第41話:よくできました
「先生ありがとうございました」
「いえいえ、今日はもう無理しないようにね。シュバリエ嬢」
「はい」
保健室を出たカンナは、保健医の先生にそう礼を言って出る。
カンナは、優しそうな先生で手当ても適切だったなと思うと同時に、前にレオンに掴まれてできた痣の手当てをしてもらった事も思い出す。あの時も、先生の処置は完璧だった。
だが、カンナはよく知っている。
(あの優しそうな先生でも過去にローラさんのこと蔑ろにしてたんだよな〜……体調不良の生徒が多いから、怪我くらい自分で処置してって言って……本当人間って怖い)
まぁ、いずれこれから起こる被害者面作戦などであの先生もいつかはお役御免になるだろうと、頭に巻かれた包帯に触れながらカンナは次の行動へ移るべく意識を切り替えた。
「失礼致します。ローラ・シュバリエ、只今戻りました」
教室に入ったローラを迎えたのは、教師とクラスメイト達の戸惑うような視線だった。
戸惑う理由は明確だ。ローラは一度誰かに怪我を負わされたら、授業が終わるまで保健室で休むか、どこかに隠れて怯えるように過ごしていた。それこそ、王子達による慰め行為が行い易いように。
しかし、今のローラはそれを無視して授業の途中で戻って来た。王子達の思惑を知っている教師やクラスメイト達が戸惑うのも無理はない。
「授業を中断させて申し訳ありません」
そう言って謝罪したカンナは、そのまま自分の席に座る。その光景をこの場にいる全員が不思議に思いながらも、授業が再開される。
そしてカンナが机から教材と筆記帳を取り出す。
(お、陰湿〜)
しかし、彼女が出したそれらは刃物のようなものでボロボロにされていた。筆記帳は水に浸されたのか湿っており、書いていた文字は殆ど滲んでしまっている。
カンナの言う通り、陰湿な嫌がらせがそこにはあった。だが、カンナは気にせず授業を聞く態勢に入った。周りがヒソヒソし始めるが、それも無視した。
(何の反応もないと気味が悪いだろうな……まぁ、今に始まった事じゃないし、そろそろ慣れろってね)
なんせカンナはこの程度のいじめなどなんともない人間なのだ。今後もこういう嫌がらせは全て無視していく予定でいる。
そうして再開された授業は、教師からターゲットにされることもなく、午前中よりもスムーズに進んでいった。
授業が終わり、カンナはクラスの誰よりも先に教室を出て行った。
そして向かったのは図書室である。
レオンに教えられた参考書を手に取り、他にも何冊か参考書を取り出すと、そのまま勉強が出来るスペースへと向かう。そして参考書を机に置き、ボロボロになっている教材と筆記帳を出して勉強をする姿勢に入る。
昼間の件のせいで周りにいる生徒がヒソヒソしている。カンナは勉強する素振りをしながら目線を周囲にやると、本棚で本を探すフリをしている茶髪の監視を見つけた。いることを確認したカンナは、ダミーで取った参考書を開いて数分ほどまた勉強する。
すると、監視がこちらをチラチラと確認し始める。監視が今一番確認したい状況は、ローラと「K.K.」の文通の様子だ。ロディアス達から、ローラがどんな風に手紙を確認し、その手紙にどんな反応をするのか含めて見るように言われているだろう。
それならばと、カンナは手紙の入っている参考書を手に取ってパラパラとページを捲った。
そして、昨日ロディアスが入れたであろう手紙を見つけると、あからさまに嬉しそうな顔をする。その後に手紙を取って内容を確認する時も、愛おしいものを見る目で読む。だって手紙の相手は「K.K.」なのだから。
【怪我は大丈夫だったかい?心配してるよ K.K.】
今この状況下のローラなら、この手紙の相手が自分の慕う「K.K.」だと信じて疑わない。
(確か、手紙の最後は「君に会いたい」にしてたはずだけど……流石に変えたか)
