シアレン城の戦い⑩
フェズ国王都キエラ。
今、そこで軍議が行われていた。
「どうしてこうなったのだ!」
将軍ビルガンが叫ぶ。
「落ち着いてくださいビルガン様」
政官たちは、荒れ狂うビルガンを必死に宥めていた。
「この場に王がいないのだけが救いだ」
誰かがそう呟いた。
ビルガンが王を軍議に呼びに行ったのだが、王から帰って来た返事は、「知らん。今いいとこなんだ。勝手にやっとけ」であった。
いいところというのは、何を意味するのかは、その後部屋から聞こえて来た嬌声で容易に想像はついた。
(今いなくても、後で報告するのは私なのだぞ!)
ビルガンからすれば、このような事どう報告すればいいのかわからないのだ。
それほどの事だったのだ。
「いやはや困りましたね。まさか城を三つも同時に取られてしまうとは……」
そしてその事実を、将軍ゼルバが口にした。
「ゼルバ!貴様!予想出来ていたのではないか!」
ビルガンが理由もなく、ゼルバだけを怒鳴りつけた。ただの八つ当たりであるのは誰の目から見ても一目瞭然である。
「まさか。全く予想できませんでした。新しい知将のロヤ。まさか彼女が、これほど大胆な手を取って来るとは。見事としか言いようがありません」
「ああ、最初にシアレン城へ侵攻したのは囮だったのだな……」
つまりはそう言う事である。
シアレン城に目が向いている間に、四傑将が率いるエルエ軍が三つの軍に別れ、三つの城を取ってしまったのである。
その三つの軍を纏めていたのが、知将ロヤだというのだ。
「もちろん気づいてすぐに、シアレン城に送るはずの援軍を各城に送ったのですが……一手遅れましたね」
「何を呑気な。王になんと説明すればいいのだ!」
なにより、責任を取る者がいないのだ。
落とされた城の城主は、全て死亡したという報告が入っていた。
「それはどうしようもないですね……ですが」
ゼルバが思わせぶりに周りを見回した。
政官も武官も、ゼルバの次の言葉を期待して待つ。
「取られた城は、取り返せばいいのですよ」
当たり前の話ではある。
「それが出来れば苦労はせんだろう」
だが、言うは易く行うは難し、である。
取った直後の城は、確かに相手の態勢が安定しておらず、取り返しやすいだろう。
しかし、エルエ側もそれを承知で警戒をしているし、フェズ側も敗戦した直後では兵に難がある。
結局のところ、難しいのである。
「しかし、ゼルバ様も何か考えがあってのことでしょう?」
政官の一人が、藁にも縋る気持ちでゼルバの顔を見る。その顔は、不敵な笑みを浮かべていた。
「もちろんです。単純な話です。取られた城は取り返せばいい、やられたことはやり返せばいいのです」
その場にいる誰もが、ゼルバの発言の意図を読み取り、驚きの顔をする。
「という事は……」
「はい、我々も二つの城を同時に攻めて、一つの城を手に入れましょう」
ゼルバは自信満々に言ったが、ビルガンはすぐに反論をする。
「たったの一つか!こちらは三つも城を取られているのだぞ!」
「それは仕方がありません。そもそも、三つの城を同時に攻略するなど、これほど難しい事はありません。それだけ、知将ロヤは傑物だという事です」
(加えて言うなら、フェズ国の兵力では、例えロヤでも三城攻略などと言う無謀な事はしなかったでしょう)
エルエ国は、優秀な王、優秀な指揮官、優秀な兵が揃っているのである。
フェズ国とはまるで違うのだ。
しかし、ゼルバはその点をわざわざこの場で指摘はしない。
「例え城一つでも、取り返せるのであればすぐに出兵をいたしましょう!」
武官の一人がそう言ったが、ゼルバはそれに首を振った。
「いえ、今行っては勝てません」
「え?」
「四傑将がそれぞれ城に残っているからです。城を取り返す戦は、二か月か、三か月後四傑将が自分の領地に帰ってからにした方がいいでしょう」
「そ、そんなにですか?」
「敵はすぐにでも攻めて来るのでは?」
「それはありません。三つの城を取ると言うのは、それだけ大変な事なのです。なので、今出ている兵士も、少ししたら戻して大丈夫でしょう」
「すぐには来なくても、一か月もしたら敵は攻めて来るのでは?」
「ええ、だから新しい戦線を作らないといけません。軍の再編成です」
「馬鹿な!それこそ王の許可がいるぞ!」
長い問答の末に、ビルガンが叫ぶ。
普通の国であれば、軍事顧問がおり、その権限でどうにかなることであろう。
だが、フェズ国にはそのような役職はなかった。
現王になった時に廃止されたのだ。
「ですので、今回の王への報告は私が行って来ましょう」
(ば、馬鹿な!)
