第27話:元凶
「それにしても、ローラの復帰は早かったね。レオン」
「本人が、もう大丈夫だと言ったので……」
「へぇ、ローラの事だからもう少し先になると思っていたのに」
眠っているローラの髪に触れながら、ロディアスは学園でのローラを思い出していた。迷惑をかけたと謝罪した事には驚いたが、それ以外は特に変わった所はなかったように思う。
監視からも授業を受ける姿勢や、教室での過ごし方もいつもと変わらなかったと報告されている。
そんな矢先に、ラヴェナ・レイブン伯爵令嬢がローラを突き落とした。厳密には、急に激昂したラヴェナがローラを突き離した瞬間にローラが手すりから落ちた……といった感じだったが。
陰でその場面を見守っていたロディアスは、ローラが落ちる瞬間を見ていた。あまりにも急な出来事に反応が遅れてしまった彼は、ローラが落ちる瞬間をただ見ていることしかできなかった。
「ああ、可哀想なローラ……あの場で君を助けていたら、私は君にとって唯一無二の救世主になっていただろうね」
惜しい事をしたと、ロディアスは自分の命令に背いた行動をしたラヴェナなど気にもせず、ローラのヒーローになれなかった事を悔やんでいた。
「ったく、復帰したてでこんな事になるなんて……またローラに会える時間が減るじゃねぇか」
「仕方ありませんよ。彼女の意識が戻るまでは、大人しくするしかありません」
「チッ……今のうちに触れとくか」
ザイラスは眠っているローラの手を取ると、その綺麗になった手を見て残念そうな顔をする。
「あーあ、緊急事態だったから、身体の傷ほとんど綺麗に治っちまったんだな……ローラの手首にあった傷痕、また見たかったのによ」
ザイラスが言うのは、ローラが自殺未遂を重ねた末にできたリストカットの痕だった。小さなナイフで手首を切っていたローラは、いつもその傷痕があったのだ。
「こんな所切ったって意味ねぇのに。ホント哀れで可愛い奴」
そう恍惚に笑ったザイラスは、ローラの手にキスをする。その寵愛のような狂愛に、レイファスは呆れたようなため息を吐く。
「それは貴方がローラにそう教えたからでしょう」
「ちげぇよ。俺じゃなくて、デュモン伯爵家とカークランド侯爵家の馬鹿息子共が教えたんだよ。アイツら、ローラを押さえつけて手首を軽く切ってやったんだ。そうすれば早く死ねるぞってな」
平気でそう答えるザイラスに、レイファスは「悪趣味ですね」と言い放つ。だが、ザイラスは気にせず話を続ける。
「そうしたら、ローラは素直にそれを信じて手首を切ったんだよ。何度もする勇気はねぇみたいだから、2本か3本かくらいの傷が限界だったけどな」
「それを貴方が手当てして治すというのがお決まりでしたよね」
「そうそう。俺が慰めたらずっと『申し訳ありません……』って泣いて縋って来るんだ。抱きしめられる口実ができてラッキーだよ。ローラは何度も切ってたしな」
「ハァ……ほどほどにするんですよ。今は大人しいですが、令息達の中には本物の馬鹿がいるかもしれないんですから」
「分かってるっての」
いちいちうるせぇなぁ、とザイラスはローラの手に頬ずりしながらレイファスを睨んだ。
「いいよなぁレイ兄は、ローラと同じ学年でさ。いつでも会えるじゃねぇか」
「そうもいきませんよ。同じクラスになれませんでしたから、会えるのは精々合同授業かお昼休みばかりですよ」
「そんなの教師共に命令して同じクラスになれば良いだろうが」
「そんな事をしたら、ローラさんが不審に思うかもしれないでしょう。それに、会えない方が逆に良いですよ。散々虐められた彼女が、私を見つけた時のあの表情……ッ!何も知らぬまま、私に助けを求めて来るのはとても愚かで可愛らしいですよ」
「レイ兄も悪趣味じゃねぇか」
とても良い笑顔で語るレイファスに、ザイラスは「その顔やめろよ。気持ち悪りぃ」と悪態を吐いた。
「そう言うレイファスは、今日は教師達に何も言わなかったのかい?」
「ローラさんに負担をかけるな、とだけ言っておきましたよ。復帰したての彼女に無駄に絡む必要はないともね」
「なるほどね。私もそうすれば良かったかな」
「そうするべきでしたよ。少なくとも今日一日は彼女を甘やかしてしまえばよかったんです。それなのに……」
「分かった分かった。私が悪かったよレイファス。次からは気をつけるよ」
そんな歪なやり取りをする彼等に対して、レオンは無言のままだった。彼等のこんなやり取りを見るのは、レオンにとって初めてではないからだ。
