第31話:波乱の幕開け
「…………は?」
ローラの言った言葉に、しん……と食堂内が静寂に包まれた。ロザリアもザワついていた生徒達も、口を開けたまま固まってしまっている。
だが、カンナは気にせず言葉を続けた。
「お父様にも打診したのですが、なかなか辞退させてもらえなくて……それで、スカーレット嬢なら何か方法が分かるのではないかと思いまして」
周りの反応にも気付いていないフリをして、カンナはどうかお願いしますと言う顔をする。
「あ、貴方……正気なの?ロディアス様の婚約者候補を辞退するだなんて……」
「正気もなにも、私は死にたがり令嬢と呼ばれるくらい評判の悪い人間です……そんな令嬢が、婚約者候補に選ばれること自体がおかしな話ではないですか」
「だからってッ!」
「スカーレット嬢もそう思いますよね?だって、私はスカーレット嬢のように実力も魔法の才能もありませんし……いつも周りに迷惑をかけてばかりな無能な公爵令嬢ですもの。自分の身の程は弁えています」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!こんな所でする話ではないわ!」
話すのをやめないカンナに、ロザリアは慌ててその腕を掴んで「こっちに来なさい!」と食堂から連れ出した。カンナはされるがままになりつつ、チラリと視線を動かす。
こちらに注目していた生徒達の中で、急いでどこかへ向かう男子生徒が2人。
(狙い通り報告に行ったな……ローラ・シュバリエが婚約者候補を辞退するなんて、ロディアス達からすれば想像できない行動……監視が慌てて報告に行くのも仕方ない。うん、いい感じに動いてくれた)
上手くいったことを確認しつつ、カンナはロザリアに目を向ける。
(監視がいなくなった今がチャンスだな)
そう思いながらロザリアについて行くと、彼女はカンナを人気のない裏庭まで連れて来たようだった。流石に空き教室らしきものには連れ込めなかったか……と思いつつ、カンナはローラの顔に切り替えた。
「あ、あのスカーレット嬢……」
「貴方、いったい何を考えているの!?」
開口一番、ロザリアはカンナへそう言い放った。まるで信じられないという声量に、そりゃあそうなるかと思いつつカンナはオドオドしながら答えた。
「な、なにって……」
「あんな場所で、婚約者候補を辞退するなんて言ったらどうなるか分からなかったの!?」
「どうなるって……別に誰も気にしないんじゃ」
「貴方ねぇ……ッ、自分の立場を分かってるの!?」
「立場って……」
ワザと惚け続けると、ロザリアはどんどんヒートアップしていった。
(よしよし、そのまま……)
その様子を観察しながら、カンナはローラとして応じていく。
「わ、私は自分の評価を考えて発言したつもりです!」
「だから!それが分かっていないと言っているのよ!」
「分かっていないって……ッ、何が分かっていないと言うのですか!」
「婚約者候補に選ばれることがどれ程のものか分からないの!?名誉ある事なのよ!」
「で、でも!私はもう心に決めた方もいます!」
「そんなの認められないわ!」
「そんな……ッ!どうしてですか!」
カンナは、ロザリアに負けないように言い返していく。
そして、その目に涙を堪える演技をしながらロザリアに叫んだ。
「私のような人間が婚約者候補なんて無理です!だから、他に相応しい方を探したんです!だったら、ロディアス様の婚約者候補から外れるべきではないですか!」
「外れられる訳ないでしょう!貴方は王家に嫁ぐことがすでに決まっているのよ!?」
「え?」
「それが分かって……あっ」
サッとロザリアは自分の口を塞いだ。
(……かかった)
カンナは、それを待っていたのだ。
ロザリア・スカーレットは、ロディアスを慕っている令嬢の1人。そんな令嬢達の中でも聡明で実力のある彼女が、ロディアス達のローラへの執着を知らないなんてどうしても思えなかったのだ。
