第14話:分かりますよ
自室に戻ったカンナは、部屋の鍵を閉めてそのままボスンとベッドに転がる。
「ん〜……疲れたぁ」
先程まで使用人達に鞭を振るっていたとは思えないほど気の抜ける声を出した彼女は、ベッドに仰向けになると軽く伸びをしてから静かに目を閉じた。
「ちょっと休憩……」
そう言って彼女は眠りについた。
「……ナさん!……てっ!」
「ん……んん……」
「…………ンナさん!」
「んんぅ?」
誰かが自分を呼ぶ声。それに気付いたカンナの目が、少しずつ開いていく。
「カンナさん!」
「うわぁっ!?」
開いた視界いっぱいに現れた顔に、カンナは驚いて飛び起きた。
「いきなりな、に……って、ローラさん!」
「カンナさん!よかった……無事にまた出会えて」
そう、カンナの目の前にいたのは他でもないローラだった。起き上がったカンナは辺りを見回し、ここがローラと出会った精神世界であると瞬時に理解した。
そしてカンナはローラに向き直ると、途端に笑顔になった。
「良かったぁ〜!もう二度と会えない覚悟で身体に入ってましたけど、やっぱりこうして会って話せるんですね!」
「ええ、そうみたいです!また会えて嬉しい!」
手を取り合って笑い合う2人。
カンナは、ラグナ達にローラは死んだと最初から最後まで言っていたが、厳密にはまだ死んでいない。身体と魂の繋がりがある限り、ローラの魂はこの精神世界(2人が呼び易いようにそう考えた名称)で生きている。
作戦を立てる上で、彼女達はカンナがローラの身体に入ってからローラと二度と会話できない可能性を考えていた。だから、カンナ1人でも実行できるようにと、ローラはカンナに公爵令嬢としての振る舞いや己の言葉遣いを教えたり、家族達や自分を虐げた人間達の名前を教えたりしていたのだ。カンナがローラのような振る舞いで、暴れる事ができたのもそういう理由があった。そのせいで作戦会議が長引き、ローラの身体が目覚めるのに数日かかったワケだが、初日にしては随分できた方ではないかと2人は楽しそうにしていた。
「そうだ。身体に入って色々分かった事があるんです」
「何が分かったんですか?」
「ローラさんに色々なマナーや歩き方を教えてもらったじゃないですか。結構緊張しながら行動してたんですけど、どうやら身体が覚えてるみたいで、頭よりも先に身体が動いてました!」
「なるほど……偶に起きる現象だと本で読んだ事がありますが、実際にそれが起きたんですね。他には何かありましたか?」
「ローラさんが細過ぎて骨折っちゃいそうだなってことくらい?」
「あら、お父様にあんなに見事な膝蹴りをしておいて?」
「あれは腕掴まれてちょっとビックリしたのと、ムカついたので……」
「ふふ、本当にカンナさんは面白いですね」
そう笑うローラにカンナも笑った。
しかしすぐに真剣な表情になったカンナは、ローラを真っ直ぐに見つめる。
「ローラさん、ご家族のこと……どうでしたか?」
カンナがそう聞くのも無理はなかった。ローラはカンナがラグナへ……自分の父親に膝蹴りをしたのを見ている。それはつまり、カンナと家族達のやり取りをずっとここで見ていたということだ。
「…………正直に言うと、落ち込んでいます」
「ローラさん……」
「カンナさんと話して、家族が私を裏切っている可能性に気付いた時……違う。絶対にそんなことないって心のどこかでそう思っていました。家族が離れて行ったのは、自分の責任だと」
何度止めても自傷行為と自殺未遂を繰り返す娘。そんなの呆れられて見放されるのは当然だと彼女は思っていた。
だけど、カンナが正面から家族達と話したことで、家族達のあの図星をつかれた反応を見たことで、ローラは自分のせいではなかったのだと理解した。
「でも、結局はそうじゃなかった」
自分に対して冷徹に厳しく接していたラグナのあの焦りように、ローラは素直に驚いた。何があっても、表情一つ変えなかった父親の見たことのない表情。それが答えだと悟った。
上っ面だけの言葉しかくれない優しいだけのエリーラの縋り付いて泣く姿に、どうしようもない失望感を覚えた。自分でも少しだけ分かっていた。エリーラの隠している本性を。だけどあのようにあからさまに曝け出され、自分の幸せの為だと言い張られるのは正直見ていて辛かった。
