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第40話:自覚


「ルシアン・ヴィンセント……ヴィンセント公爵家の長男ですね」


 一方その頃、精神世界ではローラがカンナを見守っていた。

 

「カンナさんの考察では、王宮の従者が生徒に変装しているのではないかということでしたけど……ヴィンセント公爵家なら納得です。長男であるルシアン・ヴィンセントはあまり表に出ていませんでしたから、私でも名前を聞かない限りは思い出せませんでした。監視なら余計に目立たないよう動いていたでしょうし、カンナさんが監視を見つけてくれて良かった。私では見つけることができなかったでしょうから……」


 一人冷静に情報を整理するローラは、カンナが転ばされた所から、監視のルシアンがカンナを保健室に運ぶ様子も、ザイラスとのやり取りも全て見ていた。

 

「それに、ヴィンセント卿は魔法が使えるという事が分かったのは大きいですね。スープまみれになっていたカンナさんを道中で綺麗にしていましたし……カンナさんは使われていたことに気付いていたか分かりませんが、あの手の動きはそうとしか考えられません。という事は、もう一人もあまり目立たない公爵家か侯爵家の血筋で魔法を使える可能性が浮かんできましたね……」


 そう。カンナが寝たフリをしてルシアンに運ばれていた時、ルシアンは魔法を使っていた。髪や制服についたスープを丸ごと綺麗にしてしまう水系か風系の魔法を。


「それにしても……カンナさんは本当に凄い人です。私の意図を汲み取ってくれるのもそうですが、加害者達を陥れるあの豪胆さには見入ってしまいます。ザイラスのあの焦った顔なんて……ふふ、本当にカンナさんは最高です」


 ベッドの上で休憩しているカンナを見守りながら、ローラは上機嫌に微笑む。

 しかし、ローラはカンナがワザとルシアンに可愛らしい笑みで礼を言った時のことを思い出す。ザイラスを煽る為にやったと分かっているのだが、あの時のルシアンの顔は少し赤く染まっていた。どう見ても()()()()意味を含んでいた。


 スッ……とローラの目が鋭くなる。


「ルシアン・ヴィンセント……今回の一件で監視を外されてしまえばいいのに」


 そう呟いたローラの声に乗っているのは、憎悪ではない別のものだった。


()にそういう反応を示していたのならまだしも、カンナさんに対してそんな反応をしていたのなら……ロディアス達を使って彼をカンナさんから離れさせるべきでしょうね」


 カンナさんの魅力に気付いているのは自分だけで良い……そう考えたローラはハッと我に返った。


「……いけない。私とした事が、こんな醜い嫉妬をしてしまうなんて……」


 そう零したローラの目の前には、相変わらずローラの身体に入ったカンナがいる。ベッドの上で目を閉じている彼女を、ローラは愛おしいものを見る目で見つめる。

 この世界でたった一人のローラの救世主であり、唯一無二の理解者。明るくて優しさに満ち溢れたカンナの笑顔は、ローラの心を何度も救った。



 だからこそ、ローラはカンナという1人の少女に惹かれた。



「この気持ちを……カンナさんに打ち明けられたらどれほど良かったか」



 





 


 ローラがカンナへの気持ちを自覚したのは、ロディアス達へ怒りを覚えた後からだった。

 初めて激怒したローラに対して、カンナは変わらず協力すると言ってくれた。そしてその後も、ローラの意思を尊重するように言葉を選んでくれていた。

 そして作戦会議をしている最中、ローラはカンナにこう聞かれた。


「ローラさんの好きなタイプってありますか?」

「好きなタイプ……?」

「えーっと、簡単に言えばこういう人が好き!みたいなそんな感じのやつですかね。ロディアス達を翻弄するなら、そこから架空の好きな人を作ろうかと思って」

「なるほど……」


 そこでローラの頭に真っ先に浮かんだのは、自分みたいな人間に優しくしてくれて、自分の意思を尊重してくれる人だった。

 それをそのまま伝えると、カンナは「良いですね〜」と笑顔で答えてくれた。


「じゃあ、その人がいたとしてどんな容姿が良いですか?」

「容姿……」

「例えば髪の色は茶髪で短髪とか、目は綺麗な青色で吊り目がちとか、高身長とか……色々特徴を決めれば架空の人物でも実際にいるように思えるんじゃないかと思うんです」

「な、なるほど……じゃあ──」


 そう言われて思い付いた容姿をカンナに伝えようとした時、ローラはハッとある事に気付いて言葉が止まった。

 

