第38話:被害者意識
(突発だったけど、被害者面作戦の第一歩として上手くいったかな)
午前中の授業が無事に終わり、カンナは一人食堂へと向かっていた。
トーマスの件から、その後の授業でもカンナは教師陣からの攻撃をワザと受けては「やっぱり私はロディアス様の婚約者候補に相応しくないですよね!」という話に持って行った。中にはトーマスから言われていたのか「そんな事はない!」と否定しにかかる者もいたが、そこは常日頃から教師陣が積み上げてきたローラへの悪行を利用させてもらった。
「でも前に先生は言っていました……私のような頭の悪い生徒では、ロディアス様の迷惑になると」
「先生は仰ったじゃないですか!『このような恥晒しは学園どころかシュバリエ家にも居場所はない』と!」
「先生の言う通りにしたのに……どうして今更否定されるのですか……?」
過去を掘り返したり、涙ながらに訴えたり、純粋に疑問を持ったりと、様々な反応をすれば教師達は皆それ以上言えなかった。下手のことを言えば、ローラ本人に怪しまれてしまう……とそう考えていたのだろう。
それをカンナは上手く利用し「やはり私ではダメですよね!」という話で全て決着させた。
その間のクラスメイト達も無力でしかなかった。
いつも教師から叱られるローラを笑っていじめていた彼等が、今更「シュバリエ嬢なら大丈夫!」「問題ないよ!」なんて言えるわけがない。それにカンナがワザとらしく同意を求めて来るものだからか、全員渋々頷くしか方法がなかった。
全て、ローラとカンナの計画通りだった。
(監視の2人は同じクラスメイトじゃなかったけど、レイファスには教師達と私がどういうやり取りをしたか報告されてるはず…………昨日は2人共慌てたみたいだけど、今日は交代制で監視してる)
数歩後ろを歩いている監視に目を光らせつつ、カンナは食堂へと辿り着いた。
一瞬だけ、食堂にいた全員の視線が集まった。
(改めてこの多人数が漏れなく全員いじめっ子なの、本当にどうかしてる)
その視線に気付かないフリをして、カンナは学食のランチを頼んだ。
今日はトマトスープがメインのランチらしい。スープに合うパンと、小鉢に入れられたサラダの彩りが食欲を唆る。
(なんだかんだあったけど、学食は美味しいんだよなぁここ。さすが貴族様の通う学園なだけはある)
今日はクソ教師達にも一泡吹かせてやったしね〜と、カンナは気分良く席を探す。さっさと食べて退散しようと隅の空いている席を見つけたカンナは、その視界の端に自分を転ばせる為の足が出てきたのに気付いていた。
だが、敢えてそれを無視した。
「キャッ!?」
──ゴンッ!ガシャーンッ!!!!
食堂に大きな音が響き渡る。
男子生徒の足に躓いたカンナは、学食のランチを全身に浴びて倒れていた。
それに対して、足を引っ掛けた生徒と一緒にいた生徒達は声を上げて笑い出した。
「ヤバすぎんだろお前!派手に転ばせすぎ」
「ギャハハッ!スープめっちゃ被ってんじゃん!かわいそ〜」
「死にたがりちゃ〜ん!スープ飲めて良かったね〜!」
ギャハハッ!と下品な笑い声が食堂に響く。すると、それを周りで見ていた生徒達も、派手に転んでスープまみれになったローラをクスクスと笑い始めた。
「ってか、さっさと起き上がれよ死にたがり!スープ臭くて食欲失せるっての!」
足を引っ掛けた生徒が笑いながらそう声をかける。
だが、それに対してローラの反応は一切ない。
泣いてんのか?と男子生徒達が彼女の顔を確認すると、彼女の目はキツく閉じされており──
──その頭からは血が流れていた。
「…………へ?血……?」
一瞬溢したトマトスープかと彼は思ったが、苦痛に悶える彼女の額から流れているのは、スープとは比べ物にならないくらい艶のある赤色をしていた。
その光景に、主犯の男子生徒だけでなく一緒にいた生徒達までもが青褪め始める。
「ちょ……マジか?」
「おい、嘘だろ!?」
「これ不味いんじゃ……」
ただ転ばせて笑い者にする筈だった彼等にとって、今の状況は予想外かつ非常に最悪だった。
「ざ、ザイラス様になんて報告すんだよ……ッ」
「ば、バレる前にコイツ助けりゃ良いだろ!」
「馬鹿!助けんのはザイラス様がやるんだから俺らがやったら、死にたがり女に怪しまれるだろ!?」
「そんなこと言ってる場合かよッ!?」
慌て出した主犯生徒達と、その一部始終を見ていた周りもザワザワと騒がしくなる。
「ちょっと、あれヤバいんじゃない……?」
「血が出るわ……」
「は、早く助けるべきじゃ……これじゃあ転落事件の時と同じことに…………ッ!」
「なに言ってるの!?私達が今更助けられる訳ないじゃない!?」
「でも……!」
主人のいない駒達が、予想外の出来事に動揺している。
(本当に救いようのないクズばっか……)
その声を聞きながら、カンナはそう思っていた。
(でも、まさか血が出るくらいの怪我になるとは……!ラッキー!)
痛がる表情を忘れずに、カンナは今自分の身に起きた事を喜んでいた。
あの時、生徒の足に躓いたカンナは持っていた学食をワザと上にあげていた。そして、近くにあった座席の角に頭をぶつける様に転んで、頭を打った後に学食が自分にかかるようにしたのだ。
(食べ物粗末にしちゃったけど、そもそも足引っ掛ける奴が悪いから今だけは許して下さい食の神様!)
不可抗力だったんです!とカンナは自分の世界の食の神様に土下座する。
(でも痛いっちゃ痛いんだよな……血が出てるならそれはそうだけど)
本来は頭を打って意識不明の演技をするつもりだったのだが、運良く血が流れている今、カンナは痛みに悶えて(実際めちゃくちゃ痛い状態だが)立ち上がれないという演技に予定を変更した。
加害者しかいないこの場で、怪我を負ったローラに手を差し伸べる事ができる生徒はいない。
(というか、絶対ザイラス近くにいるだろ。さっさと来いよ……)
痺れを切らしたカンナがそう思っていた時だ。
「大丈夫ですか!?」
急にそう声を掛けて来たのは、カンナが待っていたザイラスの声ではなかった。
(は?誰……?)
驚いたカンナが目を開けると、そこには見覚えのある銀髪があった。
「シュバリエ嬢、起き上がれますか?」
「うっ……は、はい……」
(なっ、なんで監視が!?)
声の主は、ローラを監視していた銀髪の男子生徒だった。
彼はカンナを起こすと、ハンカチで血が出ている所を押さえる。
「保健室に運びます。掴まって下さい」
「は、はい……」
一旦ここは従っておくかと、カンナは彼にされるがまま姫抱きされる。
「道を開けなさい!怪我人です!」
そう声をあげながら、銀髪の男子生徒はカンナを抱えて食堂を出て行く。
(ザイラスのアホに連れて行かれるよりはマシだけど……この人絶対大丈夫じゃないだろ……)
チラリとカンナは自分を抱えて走る彼を見つめる。
(まぁ、今の私は怪我人だし大人しくしておくか……)
彼にどんな考えがあってローラに接触して来たのかは謎だが、ここは一旦怪我の手当てを優先しようと、彼女はそのまま身を委ねるのだった。




