第18話:そろそろ行きましょうか
「ルイ、お母様達は今どうしてるの?」
「えっと……お父様は早朝からお仕事に行かれて、お母様は昨日から自室で寝込んでいます。レオン兄様も自分の部屋にいると思います。今朝部屋の前を通ったら、大きな物音がしたのでまだ相当荒れているかと……」
「ふーん……まぁ、予想通りね」
ルイと話をした翌日。
カンナは仮説を検証すべく、簡単な筋トレを行ってから就寝した。ほどよく疲労のある状態で眠ったカンナだったが、気付けばローラに会えぬまま朝を迎えていた。
(会えなかった〜ッ!)
と内心で悔しがるも、すぐに切り替えて会えなかった理由を考える。
(疲労だと思ったけど、やっぱりそうじゃない……?でもまだ一回しか試してないし、体力作りの為にも結果を出すのは早いか……継続あるのみだな。でも、もしかして一日に会える回数とかもある……?)
そう考えながらも、カンナはローラの振る舞いを忘れない。
手に包帯を巻いたメイド達に支度をさせたカンナは、たまにワザとらしくため息を吐いては、彼女達をビビらせながら朝食の席についた。
ルイは先に起きて席で待っていたようで「おはようございます。ローラ姉様」と、今まで通りの呼び方でカンナに挨拶した。
ラグナとエリーラ、そしてレオンの姿は無かったが、2人は気にもせずに朝食を食べ始めた。
「ローラ姉様、今日はどうされるのですか?」
「普通に授業に出るつもりよ」
「授業ということは、学園に行かれるのですね」
「ええ。いつまでも療養して休んでおくわけにはいかないし、早めに復帰した方が授業に遅れずに済むわ」
「そうですか」
淡々と交わされる2人の会話を、傍で待機している使用人達は奇異の目で見ている。今まで意図的に離され、会話もなかったローラとルイにいったい何があったのかと、彼等は勘繰る。
しかし、彼等は昨日ローラの苛烈な躾を目撃したばかりだ。この場にいる者は軽く叩かれるだけで済んだものがほとんどだが、顔や手に怪我を負った者もいる。彼等は皆、ローラの挙動を警戒しているのかビクビクと震えながら黙って待機していた。
つまり、2人が普通に会話していることを咎められる人間はこの場にはいないのだ。
「お父様に学園へ復帰される事はお伝えするんですか?」
「伝えないわ。わざわざ報告しなくても、お父様なら察してくれるでしょうから」
そう言ったカンナは、皿にカトラリーを揃えて置き、そのまま立ち上がる。
「そろそろ準備するわ。ルイ、お父様とお母様は問題ないと思うけど、レオンお兄様には警戒なさい。何か言ってきても無視しなさいね」
「そうします。姉様、どうかお気をつけて」
「ええ」
そうしてその場を後にしたカンナは、部屋に戻ってまたメイド達に命令し学生服に着替えた。
(貴族って……一日に何度も着替える必要があるのが凄いよなぁ)
メイド達に高圧的な態度を取りつつも、カンナは庶民的な感想を持ちながら学生服姿のローラを鏡越しに見つめる。
(やっぱりローラさんて何を着ても似合うな……可愛い)
改めてカンナがそう思ってしまうくらいには、ローラの容姿は整っている。あの王子達に惚れられるのも分かるかもしれない美しさだが、カンナはやはりこの美貌を傷付ける下衆共にツバを吐きたい気分になる。
(なるべく顔は傷付けないようにしよう。今日は学園の様子を見るのと、生徒達の現状把握だから)
そう考えながら、外に待機させている馬車に向かった。
馬車なんて初めて乗るなとカンナは思いつつ、公爵家の家紋が入った馬車に乗り込もうとした時だった。
「待てッ!お前どこに行くつもりだッ!」
大きな怒鳴り声が周囲に響き渡った。その声を聞いたカンナは思ったより早かったなと思いつつ、そちらへ目をやると、そこには案の定レオンがいた。
「あら、どうしたのですか?レオンお兄様」
「どうしたもこうしたもあるか!お前、勝手に何処へ行くつもりだ!?」
「この格好を見て分かりませんか?今日から学園に復帰するんです」
「ふざけるな!お前は自分がどういう立場か分かっているのか!?」
「分かっていますが?それよりも、レオンお兄様も早く支度されてはいかがです?遅刻致しますわよ」
怒鳴り続けるレオンに対し、カンナはニコニコとどこ吹く風で受け流していた。周囲にいる使用人達がレオンの剣幕に怯える中、カンナの堂々とした物言いに驚く者もいた。
「同じ学園に通う兄妹が、揃いも揃って遅刻だなんて私は嫌ですよ?」
「お前……ッ!」
煽るような物言いをするカンナに、レオンは顔を真っ赤にする。そして次の瞬間、ガシッと彼女の左腕を掴み上げた。
「大人しくしていろと言っているんだッ!お前はまだこの屋敷から出るなッ!」
至近距離でそう怒鳴り散らすレオン。
だが、そんなものではカンナは止まらない。
「邪魔」
ゴッ!!!!
「ぐぁはっ!?」
カンナが一言そう零した瞬間、彼女はレオンの股間に鋭い蹴りを叩き込んだ。強烈な痛みにカンナから手を離したレオンは、股間を押さえて蹲る。どうやら相当痛かったらしい。
「あら、ごめん遊ばせ。あまりにもしつこいのでつい」
「き、ぎさまッ……」
「可哀想に……でも、レオンお兄様が悪いのよ?紳士らしい振る舞いができてないからこうなるの。妹とはいえ、レディに痛い思いをさせるなんてあり得ないわ」
足を震わせて下からカンナを睨むレオンだが、カンナはそれ以上に冷めた視線で彼を睨み返した。
「これ以上痴態を披露されても困るので……私は先に行きますね」
「ま、まてっ……!」
止めようとするレオンの手を躱し、カンナは素早く馬車に乗り込んで扉の鍵を閉める。ゴンッゴンッとレオンが扉を叩く音がするが、カンナは気にせずに御者へ命令する。
「レオンお兄様の事は気にしなくて良いわ。出しなさい」
「は、はい!」
一連のやり取りに呆気に取られていた御者は、慌てつつも馬車を出発させた。馬車の窓から外を見ると、怒り心頭のレオンが見えた。そんな彼をまた煽るように、カンナはとびきりの笑顔で手を振ってやった。それを見てレオンがどう思ったのかは不明だが、急いで屋敷に戻ったところを見るに着替えに行ったのだろう。
「はぁ……朝から騒がしいことで」
そう零したカンナは、レオンに掴まれた左腕を見る。袖を捲ってみると、予想通りそこには痣ができていた。
(どんだけ強い力で掴んでんだあのクソ兄貴は!痣になってんじゃん!)
と、カンナは怒りで震えるが、そこでふと思いつく。
(あ、そうか……この痣、使えるかも!)
色白い肌にくっきりと浮かぶ痣。
それを見て、カンナはニヤリと笑うのだった。




