第37話:そういう立場
その翌日。
学園に登校したカンナを出迎えたのは、ローラの席に置かれた一輪の花だった。
それはこの国の葬式に使われる供花。つまりはカンナでいう菊や百合などのような花だった。
クラスメイト達は立ち尽くしているローラを、クスクスと笑っている。
しかしカンナが立ち尽くしていたのは、供花をわざわざ机の上に置く性格の悪さもそうだが、これをやれと言った王子達の神経を疑いたくなるような光景にドン引きしていたからだった。
(辞退するって言っただけでここまでするか普通……?まぁ、いいけど)
しかし、その顔を決して表には出さずにカンナは席についた。花は机の端に置き、いつも通り勉強を始める。その切り替え方に、クラスメイト達のどよめきが聞こえてきたがカンナは無視した。
(婚約者候補辞退について他の生徒から聞かれると思ったけど、それもなかった。つまり……昨日の内にロディアス達が別の噂で上書きしたってとこか。となると、レオンさんから聞いたローラ・シュバリエが候補として優勢だって話が広まってる可能性が高いな)
それなら、生徒達もローラの言葉よりも王族であるロディアスの言葉に目がいく。そして、生徒達の中でローラが候補を辞退するという話は絶対にないと判断されたに違いない。だから誰も、カンナに直接聞きに来ないわけだ。
そして彼等は、王子達の指示でいつも通りローラを虐げる方向に向かっている。それこそ、辞退する気も起きないようにだ。
(でも、それは相手がなにも知らないローラさんだから通用すること…………今の私には関係ない)
そうして、授業が始まった。
授業が始まって数分。カンナは早速教師から睨まれた。
「ローラ・シュバリエ、私の授業をきちんと聞いているのかね?」
下衆な笑みを隠しもせず、ふくよかな身体をしたその男性教師の名は──トーマス・グレゴリオといった。
ローラの話では、ただただ苦手であると言うことを聞いており、有る事無い事をでっちあげては叱ってくる無能教師らしい。
「はい。ちゃんと聞いていました」
キッパリとカンナはそう答えるが、トーマスは疑うような目を向けてくる。
「本当かね?先程から、授業に集中できていない様子だが」
「本当です」
「では、立って答えてみなさい」
「はい」
その場に立ったカンナに、トーマスは意地の悪い笑みを向ける。
「では、先程話した授業内容を──」
「カーディナル王国とセルリアン王国での戦争に於いて、カーディナル王国が勝利した理由は当時の知略王と呼ばれていたリリアン・スー・マクシミリアンによる戦略と、剣王レオナルド・フォン・リストニアによる指揮。そして武王クリスチャン・ディナ・ガルルラルガの活躍があったからである」
「なッ……」
トーマスの言葉を遮るようにそう答えたカンナに、トーマスと他の生徒達も驚く。
「どこか間違えていましたか?先生」
「い、いや……合っている」
「そうですか」
これくらい日頃の勉強でどうとでもなると、カンナは少し誇らしげだった。そもそも、ローラは日頃から勤勉だった為、筆記帳……所謂、ノートの取り方も丁寧かつ分かり易かったのだ。
(まぁ、ただでさえ長い偉人の名前を覚えるのって大変だから、そこを間違えるようにワザと聞いたんだろうな〜……クラスメイトに聞いて、今出た偉人のフルネームを正確に言えるかなんて微妙だし。ってか、ガルルラルガってなに?“ル”多くね?)
と、そんな事を考える余裕があるくらいにカンナはトーマスを舐めていた。
すると、何を思ったのかトーマスは急に怪しげな笑みを浮かべる。
「だが、君の授業態度は到底見過ごせるものではない。教師や黒板以外の物に目を向けるなど……それが人の話を聞く態度かね?それにさっきの解答も、隣の生徒のを覗いて答えたんだろう?」
(急になに言ってんだコイツ?)
