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第43話:変化


「…………会えないか〜!」


 翌朝。ベッドの上で、カンナは寝ぼけ眼で悔しがった。怪我もして良い感じに運動で疲労して、ぐっすり眠っていたが、肝心のローラには会えなかった。


「一旦継続するとして……やっぱりなにか明確な条件があるのかなぁ」


 そう呟きながら、カンナはメイドを呼ぶベルを鳴らした。

 だが、いつもならすぐにやって来るはずのメイドが来ない。試しに扉の近くでもう一度鳴らしてみても、誰も姿を現さない。


「ハァ……」


 メイド達がストライキでも起こしたか?とカンナはため息を吐きながらそう思ったが、それならそれで自分で支度するまでと、カンナは寝巻きから簡易なドレスへと着替えた。

 そして、部屋から出ようと扉の取っ手に手をかける。



「……ん?」



 しかし、その扉が開かない。ローラの部屋は、内側に開くタイプの両扉だ。カンナが力強く引いても、精巧に作られた頑丈な扉は開く気配がない。


「は?閉じ込められた……?」


 なんの脈絡もなく部屋に閉じ込められたと分かったカンナは、ドンドンッ!と扉を拳で叩いた。


「誰かいないの!?出しなさいッ!」


 そう叫んで叩く。

 すると、外から微かだが音が聞こえてきた。


「誰かいるの!?いるならここを開け──」





「開けないわ」




 カンナの声にそう答えたのは、淀み切った女の声だった。


「……お母様、いったいどういうおつもりですか?」


 その声の主が分かったカンナは、お母様──エリーラにそう冷たく言い放つ。

 すると、扉の向こうから不気味な笑い声が聞こえてきた。


「ふふ、フフフッ……最初からこうしておけば良かったのよ……ッ、最初からこうすれば……!」

「…………はぁ」


 これは話にならないなと、カンナはその一言を聞いてため息が零れた。

 恐らく、エリーラは扉になにか細工をしたようだ。

 彼女は、カンナを監禁すれば事が全て上手くいくと思っているに違いない。自分の言うことを聞いてくれる従順なローラに戻ってくれると、本気でそう考えてる。


「使用人はエリーラさんが言いくるめた感じかな……厄介なことになったなぁ」

 

 朝食の時間は決まっているから、ルイかレオンが気付いてくれるだろう。だが、マトモじゃないエリーラを2人がちゃんと相手にできるのか?とカンナは頭を悩ませる。

 すると、先程とは比べものにならないような音が聞こえてきた。


「お母様!何をしているんですか!?」

「ローラ姉様を出して下さい!」


「レオンさんとルイくんの声……」


 どうやらカンナの予想よりも早く2人は駆け付けて来てくれたらしい。カンナは扉に耳をつけるようにして、外の会話を聞く。


「レオン、ルイ……今は朝食の時間でしょう?戻りなさい」

「ッ……お母様、ローラを出してあげてください」

「出す?どうして?」

「ローラ姉様が可哀想です!出してあげてください!」

「ダメよ。ローラはずっとこのままここで過ごすの」

「お母様……ッ」


「うわぁ…………」


 思ったよりも可笑しくなってるなと、カンナはエリーラの言動にドン引きする。

 ローラが死んだ事を聞かされて一番動揺していたのはエリーラだ。エリーラはサロンでの一件ではあまりの衝撃に数日寝込んでいた。そして、ローラが転落事件から目覚めた時に部屋に突撃してきてからは、暫く自室で大人しくしていた。カンナはあれだけ言えば、エリーラはもう意気消沈してこちらに絡んでくることはないだろうとそう思っていた。

 だが、それは甘かった。まさかこの短期間にここまで可笑しくなるとカンナは思ってもみなかったが、エリーラは目先の利益……欲に目が眩んだ結果なのだろうと思考を切り替える。

 まずはどうやって出るかを考えつつ、カンナは外の様子を窺う。


「レオンもルイも、あの悪魔に騙されているのよ。ローラは死んでないわ。死んでないの。だからこのままローラの中から悪魔が出て行くか、死ぬまでずーーーーっと閉じ込めておくのよ」

