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第29話:始めましょう

 カーディナ学園では、転落事件についての話で持ちきりだった。

 死にたがり令嬢のローラ・シュバリエが、3階の回廊から転落し重傷を負った事件は、生徒達にとって忘れられない出来事になっていた。


「あの怪我でよく生きてたわよね」

「神官様の治癒魔法のおかげよ。アレがなかったら大変な事になっていたわ」


「聞いたか?レイブン伯爵家が今ヤバいらしいぜ!」

「マジ?まぁ、あんなことしたんならそうなるよな」

 

「レイブン嬢ってどうなったのかしら?」

「さぁ……あの事件から全然姿を見ていませんものね」

「自宅謹慎してるらしいわよ。それで学園にも来ていないんだとか」


 そんな噂をする生徒達が後を絶えなかった。

 主犯とされるラヴェナ・レイブン伯爵令嬢とその取り巻きだけでなく、その場にいた複数人の生徒達は、処分が決まるまで自宅謹慎を受けているという話で広まっていた。

 しかし、実際は全員牢へと送られており、ロディアスによる容赦ない罰が与えられていた。

 まずレイブン伯爵家は、今回の件と王家が被せた罪によって貴族藉からの除名と取り潰しが決定した。取り巻きは取り潰しまではいかなかったが、全員が辺境へ移される事が決まった。現場にいた生徒達の家は、次はないという警告文が送られ、王家への忠誠として金銭を要求されるという様々な罰を与えられた。

 彼等の釈明には一切耳を貸さず、ロディアスはローラを慈しむ時間を確保する為にそのような罰を与えたのだった。

 

 そしてローラ・シュバリエが目覚めたという話は、転落事件から3日が経った頃に広まった。












「…………戻った」


 ローラの身体で目覚めた事を確認したカンナは、ベッドから起き上がる。


(やっぱり私しか身体に入れないのか……本当はローラさんが入って欲しかったけど仕方ない)


 カンナは呼び鈴を鳴らしてメイド達が慌てて来るのを待った。今のカンナは、転落してから3日経って目覚めたローラなのだ。やっと目が覚めましたという顔をして待つ間、カンナは精神世界でのローラを思い出していた。

 

 あれだけ怒りに燃えていたローラは「魂と身体がまだ繋がっているなら、私も入れるのでは?」と提案してきた。自ら進んで身体に入ると言ったローラを、カンナは元々本人のものだし仕返しはローラが最初にすべきだろうと、その意思を尊重して譲るつもりだった。

 しかし、ローラがいくらカンナのように身体へ意識を集中させても、ローラが元の身体へ入る事はできなかった。ローラは残念そうにしていたが、カンナはまだロディアス達への恐怖心があって戻れないのかもしれないと察し、彼女を慰めた。

 

 そうして結局カンナがローラとして目覚めた訳だ。


 ローラ(カンナ)が目覚めたことで、シュバリエ家の屋敷はカンナの予想通り慌ただしくなった。医師にいつ学園へ復帰できるかを確認すれば、あと1日は安静にしておくべきだと言われた。それならばと、カンナは誰か見舞いが来ても断るようにと伝えた。ローラが目覚めたと知れば、何食わぬ顔で王子達は飛んで来ると分かっているからだ。


「ローラ姉様、入っても宜しいでしょうか?」

「ええ、大丈夫よ」


 ベッドの上で今後の計画を考えていたカンナの元に、ルイがやって来た。失礼しますと部屋に入って来たルイは、ベッドの傍にあった椅子へ腰掛ける。


「体調はどうですか?」

「変わりないわ。神官の魔法が上手く効いたみたい」

「それならよかった」


 安心した顔になるルイに、カンナは尋ねる。


「この身体で転落事件を起こしたこと、何も聞かないの?」


 言葉で聞くのと、実際に目にするのでは印象が全く違う。ルイは構わないと言ったが、今回の件でどう感じたのかを聞く必要がある。その返答によってローラが死ぬのをやめる事はないが、念の為だ。


「……聞きません。貴方にとって、これが最善だったのなら、僕に何かを言う権利はありません。それに言いましたよね?僕は何が起こっても見届ける覚悟でいるんです。やっぱりやめてくれなんて……そんな都合の良い話で済む問題ではありませんから」

「そう……」

「僕達家族に遠慮しなくて良いです。僕は貴方に、ローラ姉様を第一に考えていただきたいので」

「……分かったわ」


 ルイのブレない覚悟に、カンナは静かに頷いて答えた。何が起こっても、ルイは黙って見届ける。それが確認できただけでも良い。カンナが優先するのはローラの意思なのだから。


「では僕はこれで失礼します。お大事になさってくださいね」

「ええ、ありが──」



「ローラッ!!!!!」



 ルイが席を立ち、部屋から出ようとしたその時だった。

 カンナの言葉を遮って、その人物は扉を勢い良く開けて入って来た。



「……お母様、入る時は静かに入ってください」



 カンナが呆れた目を向けた先にいるのは、髪を振り乱したエリーラだった。急いで来たのか、その息は荒い。すると「奥様!どうかお戻りください!」とレジーナや他のメイド達が慌てて駆け込んで来た。