湿って乾いた筆記帳のページを切り取って、カンナはその手紙に返事を書く。そしてそのまま参考書に栞のように挟んだ。
そこまでして、カンナは参考書を持って元の場所に戻した。
(ここまで見せればオッケーかな。あとは……)
カンナは机に戻ると、また勉強を始めた。
そして、まだ残っている参考書を開いてワザと驚いた顔をする。
「…………2枚目?」
小さくそう呟くカンナの手には、参考書に挟まれていた別の紙切れがある。
【転落事件の事を聞いたよ。怪我は大丈夫だったかい? K.K.】
と、短く書かれたその手紙。
それに対して、カンナはまるで「もしかして近くに『K.K.』がいる?」という風に辺りをキョロキョロと見回した。
そして、こちらの違和感を感じ取った監視がこっちをチラチラと見ているのをその最中に確認すると、カンナは席から立ち上がった。
自分の荷物と、本棚から取り出した残りの参考書を急いで戻す。そしてその手紙を筆記帳に挟んで持つと、カンナは慌てて図書室を後にした。
そして、挟んでいた手紙を廊下にヒラリと落とした。
そうして暫く早歩きしていたカンナは、後ろから監視が来ていない事を確認する。
(狙い通り……拾ったかな。それにしても、レオンさんが言った通りに動いてくれて良かった。ここまで従順なら、もう試す必要はないか)
廊下を早歩きしていかにも急いでいますというフリをしながら、カンナは帰りの馬車に向かった。
「おや、ローラさん。そんなに急いでどうしたのですか?」
「っ!……レイファス様!」
しかしその直後、カンナはレイファスと遭遇してしまった。
すでにローラの仮面を被っていたカンナだが、より一層表情管理を徹底する。今日は教師陣のいじめを利用し被害者面作戦を決行したばかり、何か言われるかもしれないとカンナは警戒する。
「大丈夫ですか?顔色が悪いようですが……」
「あ……えっと……」
(まさかレイファスにここで会うとは……)
動揺してるフリをしながら、カンナは冷静に状況を見る。そんな彼女に対して、レイファスは微笑んだままだ。
「実は、午後の授業から少し体調が悪くて……」
「なるほど……昼間の怪我のせいかもしれませんね。確か、頭から血を流したと聞きました」
カンナのその返答に対して、レイファスは心配そうな顔をする。そしてローラの頭に巻かれている包帯を見て、更に悲痛な表情を浮かべる。
「血は確かに出てましたけど、今はもうなんともありません」
「……そうですか。それなら良かった」
カンナが「もう大丈夫です」という表情を貼り付けてそう返すと、レイファスは安心したように笑った。
「そう言えば、ローラさんに怪我をさせた生徒達のことについて何か聞きましたか?」
「え?な、何かあったんですか?」
「実は、注意しに行ったザイラスと揉めたようなんです」
「揉めた……!?ザイラス様は大丈夫だったんですか!?」
「大丈夫ですよ。ザイラスは強いですからね。でも、相手の生徒達は何人か怪我を負ったそうなので、暫くは療養の為に学園に来ないそうです」
「そ、そうなんですね……」
カンナは、ザイラスの無事とあの男子生徒達がもう来ないことに安心しているという表情をする。それを、レイファスは文字通り受け取ったようだ。
「あの、レイファス様……私そろそろ……」
「ああ、すみません。引き止めてしまいましたね。また明日お会いしましょう、ローラさん」
そう互いに笑いかけながら、レイファスとカンナは別れた。カンナは少しでも体調不良に見えるように振る舞いながら、馬車まで急いだ。レイファスがどこまで自分を見ているか分からないからだ。
(レイファスから教師陣への言及はなかったけど……今日の事は確実に聞いてるはず。そして、恐らくこの後監視と合流する。そこで私が落としたあの手紙を見て、ロディアス達に共有するはず……そして、昨日ロディアスが書いた内容とは違う「K.K.」の手紙に動揺して本気で「K.K.」を探しに掛かる)