 黒髪で、自分のような黄金の目を持つ人で、身長は自分と同じか少し高いくらい。

 

 それをそのまま伝えようとしたローラは、その容姿に当てはまる人が今目の前にいる事に気付いたのだ。

 それと同時に、自分みたいな人間に優しくしてくれて、自分の意思を尊重してくれる人である事にも。

 

 長い黒髪で、自分と同じような黄金の目を持った、背丈が変わらない()()──





 ──カンナが、それに全て当てはまるという事を。


 それに気付いたローラは、ブワッと顔を真っ赤にした。そして慌ててその顔を隠した。

 急に真っ赤になって顔を隠したローラにカンナは首を傾げたが、好きなタイプを想像して恥ずかしくなったのかな?と察し、可愛い〜と思いながらローラが落ち着くまで待っていた。

 しかし、ローラは初めての感情に戸惑いを隠せずにいた。彼女は、今までこんなにもドキドキしてしまう事がなかったのだ。

 初めて自傷行為をした時よりも、自殺未遂をした時よりも、ロディアス達に裏切られていたと分かった時よりも、それはとても大きいものだった。

 人は恋をすると、その相手が他の誰よりも輝いて見える。昔読んだ本に、そんな事が書かれていたのをローラは思い出す。その時は、自分を助けてくれるロディアス達がそうなのかと思っていた。

 

 でも違った。

 

 そもそもローラは、まだ“恋”をしていなかったのだ。


 相手のことを考えるだけで胸が締め付けられて、傲慢にもずっと自分を見て欲しいと思ってしまう、そんな存在に出会えていなかったのだ。


 

 相手は、別の世界から来た異性ではない同性の少女。


 

 ローラは今、その少女──カンナに恋をしていたのだ。



「ローラさん?」



 心配そうにローラを見つめるカンナの眼差しに、ローラはまた顔を赤くする。

 ローラの目の前にいるカンナは、やはりどこの誰よりも輝いている。


「だ、大丈夫です……!えっと、特徴は黒髪で、黄金の目……とかどうでしょう?」

「いいですね!カッコいい!名前はどうしますか?決めるのも決めないのもどっちでもいいかとは思いますが……」

「それなら……一旦イニシャルでいきませんか?」

「イニシャル!確かに、それだけでもミステリアスな雰囲気出そうですね」


 カンナはまさか自分の事だと思いもしないまま、架空の人物像を固めていく。


「イニシャルなら何が良いとかありますか?」

「えっと……じゃあ、K.K.でお願いします」

「『K.K.』ですか?何か元になった名前とかあったり?」

「い、一応……珍しい部類だと思うので、王子達も混乱するんじゃないかって」

「なるほど!さすがローラさん!」


 少し苦し紛れな理由付けだったが、カンナは何も疑わずに「じゃあ、ローラさんの好きな架空の人物像完成〜!」とそれを受け入れた。

 そしてカンナがそれを活かした作戦を考える中、ローラはまだ熱い顔をパタパタと手で仰いで冷ましていた。


(う〜……カンナさんの本名から取ったイニシャルなのは流石にやり過ぎだったかも……ッ)


 そう。ローラが提案した「K.K.」というイニシャルは、カンナの本名岸田(きしだ)神奈(かんな)から取ったものだったのだ。

 架空の人物とは言え、好きなタイプに嘘を吐けなかったローラはついそう提案してしまったのだ。


 そうして己の恋心を自覚した彼女だが、当のカンナにその気持ちを言えずにいた。


 自分はカンナが良い。

 だけど、カンナは異性が良いかもしれない。

 それなら、この恋心は言わないでおこう。


 そう考えていた。

 だが、精神世界でカンナを見守りながらも、ローラはカンナの周り……具体的に言えばローラの周りにいる男が恨めしく映っていた。

 ロディアスもレイファスもザイラスも、今のローラには余計に忌々しい存在にしか見えていなかった。

 そして、カンナがローラを思って加害者達を陥れる姿にこれ以上ないほどの喜びを感じていた。カンナの中で、自分は誰より優先されている。ローラはそれが嬉しかった。

 

 だが、それは今の状況に邪魔になる。


 そうして切り替えたローラは一人精神世界でカンナのことを想いながらも、加害者達への復讐に燃えていた。


「今は情報を整理しなくては……カンナさんがここへ戻って来た時、役に立てるように」


 そう呟きながら、ローラはカンナがベッドから起き上がったのを見届けるのだった。

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