二人の知将⑯
流れるように夜戦が始まったのだが、ニトの軍はゼルバの軍をまともに相手をしなかった。
それどころか、街に火を放ったのである。
「やはりこうなりましたか」
しかし、それすらもゼルバの予想の範囲内であった。
「なんで火なんて放ったんだ?良くあることなのか?」
ギヨウの部隊は、ゼルバに言われた通りに一時的にゼルバの部隊へと取り込まれ、ギヨウとミュエネ、シルルのみがゼルバの近くで戦を見ていた。
「いえ、守る側が自国を焼き払って逃げるのは、そうあることではありません。奪われた土地を取り返すために、再び同じ場所が戦場になることも珍しくありませんからね」
「何も残っていなかったらこまるもんな」
ギヨウは納得する。
「ですから、ニトはこの地に戻って来ない気なのでしょう。というよりは、おそらく――」
ゼルバは、意味深なところで話しを止めた。
「なんだよ?」
ギヨウは気になり聞いたが、ゼルバは答えなかった。
「いえ、すぐにわかることです。それよりも行きますよ。火を放ったのは、我々をかく乱するためでもあります。逃げられたら困ります」
ゼルバはそう言って、軍を動かす。
ギヨウは、横でその姿を眺めているだけで、ゼルバはニトを追いつめてしまったのである。
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ゼルバ自身が兵を率いて行き、ニト本人を追いつめる形となる。
つまり、二人は相対したのである。
「まさかこんな若造にね……」
まだ兵は残っていたが、ニトは諦めたようで兵を引かせて、地面に座り込んで一人でゼルバと対峙していた。
またゼルバも、そのニトの態度に応じ、一旦兵を制止させ、ギヨウを含む少ない側近と共にニトと対峙した。
「知将と名高いあなたと戦が出来たことを光栄に思います」
「ふん!よく言うよ。完璧に勝利しておきながらさ」
ニトは悔し気に言う。
「そうですね……ですが、それは過去の情報によるものが大きい。あなたの戦の資料をいくつも読んで研究させていただきました」
その量はかなり多かった。
ニトと言う老婆は、それだけの戦の数を重ね、生き残ってきたのだ。
しかし、その老婆の命も、今まさに尽きかけていた。
「それで、あたしの弱点を見つけたわけだ……見事だったよ」
「あっ!」
場違いにも、ギヨウが大きな声を上げてしまう。
それにより、その場の視線がギヨウへと集まってしまい、ギヨウは凄く気まずくなる。
「なんだい小僧?」
意外にもそう言ったのはニトであった。
「いや……結局弱点ってのはなんだったのかな……って」
とても気まずそうにギヨウが言う。
「それは、ニトが賢すぎる事です」
ゼルバがそれに答えた。
「え?それっていい所だろ?弱点か?」
ゼルバはギヨウの言葉に首を振る。
「そのため、誰もニトの考えに着いて来れないのですよ。資料を見ていて気が付きました。予想外の事が起きると、必ず一手遅れるのです。これがニトの弱点です。と言っても、今までそこを明確に狙う者がいなかったから、致命傷になる事はなかった」
ゼルバは答え合わせを求めるように、ニトの方を見る。
「合ってるよ」
ニトは嬉しそうに笑みを浮かべながら答え、更に言葉を続ける。
「それを補う為に子供をたくさん産んだのさ。だけど、どの子も出来が悪くてね。中々上手く行かないもんだね」
「ロヤを除いてですか?」
その言葉に、やはりニトは嬉しそうだった。
「あんたみたいな子がいれば、あたしは今頃隠居してたんだけどね……」
自分を理解してくれている者がいるのが嬉しいのだ。
「調べさせていただきました。ロヤと言うのはあなたの曾孫だそうですね。彼女がいれば、戦は厳しいものとなったでしょう」
ゼルバは、ニトならロヤを逃がすと踏んでいた。
それは、万が一に備えての安全策である。
そこがゼルバの賭けではあった。
しかし、例えロヤがいたとしても、ゼルバは勝つ気で戦に臨んでいたのだ。
「そうさね。あの子は、ロヤだけは他の子とは違った。あの子はあたし以上の才能を持っているよ、あの子に全てを託して、あたしは隠居するつもりだったのさ……少し間に合わなかったけどね」
そう言ったニトの顔は、悔いがある者の顔ではなかった。
(いつ死んでもいいと思っていたのでしょうね。それが少し早まっただけだと)
その顔を見て、ゼルバはそう考える。
「さて、最後の交渉をさせておくれ。あたしの首は差し出す代わりに、兵が逃げるのを見逃しちゃくれないかね」
ニトは立ち上がると、深く頭を下げる。
本来であれば、そんな事を言える立場ではないのだ。
そもそも、火を放って逃げたのだし、このまま追撃をされても文句など言えないのだ。
それを承知の上で、ニトは頼み込むように頭を深く下げたのだ。
「私は無益な殺生は好みません。元よりそのつもりです」
ゼルバの返事を聞いて、ようやくニトは頭を上げる。
「恩に着るよ。と言っても、あたしゃこれから死ぬんだがね。フェフェフェッ」
何が楽しいのか、ニトは笑う。
これから死ぬというのに。
「少し待ってな」
ニトは仲間の元まで歩くと、
「話は聞いてたね。こちらからの攻撃は一切なしで撤退するんだよ」
「は、はい!」
部下に最後の命令を下した。
「さて」
そして、再びゼルバの元へと戻って来ると、再び頭を垂れた。
それは、先ほどまでのお願いとは違い、ただ首を差し出しただけである。
「じゃあ、さっさとやっておくれ」
それを聞いてゼルバは、剣を振り上げた。
そしてすぐさま、その剣をすぐに振り下ろした。
ニトの首が綺麗に落ち、ニトは苦しむことなく絶命した。
周囲に歓声が沸き起こり、勝鬨があがる。
ここに、フェズ国の勝利が確定したのだ。