「スカーレット嬢、今のはどういう事ですか……?」
「えっと……」
「答えてください!私が王家に嫁ぐことが決まっているなんて……私にはそんな価値ないのに、どうして?」
ロザリアに縋るようにそう訴えると、彼女の顔色がどんどん悪くなっていく。
(ローラさんが言ってた通りになったな……)
カンナは、ローラとして目覚めるまでの3日間の内に、ローラと様々な事を話した。
その中で、彼女はロザリアの事をローラに尋ねた。すると、彼女はまず今までロザリアから言われた言葉を教えてくれた。
誰も貴方に期待していない。
同じ公爵家として恥ずかしい。
自分と同じ立場だと思うな。
などなど、そういった事をいつも言われていたらしい。直接手を出されたことはなく、辛辣な言葉ばかり言われていたと。
そしてローラはこう言っていた。
「スカーレット嬢は私がロディアスに会った後に出会うと、決まって機嫌が悪くなっていました。普段の数倍は侮蔑の目を向けてきて、侮辱するような言葉を言ってきます。それが毎回起こっていましたから……恐らく、いつどこで私がロディアスと会っているのかを把握していたんでしょう。つまり、スカーレット嬢はロディアスが私に会いに来るタイミング……慰めに来る瞬間をよーく知っていたんだと思います」
と、カンナに怖い笑みを浮かべたまま言ったのだ。
ローラの怒りの炎は、自分を陥れたロディアス達とその他の加害者全てを燃やし尽くす為に燃えていた。
「要するに、スカーレット嬢はロディアスの事を慕っているのに、彼から相手にされるどころか『自分の為にローラを虐めてくれ』と頼まれていたのではないかと思います。ああ、もしかしたら『上手くできたら褒美をあげる』と言われたのかもしれませんね。それなら、私を間接的に陥れてロディアスの婚約者となることも可能だと考えて、その願いを聞き入れるでしょうから」
饒舌に語るローラは、加害者達の言うような「大人しくて従順な死にたがり女」のような姿には見えなかった。
「だから彼女はその命令に従った。私とロディアスが会うだけで嫉妬に駆られ、私にキツく当たってきた。手を出す事をしなかったのは公爵令嬢としてのプライドでしょう。まぁ、あの頃のローラなら言葉だけでも充分効果があると思われていたのでしょうが……スカーレット嬢が彼等の駒の一つであるのは変わりません」
そう考察したローラは、ニコリと楽しそうに笑った。
「だから、私達はまずスカーレット嬢を利用しましょう。彼女が動揺する事を言えば、どこかで必ずボロが出るでしょうから」
それに頷いたカンナは、ローラの事は絶対に怒らせてはいけないなと再度胸に刻んだ。
現に、ロディアスの婚約者候補を辞退すると公衆の面前で言ったことに、ロザリアは大きく動揺していた。
だが、目の前で彼女を観察したカンナには、その動揺の中に隠しようもない“喜び”があったことを見逃さなかった。
つまりロザリアは今、ローラが婚約者候補を辞退する事に賛同したいが、慕っているロディアスの命令には背けないからと、表では辞退してはいけないと説得している状態になっているわけだ。
そこに追い討ちをかけるように言い争えば、あとはロザリアがボロを出すのを待つだけ。
そして今、ローラの考えた作戦は面白いくらいに上手くハマってくれた。
(でも、それがまさか婚約者候補どころか、婚約者としてすでに決定してるって話になるなんてね)
それを聞かされたロザリアの心情と、ローラへの意思確認をされていなかったことを思うと、カンナは「やっぱりあの王子共はクソ!」という結論に至る。そして、ロザリアはそれを知った上で協力していたのかという事も理解する。
「スカーレット嬢!答えてください!どうして私がすでに婚約者として決まっているのですか!?」
とりあえずその理由を聞き出そうとカンナが問い詰めると、ロザリアは青ざめながらキッと睨みつけてきた。
「……ッ、貴方が!ロディアス様に愛されているからよッ!」




