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第17話:大好きな姉


「僕にとって、ローラ姉様はたった1人の姉でした」


 カンナを真っ直ぐ見つめながら、ルイは話す。


「ローラ姉様は優しくて、幼い頃よく泣いていた僕をいつも慰めてくれていました。一緒に遊んでくれたり、お菓子を一緒に隠れて食べて、お母様に怒られたりしていました。でも、ある日を境に姉様は周りから傷付けられるようになりました。その日からです、ローラ姉様から笑顔が消えたのは……」


 カンナは、黙ってルイの話を聞く。


「僕は傷付いた姉様を放っておけなくて、僕にしてくれたように慰めてあげようって思ったんです。でも、お母様が『ローラは今一人になりたいそうよ』って僕に言ってきました。僕は何も疑わずにお母様がそう言うならと、また後で姉様に会える時に話そうって思ったんです。だけど、その時はずっと来ませんでした」


 悔しそうに膝の上に置いた拳を握り締めるルイ。


「ローラ姉様がドレスを汚してお茶会から帰って来ても、手や顔に痣ができていても、僕が姉様を慰めに行く事は出来ませんでした。お母様が、ローラ姉様がそれを望んでいないと言ったから」

「……貴方は素直に従ったわけね」

「はい……今思えば、どうしてローラ姉様本人にちゃんとそれを確認しなかったのかと後悔しています。そうしていれば、お母様達が意図的に僕をローラ姉様から遠ざけていた事に早く気付けたかもしれないのに……ッ」

「話しに行こうという意思はあったの?」

「はい。でも、いつも止められていました。ローラ姉様がまた手首を切ったから会えないとか、治療中だからまた明日みたいな感じで、お母様やレオン兄様、使用人と……いつも誰かが止めに入っていました。中には、姉様が僕を嫌っているとか言う人もいて……気付けば何年も話していないような状態になって……」

「……なるほど」


 ルイの話を聞いて、カンナは予想通りだったかと思った。

 ルイは唯一、ローラが死んだと聞かされてあの場で涙を見せた人間だった。それは即ち、ローラの為に泣いていたということ。ローラがいなくなったことに動揺していたエリーラ達とは違い、彼は純粋にローラを思っていた様子だった。

 カンナは、先程ローラとの作戦会議中にあった会話を思い出す。


「カンナさん、ルイの事で一つ気になる事があって……あの子はもしかしたら、今回の件を知らなかったのかもしれません」

「確かに……そんな感じはしましたね」

「朝食でのあの発言もそうですし、カンナさんがお父様達を問い詰めた時に、あの子は一瞬信じられないような顔をしていました。恐らく、唯一何も知らされずにただ私から遠ざけられていたのかも」

「なるほど……一度確かめてみる必要はありそうですね」

「お願いできますか?」

「もちろん!ローラさんからのお願いですもん」


 と、そんなやり取りをしたばかりだ。

 結果として、ルイは何も知らない状態で意図的にローラから離されていたことが今明確になった訳だが。


「それで?貴方は私に何が言いたいの?ローラさんへの謝罪なら、私にそれを伝えても意味ないわよ。貴方の謝りたい相手である彼女はもう死んでるんだから」


 敢えて厳しい口調でそう言えば、ルイは少し怯えるような顔になるが、すぐに真剣な顔付きに戻った。


「僕は、ローラ姉様ときちんと向き合う努力をしませんでした。そのせいで、ローラ姉様を助けられなかった。救えなかった」

「……」

「僕は、貴方がローラ姉様の為にあんなにも怒ってくれた事に感謝しています。僕達の家族は、貴方の言う通り最低最悪の家族でした。だから……僕は姉を救えなかった罪を一生背負って生きていく覚悟です。ローラ姉様に、許してもらおうとは思っていません」

「本当に?」

「はい。寧ろ、ずっと許さないでいて欲しいです。僕は、シュバリエ家の中で一番の愚か者。何も知らずにのうのうと生きてきた情けない弟ですから」


 迷いのないその言葉に、カンナは少し感心する。

 あのサロンでの一件で、彼は自分の愚かさに気付き、己の罪深さを知った。それだけでも彼の境遇からすれば一歩進んだも同然だろう。だが、彼はそこで歩みを止めなかった。たった1人の姉を救えなかった愚か者だと自分を責めた。

 ローラの部屋の前に来た彼は、いったいどれほどの覚悟を持ってカンナを待っていたのだろうか。


「僕からの話は以上になります。貴方にだけは、僕が自分の責任から逃げるような人間ではないと……そうお伝えしておきたかったんです」

「……真面目ね」

「今の僕にできる事はこれくらいしかありませんから……」

「そう。貴方は私がローラさんをこの世界から消す事に、本当に異論はないの?」

「ありません。僕は、ローラ姉様がそう望んでいるのならそうすべきだと思っています。今まで誰も、姉様の望みを叶えてくれる人はいなかったでしょうから……」

「……そうね」


 ローラの事を想う2人の表情は、そこで初めて同じように染まった。

 

「僕は、姉様の望みが叶うなら何もしません」

「邪魔しないで見届けるってこと?私は貴方の姉の身体を傷付ける存在なのに?」

「それでも……それでも僕は見届けます。それに、貴方は姉様の為にそうする事を選んでくれた人です。僕に文句を言う資格はありません」

「……それもそうね」


 この会話を、ローラは聞いているだろうかとカンナは思う。精神世界で、彼女はこちらが見えているし聞こえている。今ここで交わされた会話も、彼女は聞いていたはずだ。

 ローラは最初、弟のルイは自分を嫌っているはずだとカンナに話していた。だからカンナは、ルイにワザと姉を下に見ている弟だとあの場で言った。それを聞いたルイが、何かしらのボロを出してくれれば儲け物……そう思っての言葉だった。だが実際は、ルイは何も知らずにローラから離されていた。恐らく、ローラもエリーラ達によってルイから距離を置くように仕組まれていたのかもしれない。

 互いを思い合っていた2人は、悪意を持った周囲の人間によって引き裂かれた。

 カンナからすれば、それは悲劇だ。だがそう思うと同時に、2人は互いに歩み寄る努力をしなかったのだとも思った。

 ルイはこうして今まさにそれを自覚していたし、ローラも、この会話を聞きながらそれを実感しているかもしれない。

 もし、2人が互いにちゃんと歩み寄っていれば……と、カンナはついそう考えてしまう。

 だが、あの状況下で歩み寄ったところで、ラグナ達や王子達はどんな手段を使ってでもローラを孤立させていただろう。もしかしたら、ルイが消されていた可能性もあり得る。


(どうしてこうも、ローラさんを不幸にしたがるのやら……)


 自分で考えついた内容に、カンナは呆れながらそう思う。だが、今は切り替えねばと改めてルイに向き直った。


「もしあの世でローラさんに会ったら伝えておくわ。『貴方は弟に嫌われてなかった』って」

「ッ……!はい、ありがとうございます」


 カンナの言葉を聞いたルイは、涙を堪えながらカンナに頭を下げるのだった。

 

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