シアレン城の戦い⑥
敵兵は城の近くまで来ていたが、戦は始まらずに一夜が過ぎた。
それでも、ギヨウ達は城での夜となったため、特に問題なく夜を明かせたものがほとんどであった。
「まだ動いてないのか」
朝になり、目を覚ましたギヨウは困惑していた。
てっきり、夜中にでも敵が侵攻を始めて、夜にたたき起こされると考えていたからである。
実際に城壁を登り、自分の目で戦況を確かめるまでは、実はもう戦が始まっているのではないかと考えていたほどである。
「はい!我々は夜の間ずっと見張っていましたが、エルエ軍に動きは全くありませんでした!」
「そうか。もう下に降りて眠っていいぞ」
「はい!ありがとうございます!」
ギヨウがそう言うと、眠たそうに見張りは下へと降りて行った。
「しかし、そうなると……相手は呑気に寝てたって事か?」
「流石に妙だな」
ギヨウに続いて、シルルとミュエネが城壁の上まであがってくる。
「久しぶりに、あなたがいないところで寝たわね」
二人は、ギヨウとは別の家屋で一夜を過ごしていた。
「大丈夫だったか?」
ギヨウが問いかける。
ギヨウからすれば、二人の眠っているところを覗きに行くのは自殺行為なのだが、それがわからない者もいる。
だが、その言葉を聞いて、ミュエネは何とも言えない顔をする。
「あなたってたまに……いや、いいわ」
ギヨウは、ミュエネが何を言わんかとするところかわからず、不思議そうな顔をする。
「なんだよ?」
「そんなことより、一日待つのはまだしも、朝になっても布陣すらしないというのは妙だ」
ギヨウの問いかけに答えず、シルルが敵の動きのおかしさを指摘した。
「まだ戦は始まらねえってことだな。なんでだと思う?」
「正直に言うとわからない。攻城戦には時間がかかるものだ。その間に援軍に来られたらまずいのはあちらのはずだ。だから、普通は急ぐのだがな」
「なら、相手にも援軍がいるんじゃないの?それを待ってるとか……」
ミュエネが鋭い指摘をする。
「あり得なくもない話だが、こちらだって斥候を放っているし、諜報員だっている。だから、あの軍が、シアレン城を狙っている事が事前に分かったのだ。全く報告が入ってこないというのはおかしいだろう」
「そうなのね」
それ以上の案が出ず、三人は頭を悩ませる。
しかし、ミュエネはそれに耐えきれずに弓の手入れを始め、ギヨウは考えすぎて頭を爆発させた。
「ああ!もうわかんねーな!とりあえず籠城戦だって言うなら、相手が動くまで待つしかないだろ!」
「まあ、そうだな。相手もここまで来た以上何もせずに帰るわけがないだろう」
結局、ギヨウ達は待つしかないのであった。
♦
そして、結局エルエ軍が動いたのは昼頃になってからであった。
「おい、シルル!ミュエネ!やっと始まりそうだぞ!」
ギヨウが嬉しそうに言う。
待つことが苦手な男である。
目前では、エルエ軍が布陣を終え、いつ動き出してもおかしくない状態になっていた。
「言われなくても見えている」
シルルが言う。
当然シルルだけでなく、アカツキ隊の全員が戦の始まりを感じていた。
「みんな!弓の準備はいいかい?」
「「「おお!」」」
ジェスが号令をかけると、五百の兵が声を上げながら、弓を構えて見せた。
それを聞いて、というわけではないだろうが、エルエ軍が侵攻を始める。
ここに、シアレン城の戦いが開戦したのだ。
「来たぞ!射っていいのか!」
ギヨウが近くにいるミュエネの方を見る。
ミュエネも、シルルも、百兵を率いてこそいるが、何故かギヨウの近くに陣取っていた。
「まだよ。届かないと思う」
曖昧なミュエネの返事に、ギヨウは違和感を覚える。
ミュエネは、弓矢の事であるなら、いつでも自信を持って答えるからである。
「わからないのか?」
「森でも、こんなに高い所から射る事は少ないわ。精々木の上から射るくらい。だから、少し自信はない……けど」
ミュエネは言葉の終わりと同時に、弓から矢を放つ。
その矢は、真っ直ぐと進行するエルエ軍の先頭へと飛んでいき、その矢に射られた一人の敵兵が倒れる。
「おお!やるな、ミュエネ!」
その一射がきっかけとなり、味方が次々に矢を放ちだした。
本格的に戦が始まったのである。
当然ギヨウも矢を放ったのだが、
「くそっ!防がれた!」
中々上手く行くことはなかった。
これだけ敵が密集していれば、当たらないという事はないが、鎧や盾で防がれてしまうのだ。
「下手くそ」
そんなギヨウの様子を見て、シルルが横で馬鹿にしてくる。
「お前!弓はどうしたんだよ!」
シルルは弓を持ってすらいなかった。
「私は弓は好かん」
そう言うシルルの横には、弓矢が置いてあった。
(こいつ、諦めやがったな)
「俺も別の事でもするか」
シルルの様子に感化されたわけではないが、ギヨウも弓矢を置いて、城壁を歩いて行く。
やる事は他にもある。
攻城戦では、敵ははしごをかけて城壁を登ろうとしたり、破城槌を用いて城門を破壊しようとしに来る。
それを防ぐために、上からはしごを外したり、石などを投げたりするのだ。
「ん?」
そこで、ギヨウは気が付く。
「おい、ボズル。いいもん持ってるじゃねえか」
ボズルが、普通よりもずっと大きい弓を持っているのだ。
と言っても、巨漢のボズルと比べれば、その大弓は普通の大きさの弓と変わらない様に見える。
「ああ、使える奴がいないからって、もらったんだ」
「ちょっと貸してくれよ」
ほとんど奪うような形で、ギヨウは大弓を手に取った。
「いや、いくら隊長でも、その弓を引くのは……」
そう言うボズルの前で、ギヨウは大弓を引いて見せる。
はっきりと言えば、小柄なギヨウが大弓を引く様子は不釣り合いであった。
しかしギヨウは、しっかりと大弓を引いて、矢を放ったのだ。
その矢は、狙い通りに飛んでいき、敵兵の盾を貫通して命を奪った。
「すげえぜ隊長!」
その様子を見ていた仲間が声を上げた。
「どんどん矢を持ってこい!」
ギヨウは調子に乗り、次々と大弓で敵を屠っていく。
その隣で、武器を奪われたボズルは、仕方がなく投石係へと転じていた。
そんな攻防が続き、時間が経っていく。
いつしかエルエ軍は兵を引いて行き、本陣へと帰っていったのであった。
当然、シアレン城の城壁は無傷である。
つまり、初日はフェズ軍の勝利となったのだ。




