第15話:自業自得
カンナとローラが精神世界で話をする前。正確には、カンナによる使用人への躾が終わった頃、ラグナ達はカンナの読み通りまだサロンにいた。
全員、カンナの話やローラからの最後の伝言によって立ち上がる気力を失っていたのだ。
彼等にとって、ローラは家族であると同時にロディアス達の所有物であった。
話は数年前に遡る。
シュバリエ家のあるカーディナル王国は、国王であるネリオス・カーディアスが治める国である。王妃と側室は数名おり、ロディアスは王妃が、レイファスとザイラスは側室の産んだ子だった。
王国の将来を背負った3人の王子は、全員それぞれの分野で優秀であった。ロディアスは政治や帝王学に、レイファスは学問全てに、ザイラスは武術や実戦などを幼少期から得意としていた。誰が次期国王になってもおかしくない、そんな状況であった。
だが、当時ロディアス達は優秀故に少々退屈していた。何か刺激になる物がないかと家臣達が頭を悩ませるほどに、彼等は年齢の割に大人っぽくなり過ぎていたのだ。
しかし、そんな時期に彼等が偶然にも出会ってしまったのが、シュバリエ家の長女ローラ・シュバリエだったのだ。
その出会いに何があったのかは分からない。だがその日を境にローラに懸想したロディアス達は、その執着を隠す事なく彼女を自分達の所有物にすべく動き出した。
その最初の駒として選ばれたのが、ローラの家族であるラグナ達だった。
「ローラを公爵家から孤立させてください」
まだ幼さの残る王子達は、その口から残酷な命令をラグナ達に下した。最初こそ、ラグナやエリーラはその命令に刃向かうつもりだったが、ロディアス達はこの国の王子という立場を最大限に利用してきた。領地の繁栄や、息子達の将来のことなどなど、シュバリエ家にとって有益な条件を提示し、その全てを保証すると言い出した。
逆らえばどうなるかなんて、子供でも分かるくらい簡単な事だった。彼等のローラに対する執着は、大人達が考えるよりも絶大だった。
「お父様!ロディアス様が、かわいいお花をくれたんです!」
「レイファス様が、私を頭がいいって褒めてくれました!」
「ザイラス様がね、また遊ぼうって言ってくれました!」
幼少の頃から、彼等はローラに会いに公爵家を訪れていた。適当な訪問理由ばかりだったが、彼等はその度にローラと交流し、彼女の警戒心をなくそうと打算的に接していた。現にその頃のローラは最初こそ緊張していたようだが、王子達と遊ぶようになると、嬉しそうに両親に今日は何があったかを話してはニコニコと笑っていた。
そうして、何も知らないローラが王子達と仲良くなっていくのは時間の問題だった。それと同時に、ラグナ達はローラを孤立させるという役目が迫っていた。
そして王子達が見計らったように公爵家へ来なくなった頃、彼等を恋しがるローラに対して、嫌がらせが始まった。急に始まった他家の令嬢達からのローラへの嫌がらせに、ラグナは一度王宮へ足を運び、ロディアスと面会した。
「ロディアス殿下、ローラに対する嫌がらせの件で報告に参りました」
「ああ、知っているよ。それは僕達が指示したんだ」
「…………は?」
当然のようにそう答えたロディアスに、ラグナは呆気に取られた。
「理解できないというお顔ですね、シュバリエ公爵。しかしご安心を、ローラのことは僕達がちゃんと守ります」
守る。それを聞いてラグナは悟った。
彼等はただローラを守るのではなく、ローラをワザと傷付けることで助ける口実を作り、最終的に自分達に依存させようとしているのだと。
「シュバリエ公爵、ご自分の役目をお忘れではないですよね?」
そう微笑んだロディアスに、ラグナは形容し難い恐怖を感じるしかなかった。
恐らく、この時にラグナ、引いてはシュバリエ家が王家に抗議していれば、ローラが死にたがり令嬢と呼ばれる事はなかっただろう。
だがラグナは王家を恐れ、協力することを選んだ。
そうしてローラに対する嫌がらせが続き、ラグナ達は命令に従うようになった。泣いて傷つくローラを放って置くようになり、助けを求められても、泣き縋られても、彼等はローラを突き放す。ラグナを筆頭に、シュバリエ家はローラを守るのではなく孤立させる選択を取った。
自傷行為も自殺未遂も、止められる場面では決して止めなかった。ローラが確実に怪我をするのを見届けてから、神官を手配する。そして手筈通りに王子達に慰めてもらう。これが王子達の考えるローラを彼等に依存させる為の手段だった。