「お母様……!ローラは死んだんです!ローラは……俺達家族が殺したんですよ!?」

「なに言ってるの……?死んでないわよ?ローラは死んでない。私達は殺してなんかいないわ!」

「お母様ッ!どうか落ち着いて下さい!自分が何を言っているのか分かってるのですか!?」


 レオンとエリーラの言い合いに、カンナは頭が痛くなる。レオンは自覚してくれたから良いとして、やはりエリーラの言動は可笑しくなっているのがよく分かる。

 カンナは、レオンとルイの為にも早く打開策を考えようと集中する。


「どうして分かってくれないの!?ローラは悪魔に乗っ取られてしまったのよ!」

「お母様!ローラ姉様は悪魔なんてモノに乗っ取られていません!」

「黙りなさいッ!ルイ、貴方はローラに近付いてはダメよ!」

「お母様ッ!?いたッ、離して下さい!」

「お母様ッ!?ルイに何をッ」

「近付いてはダメなのよッ!ルイ!貴方は絶対にローラに近寄らないでッ、ロディアス殿下は聡い貴方がローラに近付くのをよく思われていないのッ!」

「お母様……ッ!落ち着いて下さい!」


 激しくなるエリーラの言動に、レオンとルイが振り回されている。騒ぎを聞きつけて、使用人達も来たのか扉の向こうは一気に騒がしくなって行く。

 

 そんな中で、カンナは一か八かやってみるかと叫んだ。




「お母様!そんなに私に死んで欲しいのですか?」




 ピタッと、外の声が止まった。


「ローラ……?」


 そして聞こえてきたのは、戸惑った様子のエリーラの声。カンナはすぅ……と息を吸ってから言葉を続ける。


「はい。悪魔ではなく、正真正銘お母様の娘であるローラです」

「ローラ……!戻って来てくれたのね!」


 元々ローラの身体ではあるが、カンナは今までよりも声のトーンを()()()()()()のように寄せてそう言った。

 すると、エリーラの声が大きく聞こえてきた。扉に縋り付くようにこの言葉を聞いているのだろう。

 

「はい。ですが、お母様は私に死んで欲しかったのではないのですか?」

「違うわ!貴方の中に入った悪魔が死ねばいいの!貴方ではないわ!!!!」

「本当ですか?」

「本当よ!ねぇ、ローラ!ロディアス殿下の花嫁となって幸せになりましょう!可愛い可愛い私の娘なら、私達も幸せにしてくれるわよね!」


 上機嫌に吐かれたその狂った言葉に、この場にいる全員がエリーラに冷ややかな目を向ける。カンナは、もう救いようがないと頭を抱えた。


「本当にそれが私の幸せなのですか……?」

「そうよ!貴方は選ばれた存在なの!だからね、ローラ。ロディアス殿下の元へ今すぐ行きましょう?賢い貴方なら分かってくれるわよね?」


 そこまで聞いて、カンナはチラリと背後にある窓を見た。

 

「お母様の意見はよく分かりました」

「ローラ……!分かってくれたのね!今すぐここを開けてあげるわ!」

「いいえ、お母様──








 ────このローラ・シュバリエ、お母様のお望み通りこの場で自害致します!」

 

「ローラッ!?」


 エリーラを置いて行くように、カンナはそう宣言した。そして外にも聞こえるように部屋の窓へと走った。

 そうすると、案の定エリーラがガチャガチャと扉を開けようとする音が聞こえてくる。


(だってエリーラさんの言う悪魔だし私)

 

 そう思いながら、カンナは走る勢いをそのままに窓に体当たりする。


「うっ……!?」


 バキッ!とその衝撃で窓ガラスに大きなヒビが入るが、完全には割れずに終わる。


「一発じゃさすがに割れないか……ッ!」


 ぶつかった反動でカンナは床に倒れるが、すぐさま立ち上がって駆け出す。

 普通に窓を開ければ良いと思われる行為だが、今はワザと大きな音を立ててエリーラを()()()必要があった。

 ガチャガチャガチャッ!と扉が激しく揺れる中、カンナは腕を前にクロスさせてヒビ割れが入った所へと突進した。


 

 バンッ!ガシャーーーーーンッ!!!!



