第19話:学園へ
カーディナル王国は、複数の学校が存在する。
その中でも貴族の令嬢や令息が多く通っているのが、王国で一番大きな学園──王立カーディナ学園である。
カーディナ学園は初等部から高等部まであり、校舎はそれぞれ分けられて建てられている。
レオンとローラはその高等部に所属しており、レオンは3年、ローラは2年になる。ちなみにルイは中等部だが、通っている学園は別である。これもエリーラ達がローラとルイを引き離す為の策略の一つであった。
「綺麗な校舎と庭だなぁ……さすがは王立……」
窓から見える景色にそう独り言を零しながら、カンナは登校している生徒達に目を向ける。友人と話しながら歩く生徒や、一人足早に急ぐ生徒などがカンナの目に映る。しかしその誰もが、シュバリエ家の馬車を見ると悪意のある視線を向けてきた。
その視線に無反応を貫いたカンナは、いったいローラはここでどれほどの仕打ちを受けてきたのだろうと胸が痛んだ。
「ローラお嬢様、到着致しました」
「ありがとう」
校門付近にある停留所に馬車を停めた御者が、カンナにそう声をかける。
気持ちを切り替えて立ち上がったカンナが馬車を降りると、周囲にいた生徒達の視線が一斉に彼女に向いた。
「あらやだ、ローラ嬢だわ……」
「大怪我をされたって聞いたけど、あの様子じゃ平気そうね」
「残念だわ。二度と顔を見なくて済んだと思ったのに」
「ほんと人騒がせな女だよな」
「シュバリエ家もあんな問題児がいては可哀想よね」
「またアイツの暗い顔見るの嫌なんだけど」
そして何を言われるかと思えば、これでもかというほどの嘲笑や軽蔑の言葉ばかり、クスクスと笑っている彼等に対して漫画で見た貴族達みたいに性格悪いなとカンナは呑気に考えていた。
それと同時に、馬車を降りてすぐにこれかとカンナは呆れた。こんなにも悪意のある嫌な注目をされて、ローラはさぞかし肩身の狭い思いをしていただろうなと。
しかし、この場にいるのはローラではなくカンナだ。
「ご機嫌よう皆さん。こうしてまたお会いできて嬉しいですわ」
ローラの顔で、カンナは彼等に満面の笑みを浮かべて見せた。
それに動揺したのは、彼女に悪意を向けていた生徒達だ。普段のローラならば、彼等の言葉を聞く前に怯えながら教室へと走って逃げていた。
だが、今彼等の目の前で笑って見せたローラには、そんな様子は微塵も感じられなかった。
「私のせいで皆さんをお騒がせしてしまった事に謝罪致します。私のような人間が、皆さんのような素晴らしい人間にご迷惑をおかけしてしまって……とても反省しているのです。これからは心を入れ替えていきますので、どうぞよろしくお願い致します」
そう言って頭を下げるローラに、生徒達は何が起こっているんだと等々動揺を隠せなくなった。
あの死にたがり令嬢と呼ばれたローラが、怯える素振りもなく人前で話すなど今までにあっただろうかと。
彼等の返事を待たずに頭を上げた彼女は、そのまま校舎へと歩みを進めて行く。その堂々とした振る舞いに、周囲にいた生徒は呆気に取られ、それを見送る事しかできなかった。
すると、そこに王家の馬車も到着した。
馬車から降りて来たのは、ロディアスとレイファス、そしてザイラスのカーディナル王国唯一の三王子だった。
キャーッ!とその美貌に歓声を上げる令嬢達や、尊敬の意味も込めた挨拶をする令息達で騒がしくなる。
その騒がしい声を背中で聞きながら、カンナはロディアス達への怒りで崩れそうになった表情をなんとか堪えた。
「ローラ!今日から復帰だったのか!?もう学園に来て大丈夫なのか?」
そんな彼女にいの一番に声をかけて来たのはザイラスだ。ある程度距離があっても、運動神経の良い彼は一瞬で距離を詰めて来た。
カンナは、ザイラスへ顔を向ける前にローラのよくする笑みを貼り付けた。
「おはようございます。ザイラス様!実は昨日の時点で怪我も体調も良くなりましたので、今日から復帰になったんです」
「そうなのか!でも無理はするなよ?頭を強く打ったんだからな」
「はい。ありがとうございます」
ザイラスの心配そうな顔に、カンナは元凶が何一丁前に言ってんだと文句を言いたい気分だった。
「ローラ、おはよう」
「おはようございます。ローラさん」
「ロディアス様!レイファス様!おはようございます」
そこにロディアスとレイファスも合流し、カンナはその綺麗な顔に一発入れてやりてぇと思うのを我慢しながら挨拶した。
「珍しいね。君が教室じゃなくてここの通路にいるなんて」
何気ないロディアスの言葉に、カンナは内心で彼を睨みやっぱり鋭いな……と思った。いつも教室へ逃げて行くローラを知っているからこそ出る言葉、もしかしたら、彼等にとってそれは慰める場面の一つだったのかもしれない。その機会が無かったのだから、疑問に思うのは自然の事だろう。
