第35話:ちゃんとできた?
「ここではない場所で話をしたいんだけど、いいよね?」
「は、はい」
レオンはロディアスの放つ仄暗い雰囲気に従い、どうした?なんだ?と騒つくクラスメイトを置いて大人しくロディアスについて行く。
だが、その道中でロディアスは一言も話さずにいた。
(この様子……やはり昼間の件が関係しているな)
ロディアスの背を追いながら、レオンはそう考える。
そうしてついて行った先にあったのは、学園の図書室だった。
「図書室……」
「今日は私達が貸し切った。さぁ、早く入ってくれ」
「は、はい!」
自分達以外には誰もいないと、暗にそう言いながら2人は図書室へと入った。
「あ、おせーよロディ兄!」
「レオンもちゃんと連れて来たんですね」
すると、その中にはすでにレイファスとザイラスの姿があった。
「レイファス様とザイラス様まで……」
「私達で貸切にしたと言っただろう?」
そう言って、ロディアスは改めてレオンに向き直る。
そして次の瞬間、その顔から感情が抜け落ちた。
「ローラが私達以外に好きな男ができたらしいんだけど、君はいったい何をしていたのかな?」
「ッ……!」
ナイフで心臓を刺すように、ロディアスはレオンにそう言い放った。レオンは、流れるようにその場に膝をついて頭を下げる。
「も、申し訳ありませんッ!まさかそのような事になっているだなんて……ッ、今すぐ調査を!」
「ああ、それは良いよ。君も把握できていないのなら仕方ないさ。すでに調査するよう他に指示してある」
「そう、ですか……」
「公爵家ではそんな素振りなかったのかい?」
「はい……特定の異性に会うことも、手紙のやり取りをする事もなかったと思いま──ぐっ!?」
レオンがそう答えようとした瞬間、いきなりザイラスが彼を蹴り飛ばした。急な事にレオンは床に倒れ込むが、ザイラスは構わずに怒鳴った。
「『思います』だぁ?テメェがちゃんと見てねぇからこんなことなってんだろうがッ!」
「ぐぅっ!?がッ!?」
「なんでローラが他の男に夢中になんだよ!あんな顔見たことねぇし!俺らにもしたことねぇんだぞ!?あんな可愛い顔!」
「うぐっ!」
容赦なくレオンを蹴りつけるザイラス。それを、ロディアスとレイファスは無言で傍観する。
今回の件はレオンの失態。つまりこれは一種の躾なのだ。
そうして暫く経つと、ザイラスはレオンの頭を踏みつけながらロディアスに目を向ける。
「で?どうするんだよロディ兄」
「ローラと『K.K.』という人物がやり取りしている手紙を探す。参考書と言っていたから、2年生の最近の授業内容を押さえておけばだいたいの検討はつく」
「ってことは、レイ兄の出番ってことか」
「その通りです。すでにいくつか選んで置きました」
そう言って、レイファスは机に積み上げた参考書に手を置いた。
レオンを足蹴にしたザイラスは、その中から一冊取り出してパラパラと捲り、ロディアスもレイファスから手渡された参考書を捲る。
その間に、レオンはボロボロになった身なりを整えて立ち上がる。
「こっちにはねぇ」
「私のにもないね」
「私もでした。ロディ兄様とザイラスはそのまま続けていて下さい。他の物も探して来ます」
参考書を捲っては投げ捨てるザイラスと、ないと分かればすぐに次の参考書に手を伸ばすロディアス。そして本棚から何冊も参考書を取り出すレイファス。
学園にいる駒にでもやらせれば良い事を3人揃ってしていることに、レオンはそれほど予想外の事が起こったのだなと察する。
ローラを虜にした相手の情報を手に入れて排除する為に、彼等は必死になっている。
(ロディアス様達のこんな姿は見たことがない……)
今まで傍で見ていたレオンですら、その余裕のなさに驚いていた。
「おい、突っ立ってねぇでテメェも探せ」
「は、はい……!」
ザイラスに睨まれたレオンは、慌てて探し始める。
他の3人の様子を横目に窺いながら、パラパラとページを捲る。
蹴られた所が痛んで仕方ないが、これもローラを救えなかった己への罰だと思って耐えた。
そうして暫く経った頃、ロディアスの持っていた参考書からフワッと紙切れが落ちた。
それを落ちる前に拾ったロディアスに、その場の全員の目が集まった。
「これだね。例の害虫からの手紙は」