ゼルバがしれっと言った言葉に、ビルガンは驚いた。
「駄目でしょうか?」
ゼルバは、驚くビルガンの方を向いて念を押してくる。
「いや、構わん」
ビルガンは、その真っ直ぐなゼルバの目から逃げるように目を離しながら承諾した。
(王も流石に殺しはせんだろう……)
ビルガンは、ゼルバの事が邪魔である。
かつては、暗殺しようとしたほどである。
それほど、ゼルバの若き才能を見抜き、恐れていたのだ。
だが、今このような状況になっては死なれても困るという複雑な心境になってしまっていた。
「では、行ってまいります」
軽く手を挙げて、ゼルバは王の元へと歩き出す。
その場にいた者達は、その背中を見るのが最後にならない事を祈るばかりであった。
♦
軍議が行われていたのは王の間であり、王の間の近くに王の住む部屋はある。
そのため、ゼルバはすぐにそこへ辿り着いてしまったのだ。
「ゼ、ゼルバ様!」
守衛が珍しくこの場を訪れたゼルバを見て驚く。
守衛も、
「やけに静かですね」
いつもは女の嬌声が嫌と言うほど響いてくるというのに、王の部屋は何故か静かであった。
「先程までは、その……少女の悲鳴が聞こえていたのですが……」
「もういいです」
ゼルバは守衛の言葉を最後まで聞かずに、王の部屋の扉を開け放った。
普通であれば、扉を叩かずに入るのは失礼な行為であろうが、フェズ王がめんどくさいから勝手に入って来いと指示を出しているし、それに対して文句を言ったことはない。
「失礼します」
ゼルバの目には、いつもと同じように裸の王とそれに纏わりつく女が映る。
そして、それらとは別に寝所に横たわり、傷だらけで、赤く腫れあがった尻を入り口に向けている少女が目に映った。
「おお、いい所に来たなゼルバよ。今生意気なガキを調教してやったところだ」
そう言うと、フェズ王は少女の剥き出しになって腫れあがった尻を、鞭で勢いよく叩いたのだ。
「ああああああ!」
少女は気絶していたようだが、痛みで、雄たけびをあげながら目を覚ます。更に寝所を小便で濡らした。
「どうだゼルバよ。お前もやってみるか?」
もちろんゼルバはそれを不快にしか感じない。
しかし、真剣な顔を張り付かせて、自分の心情を隠した。
「いえ、フェズ王様には申し訳ないのですが、今回は悲しいお知らせを持ってまいりました」
「なんだ?」
フェズ王の機嫌は良かった。
そのため、その言葉を聞いても笑みを浮かべたままであった。
(運がいいですね)
「四つの城を同時に攻められ、三つの城が落とされました」
「なにぃ!誰が指揮をとっていたのだ!」
フェズ王は大声を上げたが、怒っているという感じではない。あまり興味がないのだ。
「各城の城主が指揮を取っていましたが、皆討ち死にしました」
「くそっ!それでは罰を与えられないじゃないか」
フェズ王の興味があるのはそこだけである。
人が苦しむさまをみたいだけなのだ。
「それでゼルバ。お前が来たのには理由があるのだろう?」
フェズ王は馬鹿ではない。むしろ鋭いくらいである。
「はっ!このような状況ですが、前回の戦に勝利をした褒美を頂いていないと思い、いただきに参りました」
「はっはっはっ!良いぞゼルバ!」
フェズ王はそれを聞いて爆笑する。
「それでは申し上げます、城の奪還をするための時間稼ぎをするために、軍の再編成をして、防衛網を張りたく思います。その権限を私にいただきたい」
それを聞いてフェズ王は少し不満そうな顔をしたが、すぐに顔に笑みを浮かべる。
「相変わらずつまらん奴だな。だが、好きにしろ。俺もエルエ国に好き勝手されるのはむかつくからな」
「ありがたき幸せ!」
ゼルバは深く礼をする。
「それでは、すぐにでも取り掛からせていただきます」
「じゃあな」
ゼルバは顔を上げると、すぐに王に背を向けた。
この部屋の惨状を、これ以上見たくないからである。
♦
そして、ギヨウは今のフェズ国の状況を、リーグカル五百兵隊長から聞き終えた。
「くそっ!ここで勝っても仕方なかったってことか!」
ギヨウは自分の掌に、自分の拳を叩きつける。
「私の部隊も百足らずとなってしまった。実は、そのこともあって君に相談に来たんだ」
「何の話だ?」
「我々の騎馬部隊を、君のアカツキ隊に入れてほしい」
「なにっ!」
魅力的な提案ではあるが、頭の悪いギヨウでもわかることがある。
「いや、でも、あんたの方が先に五百兵隊長だっただろ」
それに、リーグカルは貴族である。
平民のギヨウがリーグカルの部隊に入る方が筋であった。
「私は、君の強さを知っているし、君は特別だと感じているんだ。駄目だろうか?」
「いや、駄目じゃない。歓迎さ!でも……いいのか?」
ギヨウは念を押す。
「もちろんだ」
リーグカルは、ギヨウの前に手を出す。
「じゃあ、よろしく頼むぜ!」
ギヨウはいつもの勢いで、その手を掴んだのだった。
それから、ギヨウ達はシアレン城に数日残った後に、帰還の命令を出されて帰還することとなる。
シアレン城の戦いは勝利ではあったが、フェズ国はものの見事に敗北したと言えるのだった。