しかし、こんな序盤で負けるほどカンナは弱くはない。
「えっと、今日はお騒がせしてしまった皆さんに謝罪をしようと思ったんです」
「謝罪……?」
「私は、度々騒ぎを起こしていますから……例え手遅れであっても、皆さんに謝りたかったのです」
「なるほど。それでまだここにいたんだね」
「はい。あと……それと……」
カンナは、ロディアス達の目が自分に向いているのを再確認して言った。
「ロディアス様達にも、いつもご迷惑をお掛けしているので謝りたくて……」
精一杯申し訳なさそうな顔をするカンナ。
すると、ロディアスが彼女の手を取った。
「ローラ、前にも言ったじゃないか。私達は誰も、君を迷惑だなんて思っていないよ」
そうして彼女の手の甲にキスをするロディアス。
「そうですよ。我々は当然の事をしているんです」
そんなロディアスに同調するレイファス。
「だから謝る必要なんてないぜ、ローラ」
笑顔で安心させようとしてくるザイラス。
「あ、ありがとうございます……」
そしてそんな彼等にワザとローラの顔で照れて見せるカンナ。
周りから見れば仲睦まじい男女の光景にでも見えただろう。
だが、これはカンナが考えた通りの光景だった。慰める場面が無くなったのなら、別で作ってやれば良い。カンナがローラとして動きやすくなるように、彼等がローラにしたように今度はこっちがその機会を与えてやるのだ。
「では、教室まで送ろうか」
そんな彼女に気をよくしたのか、ロディアスがそう提案する。
その吐き気がしそうな言動の数々に、カンナはただただ軽蔑して呆れていた。
だが、そのおかげで確信した。
彼等はまだ、ローラが全てを知った事を知らないのだと。
(それなら好都合)
そう内心で笑ったカンナは、彼等と共に歩き出す。
そして、歩きながら時々左腕を摩る。
「ん?ローラ、腕がどうかしたのか?」
「え?あ……いえ、大丈夫です」
「大丈夫じゃないだろ。ほら、見せてみろ」
「あっ……!」
ザイラスがローラの左手を取り、袖を捲った。
「なっ……どうしたこの痣!?」
そこには、レオンに力一杯掴まれたことでできた痣がある。それを見たザイラスは驚き、ロディアスとレイファスも目を見開いた。
「な、なんでもありませんッ!」
そんな彼等に慌てて痣を隠す素振りを見せたカンナは、背中を向けた状態で震え出した。
「本当に……なんでもないんです。今朝、支度をしている時に転んでしまって……それでできた痣なんです」
ワザと泣き出しそうな声でそう言えば、ロディアス達の雰囲気が変わった。その変わりようにカンナは手応えを感じ、そのまま演技を続ける。
「も、申し訳ありません……お見苦しいものをお見せして……」
「いや、大丈夫だよローラ。君は悪くないだろう?」
「ですが……」
「悪いのは勝手に確認した俺だ。お前が謝る必要ねぇよ」
「ザイラス様……」
「確かにザイラスが悪いですね。ですが……ローラさん、我々にだけは正直に話していただけませんか?」
「え?」
「その痣は、どう見ても誰かに掴まれたような形をしています。転んでできたようには見えません」
「あ……えっと」
「ゆっくりで良いよ。ローラ。私達にだけでも本当の事を言ってごらん?」
レイファスが鋭く指摘し、ロディアスが優しい声でそう聞いてくる。
「実は……」
それに対して、カンナはこう答えた。
「レオンお兄様が……」
と、ただそれだけ。本当ならば、「レオンに掴まれた」とでも言える場面だが、カンナは敢えてそうした。その言葉の先を、何が起こったのか彼等に想像してもらう為に。
「レオン?彼がいったい何をしたんだい?」
レオンと同じ学年でもあるロディアスが続きを促してくる。
だがカンナは、俯いた状態で「これ以上言いたくありません」という姿勢になる。
「……なるほど。分かった。レオンには僕から話をしておくよ」
「え?」
「本当は君の口から聞きたかったけど、言いたくないのなら仕方ないさ」
そう微笑んでローラ安心させようとしてくるロディアス。
これに対してカンナは、上手くいったなと内心思っていた。
そして実感した。彼等は、他者を利用してローラを傷付けている元凶であると同時に、ローラが大事で大事で仕方がないということを。
それはつまり、予想外にローラが傷付けられる事を嫌うという事だ。
これは意外にも大きな収穫だと、カンナはロディアス達の険悪な雰囲気を横目に、これからカンナを追って学園へやってくるであろうレオンに対し──
(レオンお兄様、ご愁傷様)
──と、心の中で手を合わせるのだった。




