つければ甘い蜜を出す道具ではなく、ロディアス達の逆鱗に触れかねない地雷だってことに)
良い傾向だと、カンナは内心ほくそ笑む。
ザイラスが暴れたのもあって、周りの生徒達はローラから一歩下がった場所で傍観している。
(下手に絡んで来ないなら好都合。とりあえず、今日はさっさと授業受けて放課後スカーレット嬢に会いに行こう)
そうして、カンナは足早に教室へと向かった。周りの視線に耐え切れず急いでいるローラ……に見えるように。
(…………どういうことだ?)
ローラの監視役であるアレン・クロフォードは、ローラの行動に怪訝な表情を浮かべていた。
午前の授業が終わってからのローラは、昨日の事もあってか食堂でパンをもらうとそそくさと裏庭へと向かった。そして人気のない場所を見つけると、ベンチに座って縮こまるようにパンを食べ始めた。そこまで見て、アレンは自分でも思い付くくらい予想通りの行動パターンだと思っていた。
しかし、食べ終わってベンチから立ち上がった彼女は、どういう訳かアレンのいる方向へと歩み寄って来たのだ。
まずい!と思ったアレンは隠れようとする。
だが、それよりも早くローラは彼の元へと来てしまった。
「あ、すみません……」
だが、自分が現れて通行の邪魔になったと思ったのか、ローラはそのままアレンの横を通り過ぎた。
気のせいか……?と思った彼だが、気を抜いてはいけないとローラが離れて行く前に、監視としてまたその後を追った。
そうして午後の授業が始まっても、ローラは特に変わった様子もなく過ごしていた。
少し遠くから監視していたルシアンにも、いつもと変わらない様子だと言われるくらいには彼女はいつも通りだった。一つ違うとすれば、ローラに昨日のような事が起こらないようにと、ロディアス達が生徒に指示を出していないことくらいだろう。
だが、ローラは自分が虐げられない日だとは思ってもいない。現に、今日は周囲からの視線に逃げる場面が多かった。
午後の授業が終わったら、今日はこのまま家に帰るのだろうと、アレンはそう思っていた。
だが、ローラはすぐには帰らなかった。
「スカーレット嬢……!やっとお会いできました」
授業が終わってすぐ、ローラはロザリア・スカーレットの元へ行ったのだ。
アレンは婚約者候補辞退の一件で、ローラがロザリアを頼った事を知っている。重大事項だと慌ててロディアス達に報告へ行った為、その後の動向は分かっていない。
だが、後の報告会でロザリアはこう言っていた。
「婚約者候補を辞退するのは早急だと説得しました。私の言葉が届いていると良いのですが……」
と、予想外の事態になって申し訳ないと、頭を下げていた。それ以降の接触はあまりなかったとも聞いている。
そもそもローラは以前から公爵令嬢として優秀なロザリアが苦手だったし、ロザリアもローラを毛嫌いしていた節がある。
それなのに、今彼の目の前ではローラとロザリアが普通に会話している。
(…………どういうことだ!?)
アレンはただただ首を傾げるしかない。
とりあえず様子を見ようと、アレンは2人について行く。その後ろからはルシアンが付いて来ていた。
そうしてローラとロザリアが辿り着いたのは、ローラが昼食を摂っていた人気のない裏庭だった。
ベンチに座った2人を、アレンは遠目に確認しながらルシアンにこっちへ来るように合図する。
「ルシアン、ローラ様とスカーレット嬢がああして会うのを見たことあるか?」
近くまでやって来たルシアンに、アレンはそう聞く。元々交代で監視していたのもあって、自分がどこかで見落としていて、ルシアンなら何か知っているだろうかと考えての言葉だった。
「いや……ない。私も驚いているところだ」
「そうだよな……」
「何の話をしてるかお前の魔法で聞こえるか?」
「やってみる」
アレンは、クロフォード家で唯一風系魔法を使える人間だった。そしてルシアンは、水系魔法が使える人間でもある。
魔法使いが少ないこの国で、彼等はロディアスに指名されたローラの監視兼護衛だった。といっても、護衛の役割は機能していないようなもので、監視が主になっているのだが。
アレンが魔法を発動すると、遠くにいて聞こえなかったローラとロザリアの会話が、彼等の目の前でされているかのように聞こえてきた。
「あ、あの……スカーレット嬢は、パーティーのドレスはどうされましたか?」
「私は公爵家が契約しているサロンで仕立ててもらっています」
「なるほど……」
「貴方……まさかドレスをまだ仕立てていないの?」
「い、いえ!そんなことは……っ」
「そういう大事なことはちゃんとしなさい。ロディアス様に失礼があってはならないのよ?」
「はい……」
2人の会話に、不自然なところはない。
ローラは同じ公爵令嬢ロザリアに、婚約者候補を集めたパーティーのドレスについて相談しているらしい。対してロザリアは、ロディアスのことを意識させる為か厳しい口調で対応している。
アレンとルシアンは、互いに顔を見合わせる。なかなか見ない組み合わせだと思っていたから会話を盗み聞きしたが、不自然な所はない。
「もしかしたら、スカーレット嬢なりにローラ様が候補を辞退しないよう見張っているのかもしれないな」
「ローラ様を正面から思い止まるように説得できるのも、スカーレット嬢しかいないだろうからな……」
そんなやり取りをする2人の耳に聞こえてくる彼女達の会話にも、違和感はなかった。
アレンは、魔力の消費を考えて一度魔法を解く。
「とりあえず、今は報告会まで見守ることにするか。スカーレット嬢なら、ローラ様になにかすることもないだろうし」
「そうですね」
そうして2人は、改めて彼女達を見守る事にする。
まさか、自分達の会話をローラとロザリアが聞いていたとは思いもせずに。