見せられたその紙には、短い文でこう書いてあった。
【怪我は大丈夫だったかい?君に会いたい K.K.】
バンッ!とそれを見たザイラスが、参考書を机に叩きつける。
「本当にいやがったとはな……!」
「その手紙はどうしますか?」
「んー、とりあえず処分しようかな。でも、なかったらローラが怪しむかもしれないし、代わりに僕が書いた手紙を入れるよ」
「ロディ兄様が『K.K.』に成り代わるということですね?」
「ああ。私が上手く彼女とやり取りするよ。2人は、調査班と合流して本物を始末しておいで」
「分かりました。ザイラス、使える男子生徒を集めてください。私は先に調査班と合流します」
「了解。見つけ次第、再起不能にしてやるよ」
そんなやり取りする3人に、レオンは息を呑む。
「あ、テメェはもう帰って良いぞレオン」
「はっ、はい……」
「ロディ兄様、ローラさんに会いに行かれますか?」
「いや、さっき探したんだけど見つからなかったよ。今日は周囲からの好奇の目もあったし、先に帰る準備をしていたんだろう。会えなくて残念だよ」
「そうですか……ですが、彼女が学園内にいないのなら都合が良いです」
そう言って、レイファスはザイラスと共に図書室を出て行き、レオンもその後に続いた。
そして、適当な本のページを破って楽しそうに手紙を書き始めたロディアスを確認した後、レオンはそのまま帰りの馬車がある方に向かった。
(ここまでは予想通り……だが、いったい何を言ったんだあの人は)
その道中でレオンが思い浮かべるのは、馬車でローラから言われた内容だった。
「ロディアスの婚約者候補を辞退するって噂を広めるから、図書室にある参考書に『怪我は大丈夫だったかい?君に会いたい K.K.』と書いた紙を挟んでおいて」
馬車で耳打ちされたのはたったそれだけだ。
レオンは、婚約者候補を辞退する事に驚いていた。救世主ならばいずれそうすると分かっていても、まだ先になると思っていたからだ。
そして、参考書に紙を挟む行為が何を意味するかもよく分かっていなかった。それを聞こうにも、彼女はただ「お願いしますね」と言うだけで行ってしまったからだ。
とりあえず、紙切れに言われた通りの内容を書いて適当な参考書に挟もうと思ったのだが、ここでレオンは気付く。
紙に書く予定の「怪我は大丈夫だったかい?君に会いたい K.K.」の君とは誰なのか?と。
そうして授業中に考えた結果、「君」はローラを指しているのではないかと思い至った。つまりこれは、ローラへ当てた手紙であり、「K.K.」はその差出人のイニシャル。
レオンは、とりあえず隣の席に座っている生徒の筆跡を真似て言われた内容を書き、それを持って図書室へと向かった。
そして、ローラが直近で使用していても問題ない参考書にそれを挟んだ。
それが、カンナが表で混乱を招いていた裏で起きていた出来事だったのだ。
公爵家の馬車に辿り着いたレオンは、ホッと息を吐きながら乗り込む。
その時だった。
「ちゃんとできた?」
ハッとその声に彼が顔を上げると、そこには優雅に足を組んで席に座るローラがいた。
その顔は、わざわざレオンに聞かなくても全て分かっているような笑みを浮かべている。
「……ご覧の通りだ。ザイラス様から罰を受けた」
「そう。帰ったら手当てしないとね」
そんな短いやり取りの後、レオンを乗せて馬車が走り出した。
「それで?ロディアス様達はどうだった?」
「……今まで見たことがないくらい焦っていた。参考書から俺の書いた紙切れを見つけた時のあの目……獲物を見つけた獣のようだったよ」
「筆跡は変えた?」
「ああ。隣の奴のを参考にした」
「へぇ、やるわね。お兄様に頼んで正解だったわ」
「そこに辿り着くまでに随分と頭を使ったがな」
レオンの頭脳は貴族でも凡人並みだ。
今日だって、救世主の考えを読み解くのにも、時間を要した。
「一応聞いておきたいんだが……試したのか?俺を」
「寧ろ、試さなきゃこの先やっていけないでしょう?」
レオンが零した疑問に、彼女は笑ってそう答える。
「なるほど。じゃあ今回は合格か?」
「ええ。よく気付いてくれたわ。明日もまたお願いね?」
可愛らしくそうお願いしてくるローラに、レオンは少し呆れながらも頷いた。
なぜなら、今のレオンに拒否権などないのだから。




