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第42話:狂気的と反抗的


「手紙がもう一つ出てきた?」

「はい。こちらです」


 ローラと別れ監視と合流したレイファスは、開口一番に聞かされた内容に驚いていた。そして監視が手渡した紙は、昨日見た筆跡と同じ手紙だった。

 

【転落事件の事を聞いたよ。怪我は大丈夫だったかい? K.K.】


 そう書かれた手紙に、レイファスはどういうことだと目を見開く。


「これは……ロディ兄様が書いた内容と全然違いますね。いつ見つかったんですか?」

「ローラ様が勉強をしている時です。最初は、ロディアス様の書かれた手紙を見つけて、嬉しそうに返事を書いていました。しかしその後、別の参考書を開いた時にその手紙が出てきたようで、ローラ様は酷く混乱されていたようです。その手紙は慌てた拍子に落としたので、運良く拾えました」

「なるほど……」


 そこまで聞いたレイファスは、再度手紙に目をやる。


「まさか、『K.K.』があの後この手紙を挟んだのか……?」


 文通ならローラの返事を待ってから次の手紙を書くはずだ。なのにこの手紙は、返事を待たずに挟まれていた。

 つまり、これは最初に挟まれていた手紙とは別に()()()挟まれた手紙ということだ。それこそ、昨日ロディアスが手紙を挟んだ後にこの手紙を挟んだ可能性が高い。

 ロディアスが成り変わって手紙を書き換えた事をどこかで知った「K.K.」が、ローラにのみ分かるよう2枚目を仕組んだ……と、レイファスはそう考える。


「とりあえず、この件をロディ兄様に報告します。ザイラスが起こした暴行の件もありますから、今日の報告会は長くなりますよ」


 そう言って、レイファスは監視と共にロディアスの待つ談話室に向かった。














「なるほど。2枚目の手紙がねぇ」

「はい。内容は1枚目と変わりませんが、私達が去った後に挟んだ可能性が高いかと」

「ふーん……」


 そんなやり取りをするロディアスとレイファスだが、談話室は荒れ果てていた。机はひっくり返り、椅子が倒れ、談話室の装飾品が幾つも壊されていた。

 その主な原因は、苛ついた様子でソファにもたれかかって座るザイラスだった。そんな彼の足元には、ルシアン・ヴィンセントと他数名の男子生徒がいた。全員、身体のいたるところに怪我を負っている。

 そしてそんな彼等から少し離れた場所に立っているのは、トーマスを初めとした教師が数名。こちらも、全員蒼白い顔で佇んでいる。


「調査班からの報告も今日は特に無かったし……図書室にも数人監視を置こうか」

「そうしましょう。ローラさんの監視だけでは足りません」


 しかしそんな異様な光景の中でも、ロディアスとレイファスは当たり前のように会話していた。


「さて……気は済みましたか?ザイラス」

「あ?こんなんで済むわけねぇだろ」


 レイファスが少し呆れ気味にそう声をかけると、ザイラスは足元にいた男子生徒の頭を蹴って立ち上がった。


「いい加減にしろ。ローラさんに怪我を負わせた生徒だけじゃなく、監視のルシアンと報告に来た生徒まで痛めつけてどうする」

「うるせぇ!コイツらが役立たずなのが悪りぃんだよ!」


 そう怒鳴ったザイラスは、ルシアンの胸倉を掴んで兄2人に顔が見えるよう持ち上げる。殴られて酷い有り様になっているルシアンの顔を見ても、ロディアスとレイファスの顔色は変わらない。


「つーか、コイツに至ってはローラに触ったんだぞッ!?許せる訳ねぇだろ!ローラにもあんなに可愛くお礼言われて調子乗りやがってッ!」

「ゔっ!?かはっ……!」


 また殴られたルシアンは、口から血を流している。しかしザイラスは構わず拳を振り上げる。



 


