第32話:バレたくないでしょう?
「…………え?」
え!?そこまで言うのか!?と、予測していなかった返答にカンナは動揺が顔に出そうになったのをなんとか堪えた。
その理由はシンプルだ。
ロディアス達は、ローラにまだ「愛している」と言っていない。
恐らく、完全に彼等の手中に堕ちた瞬間にでも言うつもりなのだろう。
傷付いたローラの偽りの救いとなり、彼女が自分達に依存した矢先に「愛してる」なんてお決まりの台詞を言えば、ローラは何も疑わずに彼等の愛に応える。だから、そのタイミングはロディアス達が決める事だ。
なのにロザリアは今、ローラを目の前にしてそれを口にした。
(いくらなんでも、それは自分の首を絞める行為じゃないのか……?)
そう思ったが、今は何も知らないローラとして対応するしかない。
「あっ、愛されているって……私が?」
「ッ……そうよ!ずっとそうだったでしょう!?」
「で、でも、そんなのあり得ないです……!ロディアス様はお優しい方だから私の事を気にかけてくれているだけで、愛されているなんてそんなこと……」
「貴方ねぇ……ッ、普通この国の王子が自殺衝動のある令嬢を気にかける事なんてありえないのよ!?なんでそれが分からないの……ッ!」
まるでお前がおかしいとでも言うような言い方に、カンナは確かにそうかもしれないが、幼い頃からずっと王子達に苦しめられてきたローラがそこまで考えられる訳がないだろとも思った。
普通に優しく接されていたのなら、ローラでも「もしかして……?」と考えていたと思う。だが、現実は劣悪な環境下で意図的に傷つけられ、打算的な優しさで接されていた。周りから「早く死ねばいいのに」なんて言われる環境で、これ見よがしに王子様に優しくされたって「王子様に迷惑をかけてしまっている」としか思えない。
「自分はこの世界にいらないんだ」としか考えられない状況で、王子様に愛されているなんて考える暇などない。そんな馬鹿げた話があるわけないのだ。
「貴方はロディアス様に愛されているから、その婚約者としてもう決定しているのッ!いい加減分かりなさいよ!」
ロザリアは、加害者側のくせにそれが分かっていない。
「分かるわけないじゃないですか。ずっと虐げられてきたんだから」
「ッ!」
そう冷たく言い放ったカンナは鋭くロザリアを睨みつけた。その刺さるような眼光に、ロザリアは目を見開いて固まった。
「そもそも、嫌われ者の私にそんな暇がない事くらい分かりませんか?」
「なっ……」
「何がそんなに気に入らないのか知りませんけど、私は絶対に辞退します」
「だ、だから!それはできないと言っているでしょう!?」
「どうしてです?私が辞退した方がスカーレット嬢は都合が良いのでは?」
「は……」
「さっきから顔に出ていますよ。『婚約者候補を辞退しなさい』って」
「ッ!?」
カンナの指摘に、ロザリアは慌てて顔に手をやる。
「そんなに慌てなくても、もう遅いですよ」
「な、なんなの貴方……ッ」
急に雰囲気の変わったローラに、ロザリアは一歩後ずさる。
しかし、その空いた距離を一瞬で詰めたカンナは真正面からロザリアを見上げる。
「スカーレット嬢……ロディアス様が私の事を愛しているという事や、婚約者としてすでに決定している事を私にお伝えして本当に大丈夫なんですか?」
「そ、それは……」
「その様子だと、これはまだバラしてはいけなかった話なのでしょう?」
カンナがそう言うと、ロザリアの顔色がまた真っ青になっていく。
動揺して婚約者候補の辞退を止めようとしたのと、ローラへの嫉妬により、彼女は加害者側の秘密を何も知らないローラへ暴露してしまった。
本来はローラにバレないように進める事だっただろうに、ロザリアは今それを自らの口で言ってしまったのだ。
つまり、これはロディアス達に対する裏切り行為。
ロザリアは、その事を今更思い出したらしい。
「シュバリエ嬢……今の話は……ッ!」
忘れて欲しいと頼むつもりのロザリアの口に、カンナは黙らせるように人差し指を添えた。
「取引をしませんか?スカーレット嬢」
「…………え?」
そして間髪入れずにカンナはそう言った。それを聞いたロザリアの目が大きく見開かれる。
「よく聞いて下さい、スカーレット嬢。私にはもう心に決めた方がいる。例え婚約者に決まっていたとしても、私はその方と添い遂げたい。対して貴方は、ロディアス様との婚約を望んでおり、候補者の一人である私には辞退して欲しい。つまり、私達は今利害が一致しているんです」
「しゅ、シュバリエ嬢……?」
「もしスカーレット嬢が私に協力して下さるなら、先程聞いた内容について、私はロディアス様には何も聞かされていない、知らないという態度を取ります」
「ッ!」
ロザリアが何か言う前に、カンナが言葉で追撃していくと彼女の瞳が揺れ始める。
「ロディアス様にバレてしまうのは困りますよね?」
「え、ええ……」
「ロディアス様に嫌われてしまうのは嫌ですよね?」
「ッ……」
「それなら、どうか私に協力して下さい。私もスカーレット嬢がロディアス様の婚約者になれるよう協力します」
ロザリアの手を取って、カンナは真っ直ぐに彼女を見つめる。
この状況で頼れるのはローラしかいないだろと、そんな圧を掛けながら──
「さぁ……どうするのですか?スカーレット嬢」
──その黄金の瞳を細めるのだった。




