第13話:立場を弁えろ
「あら、もうこんな時間なのね。躾の時間ってあっという間だわ」
バシッ!
「い゙っ!?」
カンナは目の前にいたメイドの手を鞭で容赦なく叩く。そのメイドの手は、すでに何度も叩かれた後のようで真っ赤に腫れ上がっていた。
「先に軽く叩くくらいで終わる人がいて良かったわ。真面目に働いている人が長時間待たされるのは可哀想だもの」
「うっ!」
「弛んでいる人がこうして躾されるのは当然よね」
「やっ、やめ……ッ!ぎぁッ!?」
「あら、大きな声をあげてはダメじゃない。はしたないわ」
「ゔっ!?」
普通に話しながらも、鞭で叩く手は止めない。そしてカンナは、痛みに震えるメイドの顎を鞭で掬い上げる。
「どうしたの?貴方、いつも私に言っていたじゃない。『気弱で根暗な弱虫令嬢』って」
「あっ、ひっ、それ、は……!」
「ああ、弱虫じゃなくて、奇行令嬢だったかしら?」
「ちがっ!ちぎゃッ!?」
「ふふ、いい声ね」
「ぎぇっ!?」
メイドの反応に笑いながら、間髪入れずにバシッ!とカンナは鞭でメイドの横面を叩く。そのあまりの勢いに、メイドは床に崩れ落ちる。
「あらあら、汚い声をあげてはダメじゃない」
「うっ……うぅ……ふぅうッ……」
「泣いてるの?可哀想に。これも全部過去の貴方のせいね」
痛々しく赤くなったメイドの頬を見て、カンナはそう笑った。
「さて、次は貴方ね」
「ヒッ、あ゙あ゙ッ!!!!」
次のメイドに移ったカンナは、相手の小さな悲鳴を聞く間もなく鞭を振るった。メイドの白い手が一瞬で赤く染まる。
「あら、一発で肌が真っ赤ね。あと5回くらいやったら、血が出るかしら」
「やっ、やめッ……い゙ぃ゙ッ!?」
バシッ!バシッ!と容赦なく鞭を振るうカンナに、クロークはただただ気圧されていた。彼は、ローラが鞭を持って来いと命令した時から、逆らえないと瞬時に悟った。
そうして持って来た鞭で何をするのかと思えば、躾という名の折檻だった。
クロークの知っているローラは、自己犠牲的で大人しい令嬢だった。他者を傷付ける方法すら知らなさそうな、そんな優しさを持った人だったと記憶している。
なのに、今のローラはどうだろう。圧のある命令を下し、鞭を使って使用人達を折檻している彼女は、果たしてクロークの知るローラだろうか。
クロークの隣で見ているメイド長のレジーナの頬には、ローラが叩いた痕が痛々しく残っている。彼女は折檻が始まった最初の方で、やり過ぎだと抗議したのだ。それを聞いたローラは呆れたように笑った後、レジーナの頬を鞭で振り抜いた。迷いなく、容赦もなく振るわれた鞭は、一瞬レジーナの意識を奪い掛けた。
「大事な大事な躾の最中よ?邪魔しないで」
だがそれを見ても、ローラはただ不気味に笑うだけで終わった。
そうして止めることは不可能であると分かったクロークとレジーナは、黙って傍で見ていることしかできなかった。何人かが助けを求めたり、止めるように求めたりしてきたが、2人は無視するしかなかった。
そうして目の前で繰り広げられる痛々しい光景に、クロークは一つ気付いた事があった。
ローラが重点的に折檻している相手は、ローラに対しての態度が悪かった者が多いと。現に、痛みに苦しむ彼等に、彼女は「前にこう言ってたじゃない」や「いつもの言葉遣いはどうしたの?相手は私よ?」などのような言葉を投げ掛けては、相手を痛ぶっていた。最初の数人は一回ほど軽く叩いて退室させていたのを見るに、彼女は分かっているのだ。自分を冷遇していた人間が誰であるかを。
恐らく止めに入ったレジーナに対して行った事も、彼女が長としてメイド達を正しく教育していれば起きなかった事なのかもしれない。それをレジーナ本人も身に染みているらしい。ローラの口から語られる内容に、彼女は唇を噛んでジッと耐えていた。
そして、長としての教育がなっていない。それは今の自分も同じ──
バシッ!!!!
「クローク、貴方は手を差し出していなかったから顔にしたわ。私はちゃんと手を出してって言ったわよ」
「ッ……はい。申し訳ありません」
「次からは気をつけなさい」
「はい」
頭を下げたクロークから視線をズラし、カンナはレジーナに向き直る。
「貴方もよ、レジーナ。次はないわ」
「はい。お嬢様」
赤くなった頬をそのままに、レジーナも頭を下げた。
そんな2人の様子を見届けたカンナは、改めて未だに痛みに苦しんでいる使用人達に向き直った。
「痛がるのは結構ですけど、貴方達は己の立場を弁えなさい。そして、これからはシュバリエ家に泥を塗るような醜い真似はしないように。もし守れない場合、次はもっと長い鞭で躾を行います。良いわね?」
有無を言わせないその言葉に、手や顔を真っ赤にした数名が何度も縦に首を振った。その顔に宿っているのは、ローラに対する恐怖だ。
「それじゃあ、あとは全員持ち場へ戻るように。私は部屋に戻るわ。クローク、これ片付けておいて」
カンナは鞭をクロークに渡すと、さっさと部屋から出て行ってしまう。
そんな彼女を見送ったレジーナは、また深く頭を下げ、クロークも同じように頭を下げた。それは、カンナの足音が聞こえなくなるまで続いたのだった。




