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第28話:初めて


「…………」

「………………ッ」


 一方その頃、精神世界の空気は地獄と化していた。

 その原因は他でもなくロディアス達だったが、それ以上に空気が殺伐としていたのは途中から無言になったローラの存在だった。


(まずい……ローラさんが何も喋らない……)


 唯一この場にいるカンナは、ダラダラと冷や汗を流すしかなかった。

 途中までは、「きっしょ!」「ありえない……」「なんなのコイツ!」「こんな方がこの国の王子……」と2人でロディアス達の発言に野次を飛ばしていた。

 だが、流石にドン引きせざるを得ない言葉が次々に出てくるとだんだんローラの口数が少なくなっていった。カンナは変わらず彼等を非難していたが、「レオンさんがなんか庇ってる!?え、なんで!?どうした!?」とレオンがロディアスに嘘を吐いた場面に対して困惑した頃には、ローラはもう何も喋らなくなっていた。


 どうしたものか……とカンナは考えを巡らせるがこんなローラは初めてなので対応の仕方が思いつかない。なんなら彼女の顔すら見れずにいた。怖くて。



「……カンナさん」


「ハッ、はい!?なんですか!?」



 初めて聞く低い声で名前を呼ばれたカンナは、ビクッと少し大袈裟に肩を震わせた。声が裏返りながらも、恐る恐るローラの方を見やると、そこにはロディアス達をジッと見つめたままのローラがいた。

 


「あの人達が一番嫌がることって……なんだと思いますか?」

 

「…………え?」



 静かで冷たさを孕んだその声に、カンナは面食らう。

 

「何をしたら、一番嫌だと思います?」


 しかし、ローラは気にせず同じトーンでカンナに聞いてくる。カンナは、ハッと我に返るとローラを愛でているロディアス達を見ながら答えた。

 

「えーっと……ローラさんが、いなくなる……とか?」


 それこそ今、自分達はローラ・シュバリエをこの世界から抹消する為に動いている。ローラを愛する彼等にとって、それは一番嫌がることだろう。

 そう思ってカンナは答えたのだが、ローラの寒気がするような圧に本当にこれで良いのか?と不安になってきていた。


「なるほど……それもありますね」


 しかし、カンナの不安とは裏腹にローラはその意見に肯定的だった。

 ホッとカンナが安心したのも束の間、ローラの目がカンナの方へと向けられた。

 


「でも、それだけじゃ足りない…………」

 


 いつも綺麗に輝いていた黄金の瞳が、ドス黒く濁っていた。


 ひっ、とそれを見たカンナは思わず出そうになった悲鳴を押し殺した。初めて見るローラの瞳に、カンナはただただ震えた。


「それくらいじゃ全然足りません……あの人間の皮を被った悪魔達にはもっと、一生後悔するほどの事をしなくては……」

「ろ、ローラさ──」

「ねぇ、カンナさん……どうか貴方の知恵を貸して頂けませんか?」


 カンナの声を遮って、ローラはドス黒く染まった瞳でニコリと笑った。


 

「私、初めてなんです。こんなにも腹立たしいという気分になったのは」


 

 その言葉の通り、ローラの瞳には今まで見た事がないくらい憤怒の炎が宿っていた。カンナは、その瞳にただただ圧倒され無言で首を縦に振るしかなかった。それに対して「ありがとうございます」とまた笑ったローラは、自分の身体を愛でるロディアス達を鋭く睨んだ。

 

「散々人のことを傷付けておいて愛してるだなんて……やっぱり私の事を心底舐めていらっしゃるとしか思えません。何をされても刃向かう事もせず、従順で思うがままに動いてくれる憐れで可愛い愛玩動物だと……あの人達は本気でそう思っている」

「そ、そうですね」

「カンナさんのお陰で私も随分と視界が晴れました。この国の王子達は皆、自分の手を汚す覚悟もない卑怯者の下衆。私の人生をめちゃくちゃにした元凶……そんな屑の集まり、私の方から願い下げです」


 淡々とローラは怨嗟の言葉を口にする。今までカンナが「下衆王子!」「クズ!」とロディアス達を罵っても、自分の口からは言ったことのなかったローラ。

 それが今、堰を切ったように溢れていく。


(普段大人しくて優しい人が怒るのが一番怖いんだよな……)


 その言葉の数々を聞きながら、カンナはローラが怒るのも無理はないと思った。

 それだけ酷過ぎたのだ。彼等の発言は全てローラのことを一人の人間として見ていない。そこに愛があるから問題ないのような認識を彼等はしているらしいが、当のローラがこんなにも激怒している時点で、もうそこに愛は成立しない。


 例えロディアス達が「愛している」と正面から言っても、ローラは今一生彼等を愛する事はないと宣言した。


 それは、カンナが思わずローラへ拍手を送りたくなるくらいの成長だった。

 ローラは、ロディアス達のせいで周囲の環境が劣悪だった。作られた敵だらけの環境下で、味方は王子達だけだという一種の洗脳。そのような事をずっとされて続けていたのだ。視野が狭まり、価値観が傾くのも頷ける。

 そんな彼女が、初めて元凶である王子達を拒絶した。

 そして自分の為に初めて激怒した。

 近くで見ていたカンナからすれば、これほど喜ばしい成長はない。

 カンナは、改めてローラに向き直った。


「その意見には私も賛成です。ローラさん」

「カンナさん……」

「ローラさん、私はまだまだロディアス達3人について詳しくありません。なので、まずは私よりも彼等に詳しいであろうローラさんが、どういう()()()をしたいか決めるべきだと思います」

「仕返し、ですか?」

「私はローラさんの協力者であり共犯者。アイツらにムカついているのは私も同じです。だから、なんでも良いですよ。ローラさんのしたい事を、死ぬ前に思い切りやりましょう!」


 そう笑って見せたカンナに、今度はローラが目を見開く。そしてフフッと楽しげに笑うと、ローラは真剣な顔付きになる。


「ええ、もちろんです。一緒にあの悪魔達へ仕返ししましょう」

「何か思い付きますか?」

「1つ、思い付きました。彼等が一番嫌がるであろうこと」


 ローラは、ロディアスとレイファス、ザイラスの3人の顔をチラリと見やる。

 相変わらず可哀想だとローラを髪を弄んで慰めているロディアス。

 ローラの腕や手に頬擦りしながら寄り添うザイラス。

 それれらを止めもせずに、狂愛の目をローラへ向けているレイファス。

 3人に共通しているのは「ローラを愛していること」と「ローラが自分達を愛するように仕向ける」ことの2つ。権力を持った彼等は、自分達はローラに愛されて当然だと思っている。


 それならばと、傲慢な彼等を見てローラはこう考えた。




「もし、私が彼等ではなく()()()()()()()()()()()()()?」


 


 いったい彼等はどうするのだろう……と。

 

「誰を愛するかは私が決める。そうですよね?カンナさん」

「はい、その通りです。決定権はローラさんにしかありませんよ」


 そう、誰を愛するかなんてローラの自由でしかない。それをロディアス達は勝手に自分達しかいないと思い込んでいる。


「ふふ、もし彼等が嫉妬して私を監禁しても、私はそれすら利用して彼等を苦しめてみせます」

「良いですね〜!でも、それだけしか仕返ししないんですか?」

「まさか!何度でもやるに決まっているじゃないですか。私が死ぬまで、ね?」

「それでこそローラさんですね」


 最高ですと言ったカンナに、ローラはありがとうと礼を言う。

 誰にも反抗せずに従順に生きて来たローラは、この日初めて自分の為に反抗する事を誓ったのだった。


 その命が、終わりを迎えるその日まで。

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