誰も助けてくれない中でのロディアス達は、ローラにとって救世主に見えただろう。だが、全ては彼等の自作自演。知らないのはローラだけで、ラグナ達家族を含めた周囲の人間には、王家の圧力がかかっていた。だが、その代わりにどの家も自分達に有益な報酬を貰っていた。誰もが皆、ローラを犠牲に甘い汁を啜っていたのだ。中には報酬目当てに進んで彼女をいじめる者もいた。
そうしてローラが学園に入学しても、ロディアス達は生徒を操って彼女を傷付けた。都合の良い時に助け、また依存させる。例えローラの心が壊れてしまっても、彼等の歪んだ愛の前では些細な事だ。彼等にとって、ローラ・シュバリエは人ではなく、愛玩動物のような存在だったのだ。
そうしてローラの周囲に出来上がったのは、誰もローラ・シュバリエという1人の人間を尊重しないという地獄のような環境だった。
なんの罪もない少女が背負って良い地獄ではない。それが全て愛故にだとしても。
だが、それを分かっていながら止める者は誰一人としていなかった。ラグナも、エリーラも、家族も他の貴族達も使用人も、全員がローラを傷付ける事に加担した。彼女が死にたがり令嬢と呼ばれるようになってからは、更にその行為はエスカレートしていくばかり、彼女がいつ本気で死んでもおかしくない状況下。そんな中で彼等は甘い甘い報酬を貰えることに喜んでいた。
だが、ローラが全てを知って死んだことで予想外の存在が現れた。
それが現れた今、この状況は全て狂ってしまった。
ローラが全てを知り死んだ。だが、奇しくも身体は生きている。
それだけならば、ラグナが最初に考えていた身代わりのような作戦でどうにかしようと考えていたが、ここで予想外だったのが、彼等を最低だと罵った存在がいた事だった。
そう、いつでもどこでもローラを殺せる存在が現れたことだった。
ラグナ達はその存在の名を知らない。本人は教える気がないと言うのだから仕方ないが、とてもローラとは言えない別人だった。
そして、その存在はラグナ達と王子達の関係性に気付いていた。全て王子達が仕組んで、ラグナ達や周りがそれに加担していたことも分かっていた。
それを分かった上で、その存在はローラの身体で彼等が予想できないような自殺を図ると言うではないか。
劣悪な環境下で気弱になったローラでは、即死するような自殺はあり得なかった。だが別人であるならば、それはラグナ達の想像を軽く飛び越えてしまうだろう。その存在は例えとして焼身をあげた。己の身体に火をつけるなど、ローラにできるはずがない。だが、別人となれば話は別だ。いつどこで、どのタイミングで行うのかが全く読めない。
ローラの死。それは即ち、シュバリエ家の崩壊を意味する。ロディアス達に何をされたとしても、ローラは決して死なせてはいけない存在だった。それがラグナ達の役目でもあった。
だが、ローラは死んだと、その存在は口にした。ローラの顔で、ローラの身体で、ローラが決してしない表情や仕草を見せつけて彼等に現実を突き付けた。
そして完全にローラ・シュバリエを消す為に、その存在はもう動き出している。今すぐにでも部屋を飛び出して牢に閉じ込めて監視しなくてはいけないのに、ラグナ達の頭にはずっとローラの最後の言葉が刺さって抜けずにいた。
本物のローラが残した「私に対しての謝罪はいりません」という言葉。それはもう、あの優しいローラが全てを知った上での言葉だろうとラグナは痛感していた。今更謝罪しても、もう遅い。そういうことだ。なぜなら謝るべき相手はもう死んでしまっている。絶望を抱え、一人で死を選んだたった一人の娘。なんの罪もない、か弱い少女。
その少女の為に、名も知らない存在はローラ・シュバリエをこの世界から抹消しようとしている。
この世で唯一、ローラを尊重しその意思に従う事を選んだ存在。
「……本物の救世主が、現れたということか」
と、ラグナはやっと理解した。
王子達に植え付けられた偽物の救い。
それを遥かに凌駕し、本物の救いを与える存在。
ローラは、最後にその者の手を取ったのだと。
「…………今更後悔しても、遅いか」
あの存在は、ローラの為に全てを壊すだろう。歪み狂った元凶の王子達にも制裁を与えるつもりかもしれない。
だが、それを止める権利はラグナにはない。全ての始まりはあの命令だった。命令に背いていれば、ローラは違う未来を歩んでいたに違いない。だが現実のラグナは恐怖に慄き、目先の報酬に目が眩んだ。そして悪魔の囁きに加担し、娘を死なせた愚か者だ。
こんな自分が、あの救世主を止めることなど出来るわけがない。今更償うことなど、あの存在は許していない。
地獄を味わった娘はもう、この世にいないのだから。




