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第33話:どういうことだ


「ローラが……婚約者候補を辞退?」


 カンナがロザリアへ取引を持ち掛けていた頃、学園の王族専用部屋で、ロディアス達は優雅に紅茶を嗜んでいた。

 しかし、そこへ急に駆け込んで来た監視の報告に彼等は目を見開いた。


「どういうことだよッ!?本当にローラ言ったのか?お前らの聞き間違いじゃねぇのか!?」

「ローラ様ご本人の口から、直接お聞きしました。ロザリア・スカーレット公爵令嬢を見つけた途端、相談があると言って婚約者候補を辞退したいと……」

「なんでだよ!?どうなってんだよロディ兄!」

「落ち着けザイラス。ロディ兄様、どうしますか?」

「まずは状況を把握すべきかな」

 

 声を荒げるザイラスを宥めつつ、レイファスがロディアスにそう聞く。

 すると、ロディアスは紅茶の入ったティーカップを置き、顎に手をやりながら監視の2人へ目を向ける。


「君達、ローラがその話をしたのはどこだい?」

「食堂です」

「食堂か……だったらもう、不特定多数にはこの話を聞かれてしまっているだろうから、学園内で噂になるのも時間の問題だね」

「どうされますか?」

「人の口を塞ぐのは大変だからねぇ……いっそのこと別の噂で上書きしてしまおうかな」

「上書き……?」


 首を傾げる監視に、ロディアスはニコリと不気味に笑って見せた。


「『婚約者候補で一番優位なのはローラ・シュバリエである』っていう情報を流そう」

「は!?それ言って良いのかよ!?」

「仕方ないさ。ローラを婚約者にする為にいずれ公表する予定だったからね。それに、自分が有力候補になっているのなら、彼女も辞退するのは難しいと分かるはずだ」

「……そうですね。どんな理由があって辞退しようと思ったのかは分かりませんが、今は先手を打つ必要があります。貴方達、今の話を生徒達に広めて来てください」


 レイファスが監視にそう言うと、そのやり取りを聞いていた2人は気まずそうに顔を見合わせる。


「なんだよ、なんか文句でもあんのか?」

「いえ、その……実は、辞退する理由についても聞いていまして……」

「はぁッ!?先に言えよそれを!」

「もッ、申し訳ありません!」

「ザイラス、怒鳴るのは後でしろ。それで?彼女はなんと言ったんですか?」


 王子達の鋭い目が監視に突き刺さる。その冷えるような視線に震えながらも、彼等はなんとか言葉を紡いだ。



 


「ろ、ローラ様は……他に好きな殿方ができたと、言っておりました」





 

────ガシャンッ!!!!



 テーブルが激しく揺れ、置いてあったティーセットが紅茶を撒き散らして床に散乱する。

 

「オイ……今の本当か?」


 それは、ザイラスが勢い良くテーブルを蹴り飛ばしたせいだった。

 そして彼はズカズカと大股で監視に歩み寄ると、容赦なく胸ぐらを掴み上げる。


「ぐっ……ざ、ザイラス様ッ!」

「本当かって聞いてんだろうが、さっさと答えろ!」

「ほ、本当です!ローラ様が本当にそう仰っていたんです!」

「チッ……」


 荒々しく手を離したザイラスは、兄2人に目を向ける。息を荒くしているザイラスと違って、ロディアスもレイファスも表情は崩れていない。

 

 だが、その目は黒く濁っていた。


「ロディ兄、レイ兄……どうする?」

「どうするも何も、調べるだけですよ。その()()()殿()()とやらを」

「そうだね。レイファスの言う通りだ。それに……ローラにも詳しく聞く必要がある。いったい、いつ、どこで、そんな男に出会ったのかをね」


 冷酷な目をするレイファスと、歪に笑うロディアス。

 そんな2人を見たザイラスも、同じような顔をする。


「ローラの周りには絶対に男を近寄らせないようにしていたのに……ッ」

「監視だっていました。彼等の目を掻い潜って会うなんて無理ですよ」

「いや……例外もある。例えば、夕方の“報告会”……そこでは監視の2人も参加するから必然的にローラから離れ、帰りの馬車に乗るまでの間はレオンをはじめとしたシュバリエ家の人間に引き継がれる。もし、その引き継がれる間に会っていたとしたら……」

