第25話:無能
「ローラが、突き落とされた……!?」
昼休みに図書室で勉強をしていたレオンは、慌てて報告してきた同級生を押し退けて、現場へ走った。そんな彼の腕には殴られたような痣ができていた。数時間前に、ロディアスからローラに痣を作った事を咎められてできた痣だ。
(いったい何が起こった……?)
レオンは、ロディアス達からシュバリエ家内でローラの監視を言い渡されていた駒だった。自分の将来を保証するという条件で、レオンはそれを引き受けていたのだ。
シュバリエ家は元々騎士の家系であり、剣術の才能に優れた血筋だった。レオンの父であるラグナは、その才能で国へ貢献し功績を上げてきた。そしてレオンは、父のようになるべく幼少から剣を握って訓練に取り組んでいた。
だが、レオンには剣の才能がなかった。
どれだけ訓練や特訓を重ねても、父どころか王国の騎士達にも及ばない実力だったのだ。勉学の成績は悪くないが、公爵家の長男ならばもっと上を目指せとよく言われていた。剣の才能はなく、勉学も凡人並。他家の公爵家と比べても突出した才能のないレオンは、早い段階で己の将来を案じていた。次期公爵に選ばれたとしても、才能のない自分に務まるのか……?という疑問が、いつも彼を襲っていた。
そんな中で、ロディアス達の申し出はレオンにとってあまりにも魅力的過ぎた。才能がなくても、王宮に仕える事ができると、騎士としても次期公爵としても、レオンに力を貸すと、彼等はそう提案してきたのだ。
レオンは、それで妹が犠牲になるなど考えもせずに将来の安寧を選んだのだ。それが、悪魔に手を貸す事だと分かっていながら。
そうしてレオンは、ローラが周りに逆らう事のないように監視し、口を出してきた。
厳しい口調で咎めれば、ローラはすぐに萎縮して従順になる。
それを繰り返すと、ローラはレオンや家族よりもロディアス達に依存するようになる。
ローラに依存されたロディアス達は、きちんとやり遂げたレオンに褒美をくれる。
そんな歪みきった悪循環が出来上がっていたのだ。
誰も可笑しいと止めない狂ったそれは、レオンにとって都合の良いものでしかなかった。
しかし、それも全てローラが死んだと知らされた瞬間に崩れ落ちた。
レオンは絶望した。レオンの将来はローラを犠牲に成り立つもの、そのローラが死んだとなれば彼に約束された未来はない。
だから、せめて身体だけは死守しようと思ったのだ。得体の知れない存在に、勝手にローラを殺されては困ると。
だが、その存在はレオンの予想を遥かに越えていく。学園への復帰も、妨害するレオンへの蹴りも、ロディアス達への告げ口も、ローラではできない行動力だった。
それが今、突き落とされたとなれば飛び出してしまうのも無理はなかった。
(まさか、早速死ぬつもりで飛び降りたのか奴は!?だが、突き落とされたなら事故なのか?)
現場へ急ぐレオンは、そんな事を考えながら走る。人が集まっている場所、中央庭園に向かうとそこには王子達と神官達がいた。
生徒達を掻き分けて前に出たレオンは、現場の状況に唖然とする。
珍しく焦りを隠し切れていない王子3人と2人がかりで高等治癒魔法をかけている神官。
その傍で寝かされているのは、制服に血を滲ませてボロボロになったローラの姿。
「ロー……ラ……」
レオンは、思わずそんな搾り出すような声が出た。
別にこれが初めてではない。ローラが飛び降りて怪我をするなんて何度もあった。レオンだってその現場を見ていたし、怪我をしたローラが死ねなかったことに泣いていたのも知っていた。
それなのに、彼は今激しく動揺していた。
目の前でボロボロになって生気を感じないローラの姿を見て、隠しきれない程の不安と恐怖を覚えたのだ。
(なぜだ……どうして今更こんな……)
そうレオンが思うのも仕方がなかった。
なぜなら彼は、今までローラを真剣に心配したことなどなかったからだ。
自分のことしか見ていなかった彼は、自分の才能の無さを不安に思い、悪魔に手を貸し、約束された将来を手に入れることばかりを望んでいた。そこに犠牲となる妹の存在がいる事を分かっていながら、彼は自分の将来を取って妹を切り捨てた。
レオンはあのローラに成り変わった存在に言われた言葉を思い出した。
──「ほんっと最低な家族ですね」
その通りだった。誰が見ても分かるくらい、レオンはローラにとって最低最悪の兄でしかなかった。彼は、己のやってきた事がいかに愚かで残酷であったかを理解した。
才能がないから、将来が不安だからと、それを越える為の努力もせず甘い言葉に耳を傾けてしまった彼は、何も成していない人間だった。
権力を持った人間に媚び、家族を犠牲にする愚かな人生を歩んできたろくでなし。
レオンは、己を恥じた。
こんな馬鹿な自分よりも、正面から堂々と発言し行動できるローラに成り変わった存在の方が立派ではないかと。
ローラの願いを叶える為に現れたその存在は、ローラが長年待ち続けた救世主。
今更後悔しても、妹はもうレオンに助けを求めない。
妹をずっと犠牲にし続けた彼に待っているのは、ローラが死にゆく様を見届ける事だけ。
それを止める資格も、妨害する資格もない。
後悔も謝罪も、全てがもう遅い。
彼に残されているのは──
──こうしてローラが死ぬ様を黙って見届ける。ただそれだけだった。