しかしそのあまりにも無茶苦茶な内容に、カンナは思わず呆れてしまった。
無理矢理矛先を向けてくる辺り、どう見てもレイファスに指示されているのはバレバレだと思っていたが、まさかこんなにも一から十まで言いがかりなのは流石のカンナも呆れるしかなかったのだ。
こんな馬鹿丸出しの奴が教師やってるなんて世も末……とカンナが呆れ果てているのを、トーマスは都合良く解釈したらしい。急に表情がイキイキとし出した。
「全く、これだから君はダメなのだよシュバリエくん。授業態度も悪ければ、成績も悪い。シュバリエ家の公爵令嬢として恥ずかしいとは思わないのかね?そんな状態で、ロディアス殿下の婚約者候補として他の令嬢達と競い合えるとでも?笑わせないでくれたまえ」
ペラペラとそう語り出したトーマスに、他の生徒達もクスクスと笑い出す。
(なるほど。これが教師からのいじめの流れね)
しかし、カンナは一人冷静に状況を分析し、良い気になっているトーマスにニコリと笑う。
「全く持ってその通りです……!先生!」
「……へ?」
大きな声でそう言ったカンナに、トーマスだけではなく、その場にいる全員が目を見開いた。そして全員の視線が立っている彼女へと集まる。
その視線の先で、カンナはあからさまに曇った顔をして俯いて見せた。
「先生が仰った通り、勉学の成績も悪く、公爵令嬢としての気品も風格も私にはありません……ッ、こんな私では、いつか絶対にロディアス様に多大なご迷惑をお掛けしてしまいます!今だってご迷惑ばかりかけているのに……ッ!婚約者候補だなんて、到底相応しくありませんよね……」
言葉を挟む隙を一切与えずにカンナが涙ながらにそう演技すると、トーマスの表情がみるみる青ざめていく。
(いつもこうやってローラさんを貶めてたみたいだけど、今の状況で婚約者候補の話を持ち出すのは悪手でしょ。こっちが黙って落ち込むとでも思ってたのか?利用するに決まってるだろ馬鹿が)
ここぞとばかりにトーマスを馬鹿と心の中で罵倒しながら、カンナは言葉を続ける。
「ねぇ、皆さんもそう思いますよね?トーマス先生の言う通り、私はロディアス様の婚約者候補から外れるべきだって!」
その一言で、カンナはローラを見て笑うだけのクラスメイトを巻き込んだ。
「そ、それは……」
王子達の駒である彼等は、ローラの言葉に同調する事はできない。なぜなら、貶したり嘲笑したりするつもりだった彼等にとって、この状況は誤算だからだ。
トーマスがローラを貶め、クラスメイト全員がローラを嘲笑するのがいつもの流れ。
今回だって、トーマスに貶されたローラが泣いたり恥ずかしい思いをして落ち込んだ瞬間に、彼等は指を差して笑う準備をしていたのだ。
それなのに今──ローラは素直に自分の非を認めてしまった。
自分がいかにロディアスに相応しくないのかを思い知ったようなその言動に、この場の全員が動揺するしかなかったのだ。
「クラスメイトである皆さんが、一番よく分かっているはずです。私のような立場の弱い死にたがり令嬢は、ロディアス様に相応しくないと……」
しかし、動揺する彼等を嘲笑うように、カンナは悲痛な表情を浮かべながら話を続けていく。
「今日だけでも何人か仰っていましたよね?『辞退しようがしまいが、お前のような公爵令嬢がロディアス様に選ばれるわけがない』って」
「…………え?ちょ、誰そんなこと言ったの!?」
「知らねぇよ……ッ」
「『貴方は婚約者候補に相応しくない。私にその権利を譲れ』とも言われました」
「ねぇ、誰よ!?今の状況で普通言わないでしょ!?」
「私じゃないわよッ」
カンナが何か言う度に、クラスメイト達は小さく反応しては大きく焦り出す。
昨日の時点で、ローラには婚約者候補を辞退する気持ちがあることを生徒達は皆知っている。新しい噂で上書きされたのは、単純に駒が多かっただけだ。
そして、恐らく今彼等に下されている命令は、「ローラが候補を辞退する気も起きないくらいに痛めつけて貶める」ということ。
ただそれだけの命令に対して、もしローラの辞退を促すような事を言えばどうなるか……それが分からない彼等ではなかったのだ。
ちなみに、今彼女が言われたという言葉は、全てそれっぽく作った捏造である。
「皆さんの反応を見るに、やはり私は候補を辞退すべきですね」
「なっ!?」
「ッ!?」
そこでローラが勘違いしてそう言えば、この場にいる全員の顔色が一斉に変わる。
「ま、待ちたまえシュバリエくん!今のはそういうつもりでは……」
「いいえ先生。私はもう決めました。やはり辞退するしかないと……」
「ちが、違うんだッ!私はそういうつもりで言った訳では……っ!」
焦るトーマスに対して、カンナの顔は「自分の不甲斐なさを改めて痛感しました。感謝します」という言葉が滲み出るくらいの笑顔だった。
「改めてロディアス様にご相談しに行こうかと思います。先生のおかげです!本当にありがとうございます!」
「あ…………ああ……っ」
邪気のない笑顔でそう礼を言われ、トーマスはかける言葉を失った。それを見ていたクラスメイトは、互いに目を見合わせてこの状況をどうするべきか考えているようだった。
だが、ここで「考え直せ」なんて言っても、普段はローラをいじめる側の彼等にとって、その言動はあまりにも掛け離れてしまっている。
不自然な言動をすればローラに怪しまれてしまう。
しかし、ローラの辞退を止めなくてはロディアスからの罰がある。そんな板挟みの状態で、授業終了のベルが鳴った。
「あ……次は移動教室ですね。トーマス先生、素晴らしい授業をありがとうございました!」
混沌とする教室内で、カンナはワザとらしくそう言うと、放心状態のトーマスと焦るクラスメイトを置いて次の教室へと向かった。
なぜなら、今の彼女は教師とクラスメイトから辞退を勧められた立場に過ぎないのだから。