「可能性としてはあり得ますね。他生徒にも、その瞬間を目撃していないか聞いてみましょう」

「レオンも呼び出すべきだ。アイツも何か知ってるかもしれねぇ」

「そうだね。情報は多い方がいい」


 そんなやり取りをしたロディアス達は、監視を置いて談話室を出る。


 

「まずは……本人に直接確認してみようか」



 








「ローラ!」

「あ、ロディアス様!お久しぶりです」

「久しぶり。元気そうでよかったよ」


 そうして学園内にいるローラを探し出したロディアス達は、庭のベンチにいた彼女の名前をいつも通り呼んだ。


「レイファス様とザイラス様もご一緒だったんですね。お久しぶりです」

「ああ、今日は仕事があってなかなか表に出られなくてな」

「ローラさん、体調は如何ですか?」

「問題ありません。ありがとうございます」

 

 ニコニコと警戒心のない笑顔を向ける彼女に、ロディアス達は特に変わった様子がない事を疑問に思う。監視の報告では、先程彼女は婚約者候補を辞退すると宣言している。


「レイファス様とザイラス様には色々と助けていただいたと兄から聞きました!本当にありがとうございました」


 それなのに今彼等の目の前にいるローラは、そんな事などなかったように転落事件のお礼を言う。これには少し困惑する彼等だが、今は情報を得るのが先、思考を切り替えた彼等はいつも通りの笑みを貼り付ける。


「ローラ、さっき他の生徒から聞いたんだけど……私の婚約者候補を辞退したいって、本当?」


 ローラにロディアスが近付き、彼女の手を取りながらそう聞く。残りの2人は緊張した面持ちでその答えを待った。

 

「あ……はい。そうなんです」


 気まずそうに視線を逸らしたローラに、ロディアスは表情が崩れないように堪える。

 

「理由を聞いても良いかな?」

「えっと……」


 言いにくそうな彼女を、彼等はなるべく待つ。

 無理矢理聞き出したい気持ちはあれど、それをすれば今まで積み上げてきたローラからの好感度が崩れる可能性があるからだ。

 すると、ローラはロディアスの手から自分の手をゆっくり抜き、胸元に当てる。



「じ、実は……好きな方ができまして……」


 

 はにかむような笑みを浮かべるローラに、ロディアス達は一瞬だけ目を見開いた。

 本当だった。ローラに好きな男ができたというのは。


「へぇ……それってどんな人なの?」


 私達よりも良い男なんて君にはいないはずだけど、という言葉を飲み込んでロディアスがそう聞く。すると、ローラはこれまた恥ずかしそうに顔を赤らめる。


「とても、お優しい人です……私の事を前から気にかけてくださっていたみたいで……」

「前から?」

「は、はい。なんでも、私がいつも周りから虐められているのを見て心配だったみたいでして」

「会ったことあるの?」

「えっ……えぇっと……」


 また顔の赤くなるローラに、ロディアス達は苛立つ。

 ローラが恥ずかしがる顔なら何度も見てきた。なのに、今彼等の目の前にいるローラは、紛れもなく異性に恋をしている乙女そのもの。


 彼等に初めて見せる顔だ。


 見ず知らずの誰かにそんな顔をするローラに対して、彼等の目に苛立ちが滲む。

 