いつも自分に語気の強いレオンが、カンナに言い負かされているのを見て、やはり自分が何も言い返さず従順だったのがいけなかったのだと分かった。そして文字通り視点を変えて見た時の、レオンの自分に対する態度は兄という立場を利用した支配的行為だったとやっと理解した。
だが、ずっと自分に関わらずにいたルイが反論したのは意外だった。恐らく、エリーラやレオンが、ルイを自分から遠ざけていたのだろう。そんな戸惑いが朝食では感じられたし、自分が死んだと聞いて涙したのもルイだった。彼とは、改めて話をする必要があるかもしれない。
カンナに伝言してもらった「私に対しての謝罪はいりません」という言葉は、もし家族ではなく自分の行いが悪いせいだった時の保険のようなものだった。自分が悪い場合なら、家族が自分に謝罪する必要はない。
だけど現実は、自分への裏切りがあったわけで。
ローラの伝言は、奇しくも家族達に大きな爪痕を残すような形となった。
「全部、私のせいだったらどれほど良かったか……」
そう零して俯いてしまうローラに対して、カンナは黙ったままだ。
「ずっと考えていました。私なんかいなくなれば、全て元に戻るのではないかって。家族も、他の人達も、みんな私のせいでおかしくなっているんだって」
涙を堪えて、ローラはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「でも、仕組まれていたと……ロディアス様達の策略だったと、全てを知った今……私は、卑怯にも安心してしまいました」
手で顔を覆って、懺悔するようにローラはそう言った。
「自分のせいではなかったと、安心……したんです。だけどそれ以上に、信じていた家族にも裏切られて、真実を知って……辛かった。こんなにも辛い事なら、いっそのこと全て私が悪ければ良かったのにって、どうしてもそう思ってしまうんです」
顔を覆う手から、涙が流れ落ちていく。啜り泣くローラを、カンナはただ黙って抱き締める。落ち着くように、優しく背を撫でれば、嗚咽が聞こえてきた。
「うっ、ふうぅ……ッ……全部……私のせいだったらぁッ……!」
「……そんな悲しいこと言わないでください。私は……いや、私も、ローラさんが悪いわけじゃないことに安心しましたから」
「でも……っ、もっと、私が強ければ……!」
「ローラさんが強くなる前に、周りがそれを許さなかっただけですよ。強くなったら、誰も貴方を思いのままに操れなくなる。ただそれだけのことです。これから強くなれますよ、ローラさんは」
泣いているローラを、カンナは優しく冷静に受け止める。
「ローラさんの気持ち……痛いほど分かります。私も同じ気持ちになった事がありますから……」
裏切られた事へのショックは、誰でも大きい。その中でもローラやカンナのような人間は、自分に原因があったのではないかとついそう考えてしまう。そうしてカンナは即座に縁を切る方向へ舵を切ったが、ローラにはそれはできなかった。
「でも、さっきも言いましたけど、ローラさんのせいじゃなかったことに私も安心したんですよ?」
「……っ」
「だったら、私達は共犯みたいなものじゃないですか?」
「共犯……?」
「同じ罪って事ですよ。顔を上げて見てください、ローラさん。共犯の私はローラさんにどう見えてますか?」
そこでゆっくりと身体を離した瞬間、ローラは改めてカンナの顔を見る。
そこには、いつも通りのカンナがいた。優しくて強くて、理不尽な行いを絶対に許さないローラの救世主。今もローラの涙を拭ってくれている彼女には、ローラの感じていた辛さを微塵も感じない。それはローラの味わった地獄を体験していないからとも取れる。だがカンナも友人達から裏切られ、理不尽な死に方をしている。重なってしまう部分はあるのだろう。共に裏切られた者同士、通じるものが2人には確かにあった。
「やっぱり……カンナさんは強くて優しいですね」
「ローラさんだって、凄く優しいですし、これから強くなれますよ」
「それでも、私にはできない事をしてくれているカンナさんは……本当にすごいです」
そう笑って見せたローラに、カンナも笑みを浮かべる。
「一緒に頑張っていきましょう。だって私達は共犯ですからね」
「はい。頑張りましょう、2人で」
手を取り合って笑い合う2人を邪魔する者はいない。
ローラ・シュバリエをこの世界から解放する為に、2人はまた作戦会議を始めるのだった。