しかし、レオンは初めてこの上ないほどの嫌悪感を感じでいた。耳に届く言葉が、どれも吐き気を催すような邪悪さを宿している。今までどうやってこの会話を聞いていたのか、それを忘れてしまうくらい衝撃的な内容ばかりがレオンの耳に転がり込んでくる。
レオンは己の無能さを自覚した途端に、ロディアス達のローラに対する異質な狂愛をやっと理解したのだ。だが、理解したからと言って、レオンには彼等を止める術はない。相手はこの国権力者だ。
「そういえば、シュバリエ家の使用人達は何かあったのかい?レオン」
「えっ?何か問題がありましたか?」
「何人か手や頬に手当てをしてあったじゃないか。1人2人ならまだしも、10人以上は見かけたよ?いったい何があったのかな?」
急に話を振られて驚くレオンだったが、使用人達に対する疑問は当然かと持ち直した。
使用人達の怪我は、ローラに成り変わった存在が行った躾の結果だ。
クロークからそれを聞いた時は驚いたが、今ではそれを行った理由も理解できる。腐敗していたシュバリエ家の使用人達は、折檻するくらい酷い有様だったのだと。
そしてそれをローラが……ローラに成り変わった救世主が行った事を、レオンはロディアス達に言うべきではないと思った。
王子達に言っても良いと、救世主は言った。首を落としてこの身を焼くから問題ないと。だがレオンは、本当の事を言うべきではないと判断したのだ。
「最近、どうも立場を弁えない者がいまして、その指導をした結果です」
「へぇ、そうなんだ。でも、随分厳しくないかい?」
「厳しくすべきだと自分が判断しました。数名、ローラに対して危害を加えかねない者もいたので……」
彼等が自分達以外の人間がローラを傷付けるのを嫌うとよく知っているから、そういう話にすれば納得してくれるだろうとレオンはそう考えて嘘を吐いた。ローラに危害が及ぶ可能性があるなら仕方ない。そう思ってくれるように、レオンは初めて彼等に嘘を吐いたのだ。
「そういうことなら良いんだ。ローラを傷付けて良いのは私達だけだからね」
その疑いすらないロディアスの言葉に、レオンはホッとする。
「でも名前くらいは後で教えろよ。レオン。俺達のローラに手ェ出そうとしたんならそれ相応の罰が必要だろ」
「も、申し訳ありません。特に酷かった者はもうすでに解雇済みでして……」
「チッ、ンだよつまんねぇな」
「ザイラス。レオンを責めるんじゃない」
「そうだよザイラス。レオンは寧ろ良くやってくれた方だ。これでもしローラに何かあったらどうするんだい?」
「ッ……分かったっての」
観念した様子のザイラスに、ロディアスは「ザイラスは物分かりが良くて助かるよ」と笑った。
「ローラが私達以外に目が向くような事があってはならないからね」
「ええ、彼女には我々しかいないと思い知らせないと」
「で?ローラが起きたら何するんだよ」
「そうだねぇ。とりあえず1日だけ甘やかしてみようかな。私が頭を撫でて可愛がるだけで、彼女は幸せそうな顔をするからね」
「全部俺らが仕組んでる事に気づきもしないんだから、幸せ者だよな」
「ふふ、ローラさんの嬉しそうな顔が目に浮かびます」
そんな風に交わされるローラを大事にしているのかしていないのか分からない言葉の数々。
それを空気となって聞くしかない今のレオンからすれば、ローラの幸せを誰よりも考えているのはロディアス達ではなかった。
── 「ローラの幸せの為?今までローラさんのことを家族揃って蔑ろにして、不幸なままでいさせたくせに」
── 「私はローラさんの意思を継ぎます」
──「この身体の持ち主であるローラさんの意思を無視してまで、私は生きたいと思わない」
思い出せる言葉は、どれもローラの事を思いその意思を尊重したものばかりだった。
ローラを愛玩動物のように弄ぶ王子達よりも、ローラの救世主の方がローラのことを1人の人間として扱っていた。
この場にいる誰よりもローラの事を考え、目的の為なら自らが傷付くことすら厭わない。
歪んだ愛をぶつける王子達やそれに協力した無能な兄よりも、救世主は真っ直ぐにローラを思っていた。
(俺にできるのは……救世主の邪魔にならないよう、こうして静かに嘘を重ねていくだけだ)
醜くローラの狂愛を語り合う王子達を目の前に、レオンは表情一つ崩さずにその光景を見届けるのだった。