「でも、元々はザイラスがそう指示したせいでローラが怪我したんじゃなかったかい?」




「ッ……!」




 ピタッと、ザイラスの拳が止まる。そして、ゆっくりとロディアスの方へ顔を向ける。

 

 ロディアスは、笑みを浮かべていた。

 ザイラスに突き刺すような鋭利な視線を向けながら。


 ゴクッ……とザイラスは息を呑み、その表情から己の不利を悟る。


「ザイラス、お前の言い分だとルシアン達が悪いみたいだけど、事の発端は自分だと理解してくれるかい?この学園にいる駒は、私達が具体的に命令しないと動けないような駒ばかりなんだ。ただ転ばせると言っても、場所とやり方はもう少し工夫しないと……ね?」

「チッ……」

「八つ当たりも良いけど、そのまま目に余るような行動を続けるなら私にも考えがある。ここまで言えば、流石にお前でも理解できただろう?」

「ッ……ああ」

「……分かってくれたなら良いんだ。ザイラス、お前は駒と違って馬鹿じゃないからね」


 そう笑うロディアスに、ザイラスは視線を逸らした。


「ロディ兄様、教師達の処遇はどうしますか?」

「ああ、そうだったね」


 そんな2人を黙って見守っていたレイファスがそう言うと、ロディアスは思い出したように立ち上がった。

 そして、立ち尽くしている教師達の所まで歩み寄る。


「レイファス、この中で一番の無能は誰だい?」


 ビクッと、その言葉に教師達の肩が震えた。


「監視からの報告だと、トーマス・グレゴリオがローラさんの婚約者辞退の意識を強めた可能性があるとのことです」

「そ、それは……ッ」

「へぇ、それはいけないね」

「ッ……!」


 レイファスの言葉に反応したトーマスだが、ロディアスが目の前に来た事で言葉に詰まってしまう。


「トーマス先生は、確かグレゴリオ伯爵家でしたね。奥さんとお子さんもいるようで」

「は……はい」

「トーマス先生はご自分と家族、どちらが大事ですか?」

「………………へ?」

「聞こえませんでしたか?ご自分と家族、どちらか大事なんですか?」


 ゾッとするような悪寒がトーマスの背中を駆け巡った。目の前でニコニコしながらそう聞いてくるロディアスは、ただの世間話でもしているように振る舞っている。


 なのに、トーマスは今、自分が処刑台に立たされているように思えていた。


 身体の末端から血の気が引いていき、呼吸が上手くできない。だけども目の前のロディアスからは目を逸らすこともできず、ただただ無様に冷や汗が幾つも流れていく。


「トーマス先生、早く答えて下さい」


 ロディアスは、淡々とそう言ってくる。

 言葉すら上手く出ないトーマスに、笑っていたロディアスの目が刃物のように鋭くなった。




「どちらを()()にするのかを……ね?」

















 その夜、カンナは自室で日課となっている運動──現代で言う筋トレやエクササイズをしていた。疲労によって精神世界へ行けるかの確認と、基礎体力作りの為に。


「今日はローラさんに会えるかなぁ……」


 そうぼやきながら一通りのメニューを熟したカンナは、使用人を呼んでお風呂を済ませた。

 そして次の計画の為に、今一度内容を確認しておく。

 被害者面を意識する事は変わらないが、次の作戦ではそれを今以上に利用する。



「これが上手くいけば……アイツらが積み上げてきたローラさんからの好感度を地に落とせるはず」



 それこそ、今日はザイラスでそれを試せた。

 ローラとカンナの読み通り、彼等はローラに嫌われる、怯えられる事を嫌う。

 あの時ルシアンの首を絞めていたザイラスは、ローラの前では決して見せてはいけない姿だった。それを今日、ザイラスはローラ(カンナ)に見せて怯えさせた。

 この流れは使えると、カンナはそう考える。


 