 しかし、エリーラは気にせず歩き出した。


「ローラ……ああ……私の可愛いローラ……」


 周りの言葉が聞こえていないらしい。エリーラはそのままヨロヨロとベッドまでやって来た。ルイは一歩下がって様子を窺い、カンナはエリーラから視線を離さずにいた。

 そしてエリーラは、カンナの顔──ローラの頬へと手を伸ばした。


「やっと目が覚めたのね。心配したわ……」

「…………」

「可愛い可愛い私のローラ、この顔に傷がつかなくてよかった……ロディアス様達も心配していたのよ?」

「お母様……」


 頬を撫でるエリーラの目がだんだん狂気的になっていく。

 

「ああ……ローラ……落ちたなら頭を強く打ったのでしょう?なら、戻って来てくれたのよね?私の可愛いローラに──」


 

「いいえ。貴方の望むローラではありませんよ」



 しかしカンナは、縋り付いて来たエリーラの手を平気で叩き落とした。


「ローラ……?」

「レジーナ、お母様はまだ本調子ではないみたいだから寝かせてあげて」

「ローラ、ねぇ!ローラ……!こっちを見て……!」

「早く連れて行って」

「ローラぁああッ!!!!」


 狂ったようにローラの名前を呼ぶエリーラを無視して、カンナはレジーナ達に命令する。レジーナは慌ててエリーラを止め、メイドも数人がかりで彼女をカンナから引き離していく。


「離しなさい!私を誰だと思ってるの!!!!」

「奥様……ッ!」

「ローラッ!お願いよ元の優しい貴方に戻ってッ!」


 暴れるエリーラに対して、カンナは冷静だった。


「優しい私ではなく、都合の良い私に戻って欲しいのでは?」


 呆れたようにそう答えると、エリーラは目を見開いて固まった。何かを言いたげに口をパクパクさせる彼女に、カンナは追い討ちをかけるように笑った。


「お母様は、お人形のように可愛くて従順な私が大好きですものね」

「あ、ああ……ちが…………」

「ごめんなさい……お母様。私のような不出来な子供がお母様の娘として生きていて」

「ちがう……ちがうの……私はッ」

「レジーナ、お母様を早く連れて行って。私のような娘は、お母様の体調に悪影響しか与えないもの」


 縋るような目をするエリーラを、カンナは「まるで自分の素行が悪いせいでお母様がこうなってしまった」とでも言うように話す。レジーナ達使用人はカンナの存在をまだ知らない。彼女達はローラが別人のように変わったくらいにしか思っていないのだ。

 だからカンナは敢えてそういう話に持って行った。エリーラがこうしておかしくなったのも、悪いのは自分だと見せかける為に。


「ローラ…………ローラ……ッ」


 エリーラが泣きながらローラの名を叫ぶ。しかしカンナは一切それに答えない。


「ローラ………………」


 何も返さないカンナに、エリーラはガクッと膝から崩れ落ちた。レジーナは、何の反応もしなくなった彼女をメイド数人がかりでカンナの部屋から連れ出した。その間、カンナは何も言わず黙ったままだった。



「…………お母様は、まだ受け入れられていないのですね」



 ぽつりとそう零したのは、ずっと部屋の隅で黙っていたルイだった。彼は、エリーラの我を忘れたような言動に驚き、自分がローラの部屋にいる事に気付かれたらカンナが困るだろうと黙っていたのだ。先程のエリーラは、ルイとローラが同じ場所にいるだけで何をするか分からない程に狂っていた。カンナは、ルイが最善の行動をしてくれた事に感謝しつつ答えた。


「仕方ないわ。ずっと上手くいっていたのに、肝心のローラさんが死んでしまったから焦ってるんじゃない?」

「元に戻そうとしてる感じでしたね。優しい姉様に戻ってって……」

「認めれば楽になれるのに。バカな人よね」


 ローラの母親に対して遠慮なくそう言ったカンナに、ルイは苦笑いする。ルイも、先程のエリーラには思う所が多々あったのだろう。


「学園には明日復帰されるんですか?」

「ええ。怪我はもう完治しているし、早く広めたい噂もあるもの」

「噂?どんな噂ですか?」

「気になる?」

「はい。できれば教えていただきたいです」


 素直にそう答えたルイに、カンナは一瞬の迷いもなしか……と感心しつつ教えることにした。

 

「簡単に言えば『ローラ・シュバリエに好きな人ができた』っていう噂よ」

「え!?好きな人って……まさかロディアス様達の事ですか?」

「違うわよ。アイツらな訳ないでしょ」

「え……?じゃあ、いったい誰に……」

「誰でも良いのよ。ロディアス達以外の男なら誰でもね」

「ッ!?」


 誰でもという言葉に驚くルイにカンナはニヤリと笑う。


「どうもあの下衆共は、ローラさんが好きになるのは自分達だと思い込んでるようなの。だったら、それを利用してやらない手はないでしょう?」

「な、なるほど……」

「ふふっ、一度アイツらには思い知らせなきゃいけないの。回りくどい男を好きになる女なんていないってね」


 執着させる為だとか、可愛がる為だとか、そんなくだらない理由で傷付けて来る男なんてこっちからすれば迷惑以外の何者でもない。

 


「女は怒らせると怖いってことを……アイツらに叩き込んでやるわ」



 

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