 そうして2つの音が同時に鳴った。


 1つは、扉が勢いよく開く音。


 そしてもう1つは──




 ────窓ガラスが粉々に砕け散る音だった。


 

「………………ローラ?」



 エリーラが足を踏み入れた時に一瞬見えたのは、窓の外に飛び込んだローラの金髪だった。

 

 そして部屋には、ローラ(カンナ)の姿はない。


 それが何を意味するのか理解したエリーラは、一瞬で青褪めた。



「いやぁぁあああああああああああッ!!!!ローラぁあああああああああッ!!!!!」



 エリーラの悲鳴染みた絶叫が屋敷内を包み込んだ。

 だが、半狂乱になっているエリーラをそのままに、ルイとレオンは窓が割れているのを確認すると屋敷の外へと一目散に走り出した。


「ローラ……!」

「ローラ姉様……ッ!」


 どうか無事であってくれと、2人は部屋から飛び降りたカンナの元へと急いだ。










「………………あ、れ?」



 窓から飛び降りたカンナは、来ると思っていた衝撃が来ない事を疑問に思い、恐る恐る目を開いた。


「無事か?ローラ」

 

「え…………らぐ、お父様ッ!?」


 カンナの目と鼻の先程度の距離にいたのは、この家の公爵であり、ローラの父親であるラグナだった。一瞬「ラグナさん!?」と叫びそうになったカンナだが、どうにか軌道修正して「お父様」と呼んだ。


「なんで……って」


 よく見るとラグナが自分を抱えていることに気付いたカンナは、声こそ出なかったがこれでもかとその目を見開いた。


「急にお前が落ちて来たから受け止めただけだ」

「な、なるほど……」

「怪我はないか?」

「はい……」


 カンナに対してラグナは冷静に彼女を地面に下ろした。地面には割れた窓ガラスの破片が散乱していたが、カンナを下ろした場所には破片など一つもなかった。

 カンナは、さすが騎士の家系だなとそのブレない体幹や気遣いに感心しつつ、これをローラさんに発揮できてたらなぁと勿体なく思った。


「助けてくださってありがとうございます。お父様」

「気にするな。寧ろ、私の管理不足で申し訳なかった」


 怪我を覚悟して飛び降りたとはいえ、ラグナに助けてもらったことにカンナは深く頭を下げて礼を言う。

 それに対して、ラグナはこれくらい造作もないという態度だったが、エリーラの暴走を止められなかった事についてカンナに謝罪してきた。

 確かに公爵であり、エリーラの夫であるラグナにも責任はあるのだろうが、エリーラを壊したカンナにも責任はある。

 ラグナの頬には、窓ガラスの破片で少し切った痕がある。あの高さから落ちてきた人間を受け止めるのは至難の技だと、カンナは知っている。


「いいえ、今回は本当に助かりました。ありがとうございます。お父様」


 再度カンナがそう礼を言った時だった。


「ローラッ!」

「ローラ姉様!!!!」

「公爵様!ローラお嬢様!」


 レオンとルイ、クロークの3人が慌てて駆け付けて来た。


「……私は仕事に戻る」

「分かりました」


 そんな3人を迎える暇もなくラグナはそう言い残した後、クロークを連れて馬車に向かって行ってしまった。本当に急ぎの仕事だったらしい。

 偶々騒ぎを聞きつけたのか?とカンナはその急ぎ様に首を傾げつつも、レオンとルイに向き直る。


「ローラ姉様!大丈夫ですか!?」

「怪我は!?」

「大丈夫よ。お父様が助けてくれたもの」

「お父様が!?」

「お父様が……?」


 ラグナが助けてくれたと素直にそう伝えたカンナだが、レオンもルイもまさかラグナが助けてくれると思わなかったのか顔を見合わせる。


「お母様は?」

「レジーナと他の使用人達が今頃取り押さえていると思う。ここからでも微かに悲鳴が聞こえるし……」


 レオンの言う通り、カンナ達の立っている場所からでもエリーラのヒステリックな悲鳴や絶叫が聞こえてくる。


「とりあえず、ローラは急いで着替えと朝食を。このままだと遅刻する」

「ええ、急ぎましょう」


 エリーラのせいで忘れかけたが、今日は普通に学園に行く日だ。

 予想外の出来事に戸惑いはしたが、計画の為にもとカンナは思考を切り替えて急いで支度するのだった。



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