 そして、次の計画で狙うターゲットはザイラスだ。




「他人に暴力しか振るわない男なんて、ローラさんには似合わない」


 と、そう呟きながら、カンナは眠りについた。














 


 

「ローラのこと、君はどう思う?レイファス」

「どう、とは?」


 カンナが眠りにつく頃、ロディアスは王宮の自室でレイファスにそう話しかけた。ロディアスに呼び出されていたレイファスは、急になんだ?と首を傾げる。


「最近の彼女についてさ。そうだな……転落事件があってからのローラについてと言えば良いかな」

「そうですね……特に変わった様子はありませんでしたが、強いて言うなら少し()()()になったのではいかと」

「ふふ、反抗的ねぇ……確かにそうかもしれないね」


 転落事件にあってからのローラは、ロディアスとレイファスの言うように反抗的に映っていた。

 婚約者候補を辞退する事を宣言し、ロディアス達以外の異性を慕うようになった。詳細を聞いた時の、あの恋する乙女のような顔は、彼等の神経を逆撫でした。

 教師からの圧力に対しては萎縮するどころか素直に自分を貶す言葉を受け止め、彼女は自分はやはり婚約者候補に相応しくない!とそう言ってのけた。

 そして食堂での怪我については、危険な状態だと判断したルシアンによってローラは無事だった。とはいえ、駆け付けたザイラスではなくルシアンにローラは微笑んだというではないか。それはごく普通の事ではある。だが、ザイラスが言うには、助けられた彼女が彼等に微笑むことは今まであったも、自分達の時よりも可愛らしい笑みをルシアンに向けていたらしい。ザイラスが暴れた主な理由はそこだった。

 ロディアスは、「K.K.」からの手紙を取り出す。


「いっそのこと、ローラを監禁してしまおうかな……」

「急に何を言い出すんですか。彼女が学園を卒業するまで待つのではなかったのですか?」

「そうだけど……折角孤立させて私達しか頼れない環境にしたのに、他の人間に目が向くようなら彼女を自由にする必要はないと思うんだよね。彼女の周りにいる害虫が近付けないように誰もいない場所に監禁して、私達だけに愛を囁くようにすれば良い」


 そう言ってのけたロディアスは、不気味なほどに和かだった。

 レイファスは、そんな兄に対して一つため息を吐く。


「それは賛成ですが、今は時期が時期です。するなら婚約者候補を集めたパーティーが終わってからが良いかと」

「ふふ、そうだね。ローラが選ばれるのは決定事項だし」

「婚約者に決まれば、ローラさんを王宮に連れ出せます。そうすれば、もう彼女の周りに余計な虫が来る事はありません」


 冷静なレイファスだが、その言葉にはロディアスの提案を反対するものは一つもない。ローラを監禁する事を、彼も肯定的に見ているのだ。


「図書室に監視は絶対に置くとして、ローラの監視はどうしようかな……」

「ルシアン・ヴィンセントをどうしますか?優秀とはいえ、ローラさんに顔がバレています」

「そうだね……ルシアン・ヴィンセントは遠くから彼女を見守るようにしてもらって、アレン・クロフォードはそのままいつも通りにしてもらおうかな」

「そのままで良いんですか?他にもう一人くらいいた方が……」

「今更ルシアンとアレン以外の別の人間を当てがって、ローラに気が向いたらどうするんだい?ルシアンはザイラスが躾をしたから大丈夫だけど、学園内で彼女を密かに狙う害虫は少なからずいる。監視ついでに彼女に何かするのは避けたい」

「分かりました。ルシアンとアレンにはそう伝えておきます」


 そんなやり取りをしたレイファスは、そのまま部屋を出て行く。

 ロディアスは、手に持ったままだった「K.K.」の手紙をグシャッと握り潰す。



「ああ……早く君を私達のモノにしたいよ。ローラ」



 歪な笑みを浮かべながら、彼は手紙を蝋燭の火で燃やしていくのだった。


 

 

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