「ま、まだ直接会った事はないんです」

「会った事がない……?じゃあ、どうやってその方とやり取りを?」

「周りの目もありますから、主に文通で……」

「文通……!?」


 ローラの口から出た「文通」というワードにザイラスは驚く。

 たかが文通相手に自分達は負けたのか?と、仄暗い目をしながらレイファスは聞く。


「誰が相手か分かっているんですか?名前は?」

「実は、本当の名前も聞いていないんです。やり取りでは、お互いイニシャルで名前を書いていて……」

「イニシャル……?」

「はい。私は『L.S.』と書いて、相手は『K.K.』といつも書いています」

「『K.K.』……」


 ロディアスは、この学園で数人は当てはまりそうなイニシャルだなと思う。ほとんどの生徒が彼等の駒になっている中で、逆らいそうな者がいただろうかと彼は頭を巡らせる。


「文通はどうやってしているんだい?」

「えっと……図書室の本を介してです」

「本を介して?どうしてそんなやり方を?」

「実は、最初は私が偶然その手紙を見つけたんです。その時使った参考書に挟んであって、そこに『大丈夫ですか?』とだけあって……」

「それに返信を?」

「はい……その時は、授業で失敗した日だったので気分が落ち込んでいて……今思えば私宛に書いたものではなかったかもと思うんですが『ありがとうございます』とだけ書いて本に挟みました。それから、いつの間にか短い文章でのやり取りを……」

「……なるほど」


 それなら監視もそこまでは見ていなかっただろう。

 本を介して文通が行われていたなど、予想できていても防げない。どのタイミングに入れたのかは本人達にしか分からないのならば尚更だ。

 

「外見の特徴とか聞いてないのか?見ず知らずの相手との文通なんて怖いだろ普通」


 ならばと、ザイラスは相手を探る為にそう尋ねた。するとローラは、すんなりと答えた。

 

「前に一度聞いています。黒い髪で私と似た黄金の目を持った方だと」

「黒髪……?」


 ローラの言葉を聞いたザイラスだけでなく、他の2人も困惑する。

 この学園で黒髪は非常に珍しい。王国内で見てもあまりいないだろう。

 しかもそれに加えて黄金の瞳である。ローラを初めとしたシュバリエ家の者ならば遺伝としてあり得るが、そもそも黄金とまで言われる瞳を持つ者もこの国には少ない。

 いたとしても他国の人間の可能性がある。

 さすがに嘘なのでは?と彼等は思うが、当のローラは信じきっているようで、とてもそう言える雰囲気ではない。


「彼はこの学園にいるのかい?」

「はい、いると思います。まだ直接会えた事はありませんが……」

「そう」


 図書室にわざわざ忍び込むような部外者はいないだろう。ならばローラの言う通り、謎の文通相手は学園内にいる。

 黒髪で黄金の瞳を持った『K.K.』というイニシャルを持った人物。


「ローラ、君はどうしても私の婚約者候補を辞退したいかい?」

「……はい」

「……余程、その彼が好きなんだね」

「はい……も、申し訳ありません!ロディアス様にはいつも優しくしていただいたのに……!」


 申し訳なさそうに謝るローラだが、辞退する意思は変わらないらしい。その事にロディアスは内心苛立ちながら、彼女にニコリと貼り付けた笑みを向ける。


「私は大丈夫だよ。君とその彼が上手くいくことを願ってる」

「ッ!それじゃあ……!」

「でも、婚約者候補に関しては辞退するのは難しいと思うんだ。候補者を集めてのパーティーの予定もあるし……今から取り消すのは周囲の人間に多大な迷惑をかける事になる」

「あ……」

「分かるだろう?今すぐ辞退するのはやめておいた方がいいんだ。これは、ローラの為に言っているんだよ?」


 だからそれ以上バカな事を言わないでくれ、と声には出さずにロディアスはローラへ圧をかけた。人に迷惑をかける事になるぞと脅すように。

 すると案の定、ローラの顔に怯えが現れた。誰かに迷惑をかけると、自分がどんな目に合うかを彼女はよく知っている。知っているからこそ、その恐怖に怯え、従順になる。


「わっ、わかり……ました……」


 その返答にロディアスはほくそ笑む。

 これで暫くは辞退したいとは言い出さないだろうと、後ろで見ていたレイファスは思う。


 すると、そこで午後の授業へ向けてのベルが鳴った。


「それじゃあ、私達は行くよ。また後で会おう、ローラ」

「は、はい……」


 そうして大人しくなったローラをそのままに、彼等はその場から早々に立ち去った。

 

 全ては、彼女の文通相手を早急に排除する為に。

 

 


 

 









 だが、彼等は知らない。

 

 その場に残したローラが、ニヤリと愉しげな笑みを浮かべていたことに。

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