そう考えながら、カンナは馬車に乗り込んだ。
(ロディアス達が「K.K.」に気を取られてる間に、学園内に混乱を起こす。いくらロディアス達に従ってる駒でも、所詮はただの駒。今日で充分に分かった。アイツらはロディアス達の命令がなければ、いつでも崩れる存在。そこを利用させてもらおう)
次の計画について整理していると、カンナの乗る馬車の扉がノックされる。
「入っていいか?ローラ」
レオンの声だ。
カンナは「どうぞ」と答えると、レオンは扉を開けて中に入ってきた。そしてレオンが御者に出すように命令すると、馬車はすぐに動き出した。
「手紙の件、上手くいったと思うわ」
「そうか。だが、なぜ俺にわざわざ2枚目の手紙を仕込むように頼んだんだ?また俺を試したのか?」
「昨日言ったでしょう?『明日もまたお願いね?』って」
「……なるほどな」
「あと、2枚目を仕込んでもらったのは撹乱させる為よ」
「撹乱……ロディアス様達が混乱するようにか」
「そう。昨日『K.K.』に成り変わったロディアスはちゃんと文章を変えて参考書に挟んでいたわ。だけど、もし別の本からも『K.K.』の手紙が出て来たら、ロディアス達は驚くはずよ。だって成り代わる前と同じ筆跡の手紙だもの。昨日ロディアス達が探したのと入れ違いに『K.K.』本人が図書室へやって来たと思うはず」
「そういう演技もして来たのか?」
「したわ。どうして2枚目があるの?どこかに本人がいるのかしら?って動揺する素振りを監視に見せて図書室を慌てて出たの。まるでローラさんが『得体の知れない現象に怯えている』ようにね」
「なるほど……」
レオンは、用意周到かつ演技にも手を抜かないカンナに感心する。
「あとはその2枚目の手紙を落とせば、監視が拾ってロディアス達に報告するはずよ。そして彼等は本格的に捜索に力を入れる。ローラ・シュバリエが恋焦がれる憎き害虫……架空の人物を消すために」
「だが、もしそれがバレたらどうするんだ……?」
「別にどうもしないわよ。加害者生徒の誰かが仕組んだ悪戯にでもするだけ。それこそローラ・シュバリエをいじめる為の悪戯ということでね」
「…………流石だな」
「ふふ、まずはウザったらしい周囲から大人しくしてもらおうと思って。現に今日も上手くいったわ。頭から血が流れたのは幸運ね」
そう微笑むカンナは、頭の包帯を撫でる。
「やはりあれはワザとか……」
「ワザとに決まってるでしょう?まぁ……あれで死んでても別に良かったけどね」
「…………」
「ふふ、変な顔」
どういう顔をすれば良いのか分からないレオンをカンナは笑う。
「ザイラスは暴れたんでしょう?レイファスから聞いたわ」
「……ああ。貴方を転ばせた男子生徒数名を裏庭に呼び出して、一方的に容赦ない暴力を振るって全治数ヶ月だ。それに、その時のザイラス様は他の生徒が怯えるくらいの剣幕だったそうだ」
「へぇ〜……やっぱり八つ当たりしたのね」
「やっぱりって、何かしたのか?」
「強いて言うなら、嫉妬させてみたってところかしら」
強かに笑うカンナに、レオンは苦笑した。
「次の作戦はスカーレット嬢に協力してもらうわ」
「どうするんだ?」
「まずは主に情報共有だけど、早ければ数日で決行するつもり」
「……そうか」
昨日のうちに計画を共有しているレオンは、その内容にまだ思うことがある。だが、自分に止める権利はないと無理矢理納得したような返事をした。
そんな彼にカンナは「そんな顔しなくていいわ」と声をかけると、ニコニコと笑ってみせた。
「私はね。何をされても別に構わないし、全然気にしないタチなの。それに、最終的に地獄を見るのは加害者だけよ」
その笑みに含まれた冷たい怒りと憎悪に、レオンはただ黙っていることしかできなかった。




